アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百十一話 ハーレプストの告白

 スキャパフロー王国を、逃げるように脱出してすぐのことである。
『契約者様、私も早く身体が欲しいです』
 不可視の盾フォウが強硬に松田に主張した。一歩も退かぬとばかりの断固とした要求だった。 
 フォウがそういうのも無理はない。
 すっかり松田に骨抜きにされたディアナの楽しそうな様子を、いつにもまして見せつけられているのである。
「お父様~~お父様~~」
 リアゴッド、こと造物主ライドッグを裏切ってしまったという罪悪感から逃れるためか、ディアナの甘えぶりはこのところ悪化の一途を辿っていた。
 日中はこうして松田の腰にまとわりついているし、夜は夜で右腕に抱き着いて片時も離れない。
 ディアナが離れないと、自動的にステラも離れてくれないので、松田は寝返りひとつうてない有様だった。
 それほどに秘宝アーティファクトが造物主を裏切るというのは精神的ストレスの大きな事態であったともいえる。
 今のディアナにとって、精神的な支えは松田に頼り切っていて、あのステラでさえもが多少は空気を読んで、ディアナの暴走を黙認しているほどだ。
 だからといって見せつけられるフォウが納得できるかといえば、それはまた別の話であろう。
「…………身体といっても素体がなあ……今さら005の素体は回収できないだろうし、以前のディアナの身体は……」
 ハーレプストの工房に置いたままだが、現状マクンバまで戻るという選択肢はない。
 ノーラの目指す古代遺跡パズルは、方角的にはマクンバの東をさらに南方に進むので、通り道と言えなくもないのだが、ここで下手に立ち寄ればスキャパフロー王国とリュッツォー王国の外交問題にまで発展しかねなかった。
 かといって貴重な素体がそう簡単に転がっているはずもない。そもそもハーレプストの工房に置いてきた身体だって、言葉は話せない不完全なものだ。見た目に関してもディアナそっくりになってしまうという問題がある。
『ディアナお姉さまとそっくり? 契約者様! 早く! 早くそれを!』
 松田の独り言に、ここぞとばかりにフォウが食いついた。
「いやいや、秘宝を格納することもできない代用品だからな。それに、今あれはハーレプスト師匠の工房に……」
「うん、僕の工房に保管しているよ」
 不意に想定していなかった人物の声が聞こえた気がして、松田は慌てて振り返った。
「ようやく追いついたですか。わふ」
「追いついたというより……ドワーフ評議会から余計なとばっちりを被らないうちに逃げ出したら、ちょうど君たちがいた、というところかな」
「ステラ、気がついてたのか?」
「さっきからハーレプストさんの匂いがしてたですよ? わふ」
「わかってたなら言えよ!」
 声をかけられるまで全く気づかなかった気恥ずかしさをごまかすように、松田は声をあげた。
「まあまあ、そう怒ることでもあるまい。正直、君がいてくれて助かる」
「下手をするとスキャパフロー王国軍に追われるかもしれませんよ?」
 通行許可証をマリアナが秘密裏に手配してくれたからよいものの、松田がフォウという絢爛たる七つの秘宝を手に入れたことは、王国でも周知のこととなった。
 もちろん国王が公式に発表したことだから、表立ってフォウの所有権を主張することはないかもしれない。
 しかし買い取りを要求されるか、あるいは地位と引き換えに献上しろと命じられるか、いずれにせよ放置されるということはありえぬはずであった。
 だからこそ松田たちは、拘束される前に逃げ出したのである。
「今回は僕もやらかしたからねえ。下手したら暗殺者の一人や二人送られてるよ」
 特にただでさえドルロイと対立しているマニッシュとゲノックを虚仮にしたことは大きい。
 せんだってはラクシュミー瓜二つの人形を盗まれただけで済んだが、今後はラクシュミーともども、暗殺に警戒する必要があるだろう。
「そ、それ大丈夫なんですか? ラクシュミーさんは……」
「ああ、彼女の実家はとある有名な大富豪だからね。彼女の縄張りで簡単には手は出せないはずさ」
 連絡が届けばかしこい彼女のことだ。すぐさま父の手の者を呼ぶだろう。
「えっ? ラクシュミーさん、そんないいとこのお嬢様だったんですか?」
 というよりそんなお嬢様を結婚という責任も果たさず放置していたのか、この男は。
「な、なんだいマツダ君? 視線が痛いのだが」
 たらりとこめかみから冷や汗を流して、ハーレプストは苦笑する。 
「断っておくけど、楚々として大人しいラクシュミーは彼女の一面にしかすぎないからね? 彼女はむしろアグレッシブで人の話を聞かないタイプだから」
「うそやん」
 できる大人の女性の理想像みたいな人だったのに。
「もとはといえば、彼女の父親が、僕の人形のファンでね……」
 特注の人形を作って欲しいという依頼があったのは、かれこれ二十年近く前のことになる。
 ハーレプストは遠い目をして天を見上げた。
「初めて会った彼女はまだ九歳だった。そのころから相当大人びてはいたけどね」
 最初は無関心であったノーラも、ラクシュミーがどうやら自分と同い歳であるらしいとわかって耳を傾け始めた。
「彼女の誕生祝いに作った人形をことのほか気に入ってくれて、随分と懐いてくれたものだ」
 ハーレプストの心の平穏はそこまでだった。
「……誕生祝いのお返しに、と手紙をもらったときはうれしかったな。なぜか本人が手紙を届けに来たことを除いては」
「あ、アグレッシブ…………」
 ラクシュミーさん、九歳じゃなかったのか? 周りの大人は何をやってたんだ!
「すぐに送っていこうとしたら泣いて止められた。家に戻されたら顔も知らない男と結婚させられるといってね」
 ラクシュミーの実家はリュッツォー王国と、これから行くバーヤッド王国にまたがる裕福な商家らしい。
 その資産は王国の経済に影響力を及ぼすほどだそうだ。間違っても一介の鍛冶師が相手にすべき人間ではない。
 困ったハーレプストであるが、子供相手にそこまで鬼にはなれなかった。
 事情を説明するための使者を出して、そのままラクシュミーを泊めてあげることにしたのである。


「ハーレプスト様、お風呂にいれてくださるかしら?」
「君は何を言ってるんだ?」
「だって私、一人でお風呂に入ったことなんてないんですもの」


 さすがの箱入り娘であった。いや、本人はとっくに箱から出て策略をめぐらす謀略系娘なのだが。
「ま、まさかハーレプストさん……」
「ディアナやステラとお風呂に入っている君にだけは言われる筋合いはないぞ!」
「た、確かに…………」
 ハーレプストに突っ込まれて改めて自分の罪深さを自覚する松田であった。
 このところほとんど抵抗感もなく、背中を流してもらうのも慣れてしまった自分を恥じるしかない。
 いや、あくまでも父性だから感覚が麻痺したのか?
「何か問題でも?」
「ハーレプストさんとラクシュミーさんは仲良しですね! わふ」
 殺気すら感じさせるディアナの視線とは裏腹に、ステラは微妙にずれた反応であった。
 彼女にとって、松田とお風呂に入るのはなんら恥じることではないのだろう。
「やむなく妥協したのだが、寝室まで共にするよう迫ってきたのでさすがに断った」
「嫌な予感しかしねえ」
 明らかにラクシュミーの行動は確信犯である。
 いつの間にか外堀を埋められていて、女性にからめとられていった同僚たちの姿が松田の脳裏をよぎる。
 酔って過ちを犯してしまったくらいであれば可愛いほうで、彼女たちの工作は巧妙を極める。
 既成事実を積み上げられると、よほど相性が悪くない限り、男は退けない、という心理に捉われてしまう。
 この退くに退けないと思わせてしまえばこっちのものだ。そうするために、偶然を装って両親とデート先で顔合わせさせるのは序の口で、「近くまで来たから……ちょうど祖母の命日なの」とかいって墓参りに付き合わされたらかなり末期である。
 共通の友人を増やし、下手に別れると日常の人間関係にも差し支えるという状況を作り出すことも有効だ。
 そんなわけで、まだまだあと三年は遊ぶと公言していた同僚が、一年と保たず結婚していくのを松田は何回も見た。
 もっともそんな余裕すらない社畜に比べれば、彼らは人生の勝ち組であることに疑いはない。
「マツダ君、君の勘は正しい。僕は睡眠薬を飲まされ、気がつくと全裸のラクシュミーが僕に抱き着いて寝ていた」
「まさかの薬物投与!」
 ラクシュミーさん怖すぎ! さすがは三十路近くになっても余裕で師匠を待ち続けるだけある。
「しかも寝ぼけたふりをして、おはようのキスを求めてきた!」
「いったいどこまで攻めるんだ!」
 ラクシュミーさんが特別なのか? それともこの世界の九歳はそこまでするのが当たり前なのか?
 恐る恐るディアナとステラを横目に窺うと、二人とも満面の笑みを浮かべていた。
 その笑みの意味が知りたい。いや、知りたくない。
「すぐに逃げれば良かったのかもしれないが、お父様に言いつけると言われて、ついつい彼女受け入れてしまった」
 究極の人形を追い求めるハーレプストにとって、ラクシュミーの実家は貴重なスポンサーでもあったのだ。
 とはいえ本気で嫌がってはいなかったからこそ、ハーレプストもその状況を受け入れたのだろう。
 しかしその諦めに近い容認こそが王手詰み(チェックメイト)であると松田は知っている。
「それから彼女が初潮を迎えたのが、たまたま僕のベッドだったので、なし崩し的に婚約させられることになった」
「絶対に偶然じゃないよ! 明らかに狙われてるよ!」
「僕もそういったのだが、聞いてもらえるような状況じゃなかった。客観的にみて誰が見ても僕が悪いようにしか見えない状況だったから……」
「え、えげつねえ……」
 たとえ事実がどうあれ、幼女がベッドで血を流してたら謝罪しかできない。迂闊に反論することすら許されない。
 道理で形だけとしてもハーレプストがラクシュミーと婚約していたわけだ。
 女性に対してひたむきな頑なさをもっていたハーレプストが、どうしてラクシュミーと婚約したのか、それが謎だった。
 とんだ謀略じゃねえか!
「――――ためになります」
「ラクシュミーさん、すごいです。わふ」
「君たちはその色に染まっちゃだめええええええ!」
 特にステラ、お前にはワンコ属性の純真なままでいてほしい。かなり切実に。
「それから手を出すまでに三年と保たなかった」
「俺のあんたに対する尊敬を返せ! このロリコン!」
 ほんの少しでも謀略系美少女に騙された男、と同情したのは間違いだった。
 三年といえば……犯罪じゃねえか!
「彼女の初めての手料理を食べてから、少し記憶がおかしくなった気がする」
「疑ってすいませんでした! 師匠!」
 松田の想定を超える怒涛の告白であった。
 要するに意地を張っていただけで、とっくに二人の気持ちは通じ合っていたということだな。
 まあ、お似合いというべきか。
「それで、だね。僕の工房からあの素体を持ってくるついでに、だね」
 大の大人……しかもひげ面のドワーフが顔を赤らめてもじもじしていると、想像以上に気色が悪い。
「何を照れてるんですか……」
 ゴホン、と咳払いをしてハーレプストは表情を改めた。


「けじめとして彼女と結婚しようと思うんだが、一緒に立ち会ってもらえないか?」

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