アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百九話 決別

 これほど早くマリアナたちが追いついたのはわけがある。
 といってもそれほど難しいことではない。
 単純に松田が手段を問わず殲滅速度をあげたことで、マリアナたちが訪れた階層には、ほとんど魔物がいなかったのである。
 戦闘する時間を大幅に軽減された結果、彼女たちは松田以上の速度で迷宮を踏破することができた。
 昨日までにあったアドバンテージは、ディアナが禁呪をぶっ放したことによる充電時間も合わせ、ほとんど無いも同然にまで縮まっていた。
 間抜けと言えば間抜けな話である。
 とはいえ、魔物は一日もすれば自然回復するので、彼女たちが血のにじむような苦行の果てに、その距離まで迫っていたことが最大の勝因といえよう。
 もっとも、こうしてリアゴッドを目の当たりにすることになった彼女たちにとって、それが幸運かどうかは別の問題であった。
「マツダ、この男は?」
 比較的冷静であったシェリーの問いに、松田は肩をすくめて答えた。
「一連の迷宮騒ぎの元凶で、古の魔法士、ライドッグの転生体だとさ」
「また厄介なネタを…………」
 できれば聞かなかったことにして逃げ出したいほどの厄ネタであった。
「塵芥どもが増えたところでどうした? これが貴様の悪運とでもいうつもりか?」
 リアゴッドは鼻で哂う。
 マリアナやノーラが優秀な戦士なのは間違いないが、転移を続けるリアゴッドとの相性が悪すぎる。
 剣や槍が届くところまで迫ったときには、すでにリアゴッドの姿はないからだ。
(――――逃げるか?)
 真っ先にその選択を考えたのはノーラであった。
 もともと彼女はリアゴッドと戦わなければならない必然性がない。
 勝てないと判断すれば、逃げるというのは当然の選択肢である。
 だが、あの転移を駆使するリアゴッドの前で、背中を見せて逃げるというのはあまりにリスクが高すぎた。
 それにこのまま松田達が敗北すれば、最下層の秘宝はあのリアゴッドに奪われるだろう。
 これまで必死でフェイドルの迷宮を攻略してきた努力が水の泡だ。
「せっかく追いついたのに、邪魔をするとは無粋であろう?」
「姫様! 姫様! そういうときは、演技でいいから男を頼る女を演じろとあれほど……!」
「恋愛はありのままの自分を好きになってもらうことが大事であろう?」
「こじらせすぎいいいい!」
「いい加減茶番は止せ」
 見事なまでの緊張感を失う光景にさすがのリアゴッドも脱力せずにはいられなかった。
「この私の野望の障害は一人として容赦せぬ。死ぬがよい」
 ライドッグであったころならともかく、今のリアゴッドの実力では世界を敵に回すには足りない。
 目撃者を生かして返すことなど毛頭ありえなかった。
「ふん! この私が貴様のようなおかしな魔法士ごときに……ごふっ!」
「ひ、姫様ああああああ!」
 背後に転移したリアゴッドから、無防備の後頭部に魔法攻撃を受けて頭を抱えてマリアナは悶絶する。
「い、痛い…………」
「どうして生きてるのだ、貴様!」
「ドワーフ王族専用の秘宝を甘く見てもらっては困る!」
 無駄に高い、というより値段をつけられないような伝説級の秘宝。
 そのせいで防御を軽視する特攻娘になってしまったが、マリアナ最大の強みはまさにその装備にある。
 転移の一瞬で放たれる単純詠唱では、マリアナの装備の防御力を突破できない。
 だからといって長い詠唱を唱えるとなると、ノーラやステラたちの攻撃が間に合ってしまう。
 リアゴッドが逡巡している間に、ノーラは恐るべきことを口にした。
「みんなマリアナの傍にくっつけ! 奴が転移してきたらマリアナを盾にしろ!」
「ふざけんなああああああ!」
「現状、奴の攻撃を受けて平気なのはお前だけだ。嫌なら奴を倒す手段を考えるんだな!」
「いやああああああ! へぶっ! あぐっ! 死ぬ! 死ぬ!」
 カチン、ときたリアゴッドの八つ当たり的な攻撃をまともに受け、マリアナは哀れにも蜂の巣と化した。
 それでも軽傷で済んでいるあたりはさすが国宝、恐るべし。
(やれやれ……どうしたものかな)
 このままではいずれは負けることをノーラは正確に理解していた。
 マリアナを除けば、かろうじて無事で済んでいるのは、松田が召喚したエアバルーンがキルゾーンを限定しているからだ。
 バルーンが尽きたときがこちらの命運が尽きるときで、その時はそう遠くない。
(いやいや、そもそもこの現状がありえん)
 見渡す限りのバルーンの群れは、概算で五百体を超えているだろう。
 この数のゴーレムを制御し、落とされたバルーンを補充し、その密度を維持し続けている松田は正しく化け物であった。
 普通ならまず制御できないし、そもそも召喚することもできない。まして維持していくなどもってのほか。
 たとえ伝説級の国宝をもってしても同じことをするのは不可能であろう。
 そんな負担が長続きすると思う方がどうかしていた。
「面白くもない戦いだ。逃れられない死を先延ばしにして何になる?」
「人はそう諦めがよくはできてないのさ」
「…………そうだな。だからこそ人というのは度し難いのだ」
 自分たちが愚かであることを認められない。たとえ優秀であることがわかっていても異端なものは排斥する。
 ライドッグの魔法技術が理解することも模倣することもできないとわかると、すぐさま抹殺にかかってきたのがかつての人間たちだった。
「ゆえにこそ、貴様たちはここで死んでいけ」
 甘く見て生かしておいては万が一ということもある。特に松田のゴーレム技術は危険だ。
 リアゴッドの殺意に全く迷いがないことを見て取ったノーラは、ひとつの結論に達していた。
「おい、マツダ」
「ノーラさんだっけ? 何か策でも?」
 実は割と追い詰められていた松田は、すがる思いでノーラに問い返した。
 ノーラは策があるなどとは言っていないのだが、そこは溺れるものの埒もないところであろう。
「一か八かの賭けになる。私にとっても切り札中の切り札だ。私に借りを作る気はあるか?」
「内容にもよりますが」
「そう無理を言うつもりはないよ。とある迷宮の攻略を手伝って欲しいだけさ」
「私には絶対に譲れないある種の秘宝があります。その秘宝に関することを除外させてもらえれば」
「決まり、だな」
 ノーラが強力な秘宝を欲したのは、彼女がどうしても攻略しなければならない迷宮を踏破するためであった。
 しかしたとえ秘宝が手に入らなくても、松田の協力が得られれば問題の大半は解決する。
 それ以外にも、遊戯を結んでおきたいジュルリな理由もあるが、まずは目先の問題だ。
「――――機会は一度。運が良ければ奴の転移を妨害できる。その瞬間を逃すな」
「ならば私が――――」
 決意も露わに身を乗り出したディアナを押しとどめて、ノーラは首を振った。
「ただし、魔法による攻撃は効果がないと思ってくれ」
「なんでっ?」
「――――切り札だといったろう?」
 ノーラが魔法士殺しの異名をとる最大にして最後の切り札。本来なら見せた人間を生かしてはおけないほどの切り札である。
 ――――スキル完全魔法無効
 わずか二秒、その短い時間だけ、ノーラとその周囲二メートルの空間はいかなる魔法をも無効化される。
 例外はカウンタースキルで、スキルが無効化されるか封印されてしまう場合だけ。
 一流の剣士であるノーラが魔法士に無敗を誇るゆえんであった。
「私の出番です! わふ!」
 人間を超越した身体能力と、魔法ではないスキルによる白兵戦闘。逆にいえばステラはノーラの天敵に等しい。
「もちろん、私も奴を逃がす心算はないが、私の勘がずっと警鐘を鳴らしているのでな」
 あの男、リアゴッドはやばい。
 できればほら話と笑い飛ばしたいところだが、ライドッグの転生体というのもおそらく事実だろう。
 あの手の男は、常に何か奥の手を隠し持っているものだ。
「あぶっ! あぶぶぶ!」 
 生贄にされたマリアナがそろそろ限界になりそうなので、急いだほうがよさそうである。
(しまった……白兵戦力一人無駄にした……)
 一方で、蚊帳の外に置かれていたのはシェリーであった。(なお侍女)
 化け物同士の決戦においてはもはや戦力たりえない。
 誰よりシェリー自身がそれを感じ取っていた。
(追いつけない……私の力では)
 金級探索者として新たな高みに登ったつもりでいた。
 いつかは宝石級、そして松田と肩を並べることも可能ではないか、と。
 しかし現実はそのシェリーの希望を無惨にへし折るものであった。
 シェリーの身体能力では、リアゴッドに近づくどころか回避すら間に合わない。
 おかげでマリアナは秘宝装備の全能力を解放して肉の盾状態である。
 結局は足手まといにしかならなかった。
 それがシェリーが死に物狂いで努力した結果の哀しい現実。
 もはや松田の立つ地平に自分では辿りつけない。
 金級に昇進したシェリーだからこそ気づくことのできた実力の差であった。
 才能は万人に平等ではない。 
 最初からわかっていたことだ。でも、自分に限界はないと信じたかった。
 彼に置いて行かれる未来を認めたくなかった。
 この生死を分ける究極の境において、シェリーはついに現実を受け入れた。受け入れるしかなかった。


「それじゃ、こっちも細工させてもらうかね」
 作戦は決まった。
 あとはノーラが仕掛けるタイミングと場所に、可能な限りリアゴッドを誘導してやればよい。
「ぬおっ!」
 リアゴッドの上下左右でエアバルーンが爆発し始め、たまらずリアゴッドは転移で逃れる。
 だが転移した瞬間に再びバルーンが爆発するので、次第にリアゴッドはひとつの領域に追い込まれていく。
 絢爛たる七つの秘宝に守られ、敵を蹂躙することに慣れすぎていたライドッグの記憶には、こうして逃げ道を誘導されるという経験がなかった。
 目を閉じて間合いを測るノーラの正面およそ二十メートルに、リアゴッドが転移した瞬間である。
「――――天翔る竜歩」
 零コンマ数秒の間に、間合いを詰める剣士のスキルが発動した。
 たちまち接近したノーラは、リアゴッドが転移を発動する前に、完全魔法無効の効果圏内に接近することに成功する。
 ――――私は賭けに勝った。
 ノーラは勝利を確信して、肉食獣のような笑みを張りつかせた。
「完全魔法無効」
「なっ! 転移を封じられた、だと?」
 使えるはずの魔法が使えない。それを自覚したあとで一流の剣士に対応できる魔法士などいるはずがなかった。
 だからこそノーラは対魔法士戦闘において絶大な自信を持っていたのだが――――。
「スキル、緑蛇の幸運」
 一切のダメージを零にする一度きりのダメージ無効化スキルに、ノーラ決死の一撃はあえなく雲散霧消した。
「くっ! やはり持ってたかい」
 一流の魔法士は、大抵白兵戦に巻き込まれた時の切り札としてダメージ軽減スキルを所有している。
 土魔法関連に特化した松田のほうが異常なのだ。
 とはいえ、軽減ならともかく完全に無効化されるとは、やはりリアゴッドもまた規格外の存在であった。
「私もいるです! わふ」
「残念だったな。スキル、ダメージ吸収」
「てめっ! それ反則だろ!」
 念を入れてステラの打撃をかぶせていたにもかかわらず、それを完全に無効化されてノーラは慌てた。
 いくらなんでも完全無効化スキルを二つも所有しているなんて想定外だ。
 精々持っていてもダメージ半減程度で、ステラなら余裕でオーバーキルだと思っていたのが当てが外れた。
 もうノーラにもステラにも切り札は残されていない。
「――――二秒経ちました」
「ぐがっ!」
 ノーラが魔法を完全に無効化できるのはきっかり二秒。
 その二秒が経過する瞬間を狙って、貫通性の高い光の槍を放っていたのはディアナであった。
 ノーラのスキルの効果が二秒というのを知らなかったとはいえ、ノーラとステラの攻撃を凌ぎきったリアゴッドにはわずかな油断があった。
 その隙をディアナは見逃さなかった。
 今度こそ本当に、ディアナがライドッグの秘宝であることと決別した瞬間であった。
「…………この、恩知らずめが……」
『造物主様! ディアナ! この借りは返しますよ!』
 リアゴッドより早くコリンが決断したらしく、リアゴッドの姿はすぐに虚空へと消えた。
 こうした自律性こそが、人格型秘宝の真骨頂と言えるだろう。
 相当距離の長い転移なのか、しばらく警戒にあたっていても、再びリアゴッドが姿を現すことはなかった。
(……手加減してしまった)
 最後の最後で、ディアナはリアゴッドの心臓を狙った光の槍をわずかに右へとずらしてしまった。
 敵とすることを決意したとはいえ、やはり彼はかつての主なのである。
『よくやったわディアナ! それにしてもよく契約に縛られなかったわね。私は契約を破棄されただけであの有様だったのに』
「そういえば……強制力を全く感じなかったわ」
「あっ」
 間抜けな声を松田があげたのはそのときだった。


松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル7
 種族 エルフ
 称号 ゴーレムマスター
 属性 土
 スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル7(七百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)錬金術レベル2(レシピ理解、レシピさえあればなんでも再現できる。ただし性能はワンランク落ちる。位階中級まで)
錬金術レベル3(錬金再現、一度見た錬金を理解し再現することができる)
錬金術レベル4(使い魔創造 触媒によって使い魔を創造することができる。使い魔の強さは触媒と魔力に依存する) 錬金術レベル5(使い魔掌握 触媒とした使い魔の記憶と人格を保存する)
秘宝支配レベル2(絆のできた秘宝に対する最上位優先権、他人の干渉の排除) ←NEW!
隠しスキル 秘宝成長(秘宝の潜在的な特性を成長させる。ただしこの能力は本人の無意識によって発動し、制御できない) ←NEW!


「良かった! レベルアップしてて本当に良かった!」
 下手をすればリアゴッドにディアナの支配権を奪われていてもおかしくなかった。
「絆…………ですか」
 ディアナもまた、松田との間に絆を結んだことを知らされ、まんざらでもなさそうに頬を染めて喜んでいた。

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