アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百二十三話 ヘルマンの戦い2

「いいか貴様ら!」
 ヘルマンから先鋒を任されたガウスは大音声を張り上げた。
「敵はゴーレムだ。命のない張りぼてだ。倒しても倒しても召喚者がいる限り召喚されてキリがない」
 ガウスの話を聞く兵士たちは、まだどこか納得のいかない顔である。
 無理もない。ゴーレムというのはそもそも量産が効く類のものではないのだ。
 ましてそれが倒された端から再生産されてくるなど聞いたこともない。
「信じがたい気持ちはわかるが、これは事実だ。国境警備隊の奴らも見た。常識は捨てろ。そのうえで貴様らに言っておかねばならないことがある」
 ここでガウスは言いづらそうに大きく息を吸う。
 彼にとってもこんなことをいうのは不本意なのだ。
 ヘルマンから命令されていなければ、絶対に言わなかった台詞であった。
「早い話、お前らが死んでもゴーレムは死なん。所詮は使い捨ての人形だから、また呼び出せばいいだけの話だ。つまりお前らが死ぬだけ死に損になる」
 騎士にとってこんな嫌な戦いもあるまい。
 正々堂々と敵と相対し、たとえ相討ちにでも敵を倒すことができればそれは誉だ。
 しかし相手がゴーレムではそうはいかない。
 召喚者である松田を殺すことを除き、ゴーレムに殺されるということは無駄死にでしかないのである。
 その死に意味を見出せない人間が、命をかけて戦うことはほぼ不可能だ。
 だからガウスは本当はこんなことは言いたくなかった。
 それでも言わねばならなかったのは、ヘルマンが語ったように、この戦いに勝利してもさほどの意味はないからである。
 勝っても負けても正しく無駄死に。
 ゆえに勝っても負けても損害を少なく終わらせる。
「だからといって負けることは許さんぞ? 俺は負けるのが大嫌いだからな!」
「我ら公国騎士団に敗北の二文字はありません!」
 まだ若い騎士の勝気な台詞にガウスはニヤリと口の端を釣り上げる。
「いい啖呵だ。野郎ども俺に続け!」
「おおおおおおおおおおお!」


 ガウスは騎乗スキル、突進チャージを使って配下の騎士とともにオーソドックスな突撃をかけた。
 重装騎兵による蹂躙攻撃こそ騎士の花形である。
「敵に槍衾を作らせるな! 聖光弾スピリット!」
 ガウスを援護するように左右の騎士から魔法による火力支援が集中する。
 その手法に意外さはないが、なかなかどうして手堅い手法は対応がしにくいものであった。
「第二波、用意!」
 ヘルマンはゴーレム軍団を睨んだまま中央でピクリとも動かない。
 開戦劈頭、妙な訓示もあって内心動揺していた兵士も、ヘルマンが寡黙ながら全身から強烈に発してる闘志を感じて、自らも戦意を奮い立たせた。
 犠牲を少なく、とは思いながらヘルマンは微塵も負けようなどとは思っていない。
 やるからには勝つ。
 勝つために彼が選んだ手段はひとつであった。


「…………ここまでの集団戦は初めて経験するな」
「私が禁呪でせん滅してもいいんですよ? お父様」
「今、貴重な経験をしている最中だから我慢してくれ」
 ぷー、とほほを膨らませるディアナの頭を優しく撫でて松田は戦場に鋭い視線を送った。
 先ほどから個々の性能ではゴーレムが勝りながら、ゴーレムたちが押されている。
 文字通りひとつの意思で統一されたゴーレムと、バラバラの意思のもとに動く騎士団――集団戦ではゴーレムのほうが上であろうと考えていたのが間違いだった。
 バラバラの人間だから臨機応変な措置がとれる。しかしゴーレムは松田が一度判断ミスをすればフォローしてくれる存在がいない。
(これはディアナやステラとの連携も強化しないと危ないかもな……)
 結果、がむしゃらなガウス率いる先鋒、そして左右両翼からの火力支援、そして地味に戦場を引っ掻き回す遊軍によって、松田のゴーレムは苦戦を強いられている。
 もちろんガウス達が感じている焦燥は、松田のそれとは真逆なものだ。
「くそったれがっ!」
 妙に動きがいいと思ったら、簡単な陽動にひっかかる。時間制限で模擬戦でも行ったら十中九までは勝てる相手だった。
「いい加減に崩れろよ!」
 人間なら兵士が三割も損耗したら、まず戦線が崩壊する。よほど鍛えた兵士でないかぎり戦意を保つことは難しい。
 しかし生命のないゴーレムは仲間が倒れようが、いくら損耗しようがお構いなしだ。
 次々と新しいゴーレムが召喚され、損耗比率キルレシオでは圧倒的に優位に立ちながらも膠着状態を打破できない。
 それどころか、じわじわと戦力を削られて時間の経過とともにフリになっていくのはこちらのほうだ。
「化け物めっ!」
 正しく化け物というべきであった。
 騎士を育てるのに、どれほどの時間と労力が費やされるか考えると考えるのも嫌になるほどである。
 まして家柄もよく、国家に忠誠心を持ち、魔法まで使えるとなると宝石よりもよほど貴重だ。
 今ならヘルマンが命を捨てるな、と言った意味がわかる。
 これはもはや戦争ではなく、生命の浪費を強要する巨大な罠のようなもの。
 ガウスの知るいかなる形の戦争とも違う。
(いったいこれをどうやって攻略するつもりです? 騎士団長殿!)
 つい習慣でヘルマンを内心で騎士団長と呼び、ちらりとガウスは視線を走らせる。
 本陣を動かず、ただじっと戦場を見つめるヘルマンの姿がそこに映った。
「――――信じてますぜ」
 ヘルマンの覇気に迷いは感じられない。
 ならばこのガウス、与えられた使命を全うするのみ!
「ひるむな! この人形どもに人間の強さを思い知らせてやる!」


(――――思ったよりも単純で気持ちのいい男であったな)
 戦いが始まった瞬間から、ヘルマンの眼差しは松田に固定されて動いていなかった。
 エルフはもっと高慢な生き物かと思っていたが、あれではまるで自分と同じろくでもない主君に仕えることに疲れた中年男そのものではないか。
 もし私的に出会うことができれば、あるいは良き友人になったかもしれぬ。
 だが残念なことに今は敵だ。憎むべき、とはいえないが、倒すべき敵だ。
「第三波、ガウスに少し一息つかせてやれ!」
 兵数は圧倒的、さらにどうやら松田は用兵に素人とみえる。正確には集団を操ることには慣れているが、勝利条件をよくわかっていない。
 消耗戦に持ち込んで、こちらが諦めて撤退すれば勝ちとでも思っているのではないだろうか?
「甘いな。甘い甘い。人としては好ましい甘さではあるが」
 せっかくゴーレムという使い捨ての人形があるのだから、いくらでも消耗させて各個撃破を図ればいい。
 制空権にものをいわせてガウス一人にゴーレムを二百体向かわせれば、いくらガウスが剛勇でも勝つことは至難の業だ。
 まともに軍と軍の集団戦を戦わずとも、味方のゴーレムごと魔法で吹き飛ばしてもいいはずである。
 ヘルマンの聞いた噂が正しければ、松田はゴーレム召喚だけでなく、強力な土魔法を使えるはずなのだから。
 それに極力公国兵士を殺さずに済むよう戦っているのが、戦場を俯瞰しているヘルマンにはよくわかる。
 ゴーレムの暴力でラクシュミーを取り戻しに来るという無茶苦茶ぶりの割にお人よしなことだ。
 だが松田は戦争の根本的な要素をわかっていない。もしかしたら知っているのかもしれないが、理解はしていない。
 つまるところ戦争のもっとも決定的な要素は、敵の大将をどちらが倒すかということに尽きる。
 松田はゴーレムの最後の一体まで使い切ってもヘルマンを殺すべきだし、ヘルマンはただ一人、松田を殺すことができればこの戦闘に勝利することができるのである。
 もう少しで松田の陣形にほころびができる。
 幾度も及ぶ波状攻撃で陣形を揺さぶり、松田へのルートができるよう戦闘を誘導してきた。
 すべては松田の命を奪うために――――
「悪く思うな。戦争というのは結局どちらかが敗北しなければ終わらないのだ」


「うわっ! そっちかよ!」
 先ほどから松田の対応はほとんど後手に回っていた。
 正面から押しこまれたと思ったら、一旦退却して今度は左右から、あるいはまた正面から第二波が、という具合で目の前の危機に対処するので精一杯である。
 こうした戦場での駆け引きの経験が松田にはない。
 もしゴーレムが再召喚して補充が可能でなければ、とうの昔に戦いは負け。集団戦闘では経験の差が覿面に出ることを松田は学んだ。
 だからといって、必ずしも松田が不利というわけでもなかった。
 これまでの戦闘で、少なからず公国騎士団も消耗し、勝っているのに戦闘が終わらないことに疲労と焦りが蓄積し始めている。
 ゴーレムは疲れないが、人間は疲労を無視しては戦えない。
 このまま膠着が続けば、遠からず公国騎士団は戦闘力を喪失するだろう。
「……とはいえ、それを待つのも芸がないな」
 騎士ゴーレムの何割かを送還して、大砲型のゴーレムを召喚しようとしたのは、明らかに松田の油断であった。
 あのリアゴッドに勝利し、不可視の盾フォウを手に入れたという自信、そしていまだディアナやステラをあえて戦闘に加入させていないという余裕が招いた決定的な隙であった。
 騎士ゴーレムが減り、前方の圧力が弱まったことを感じたガウスは、ここが勝負どころとばかりに前に出る。
 それを阻止しようとガーゴイルゴーレムが急降下し、遊撃の一隊が乱入して、戦場に大きな空間が生まれた。


「――――スキル、天馬疾駆ギャロップ


 ヘルマンが待ち続けていた機会はまさしくこの一瞬にあった。
 松田とヘルマンとの間に、一直線上の空間が開くこと。
 突進チャージの上位スキルである天馬疾駆ギャロップは、速度も突破力も突進チャージの比ではない。


「スキル二重影ダブルシャドウ、スキル幻影ミラージュ


 スキルによって二人に増えたヘルマンの姿は、さらに幻影によって数十人にまで膨れ上がった。
 その様子はまるで、恐ろしい疾風のような速度で走る神話の戦士のようであった。
 気がついたときにはすでにヘルマンはゴーレムの外周を突破している。
 もうガウスや遊撃に捕まっているゴーレムを呼び戻しても遅かった。
「やばっ…………!」
 土壁を張る? 無理だ。土壁なんかでは襤褸紙のように突き破られて終わる。攻撃魔法? それも無理だ。あの速度で移動する敵に正確に当てられる技量は松田にはない。
『大丈夫、契約者様は私が守る』
 かろうじて保険として残していたフォウの存在が救いであった。
 槍先が強固な防壁にぶちあたったような感触に、ヘルマンは不敵な笑みを浮かべた。
 魔法士が白兵戦に備えて、なんらかの対抗策を用意しているなどよくあることだからだ。
 ノーラが剣を抜き、ディアナが詠唱を開始する。
 だが、それより早く松田を討ち倒す自信がヘルマンにはあった。


「――――スキル加速アクセル、スキル貫通ピアース!」

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