アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百五話 最下層

 二百階層突破というスペンサー伯が手に入れた情報は、実は一日前の話である。
 意図的にハインツとミネルバが情報の更新を遅らせているからだ。
 すでに松田たちパーティーは二百七十階層を突破し、三百階層へと挑んでいた。
「――――召喚サモン軍団レギオン!」
 初手から全力全開、五百もの重装騎士ゴーレム軍団を並べて罠も魔物も端から薙ぎ倒す。
 ここまで松田が自重しなくなったのには理由があった。


「えっ? 差が縮められてる?」
「うそでしょう?」
「残念ながら事実です。王女殿下パーティーは松田様との差を確実に詰めています」
 最大で九十階層あった差は、いつの間にか三十階層まで縮まっていた。
 階層エレベーターが三十階層ごとであることを考えれば、これはあと一歩のところまで詰め寄られたに等しい。
 彼女たちの底力がそれほどのものとは、さすがの松田も焦りの色を隠せない。
 もちろんマリアナとノーラの武力もさることながら、的確なアドバイスをしてくれるシェリーの存在も大きかった。
 もともと前衛よりの万能型であるシェリーと、騎士でありながら後方支援も行えるコリンは実にバランスの取れたサポーターである。
 さらにマリアナが王女の権力にものを言わせて、大量の秘宝やアイテムを持ちこんだおかげで、継戦能力が大幅に向上していることも見逃せない。
 ――とはいえ、彼女たちがこれほど急速に松田との差を詰めることに成功したのは、ひとえに婚活女子の執念のなせる業であったのかもしれない。
「私の…………邪魔をするなあああああ!」
「こちとら人生がかかってんだ! 獲物風情がでかい面するんじゃない!」
 鬼気迫る二人の勢いに、ドン引きするコリンがいた。
「私は絶対に早く姫様から離れて良縁をゲットしなくては……」
 婚活とは修羅の道と覚えたり。
「努力する方向性を間違っているというか……」
 松田に追いついたら、彼の心を射止めることができる灯っているのだろうか? とシェリーは首をかしげる。
 松田の信用をどうやって得るか。彼にとって心をときめかせる魅力的な女性となりうるか。それが大事ではないのかなどと思っているあたり、わりとシェリーも重傷である。
 いってみれば彼女たちは山で遭難した登山者のようなものだ。軽装で動き、理由のない自信に満ち、他人のいうことを聞かない。
 その結果、遭難してもいたずらに自分の判断で動いて事態を悪化させる登山者。
 ベテラン登山者が正しい道を教えてやれればいいのだが、不幸にして彼女たちは全て初心者であった。しかも基礎能力だけはやたら高い初心者だ。
 誰も正しい道を把握できていないが、暴力にものをいわせてひたすらに驀進する様はいっそ清々しい。
 そんなわけで尻に火のついた松田は、もしかしたら隠蔽型の秘宝で探られているかもしれない、あるいは何らかの妨害工作を受けるかもしれないという懸念を棚上げすることに決めた。
「――――焼き尽くせ! 狐火乱舞!」
「吹き荒れよ暴風! 極北オーロラ暴雪ブリザード!」
 さらに数の暴力を振るうゴーレム軍団に、クスコとディアナの火力が加わる。
 個体戦闘力が強い魔物がでてきたとしても次はステラが控えている。
「――巨狼フェンリルファング!」
 ミスリル製の逸品であろうと容赦なく貫通するステラの突進技の前に耐えうる魔物はそうはいない。いるとすれば、ほぼ最下層に近いえりすぐられた上級の魔物だけであろう。
「踏み潰せ、槍突撃ランスチャージ
 穂先を揃え、怒涛の勢いで装甲騎兵が馬蹄を響かせて蹂躙攻撃を開始する。
 ハイオークであれ、ゴブリンキングであれ、集団戦で敵う魔物がいるはずがなかった。
「ブヒヒヒヒィ!(恐れるな! 正義は我にあり!)」
「グルルルルルル! (人間ごときにこの先は通さぬ!)」
「ブヒッ! ブヒッ! ブヒッ! (誇りある我らがゴブリン黒色槍兵団が!)」
「ギョギョッ! (まっすぐいってぶっ飛ばす!)」
 彼らはそれなりに戦術的な思考力を持つ亜人であり、その戦闘力は人間のそれを上回る。
 しかしもとから生命を持たないゴーレムにとって、相手が優れていようといまいと、なんら関係のないことであった。
 ただ命じられるままに動き、目の前の相手を殲滅する。そこに一切の躊躇も恐怖もなく、人形だけが持つ正確さで魔物たちの命を奪った。
「ブヒヒヒッ! (どうだ!)」
「グルアアアアアッ? (なぜだ? こんなに倒しているのにどうして減らない?)」
「グギャアアアアッ! (あ、あいつらどんどん新しく召喚されてやがる!)」
 ゴーレムを相手にしていてはだめだ。召喚者である松田を倒さなくては。
「はい、どーーーーん!」
「ブヒャアアアアア! (ひどすぎる!)」
 分厚い騎士ゴーレムの壁を迂回しようとすれば、ディアナとクスコの制圧魔法攻撃にさらされる。
 空中どころか地下すらゴーレムに制圧され、万に一つも彼らが松田のもとへ到達する見込みはなかった。
「ブヒブヒ! (せめて死ぬときはいっしょに!)」
「ブヒヒ! (あなた!)」
「お前たち、まじめに戦うです。わふ」
「ブヒイイイイイイイ!」


 抵抗らしい抵抗もできずに魔物は駆逐され、堅牢な砦も、盗賊が裸足で逃げ出すような罠も、なにひとつ成果を上げられずに沈黙する。
 自重を止めた松田パーティーは、正しく歩く災厄そのものであった。
 幾分かのやりすぎによる地形の崩壊もお約束のように発生した。
「だからあれほどやりすぎには注意しろと……」
「ごめんなさい! お父様!」
 急激に魔力を消耗した虚脱感に、がっくりと項垂れる松田と、調子に乗ったことを必死に詫びるディアナというのも、お約束の光景と化した感がある。
 なりふり構わぬ蹂躙速度でいよいよ松田たちは三百六十階層の入口へと到達した。
 魔力回復のための若干の遅れが気になるところであったが、運命の神の悪戯がダイスの目をどうするか松田の知りうるところではなかった。


「――――さて、そろそろ大詰めかな?」
 一説には四百階層とも五百階層とも噂されるフェイドルの迷宮であるが、かつてドワーフ王が攻略したという記録にはおよそ三百台であると記されているらしい。
 というのも、国王が正確な階層を言い渋ったからだ。
 絢爛たる七つの秘宝を封印したとすれば、その程度の隠蔽、あるいは欺瞞は当然のことであろう。
 だからたとえ五百階層であったとしても松田は驚かないが、明らかに重厚で強い魔力を帯びた扉を前にすれば、最下層に相応しい威厳に満ちていると思えてしまう。
 何より、扉の向こうからこちらを突き刺すような敵意が発せられていて、その力はこれまでのどの魔物よりも強かった。
『……主様、この先は私も行ったことはありません。おそらくは最下層のガーディアンが待っているかと』
「だろうな」
 これほどの圧迫感で雑魚とかだったら、そのほうがびっくりする。
「――――さあ、今度こそ攻略を達成してこの国とはおさらばだ!」
 外堀を埋められ、型にはめられた同僚たちがどうなっていったか松田は知っている。
 それはそれで幸せになった人間もいるが、今のところ松田は誰にも捕まるつもりはない。
 断固たる決意をこめて、松田は巨大な扉を開いた。


 三百六十階層はどうやらオーソドックスな神殿スタイルのようであった。
 ということは、ここが最下層であることはほぼ確実である。
 ダンジョン型であれ、野外型であれ、最下層は神殿スタイルであるケースは多いのだ。
 それに――端然としてこちらを睥睨する巨大なゴーレムが三体神殿の門に立ちはだかっていた。
「――――ゴーレム、かよ」
 ゴーレムマスターたる松田に立ち塞がるのがゴーレムとは皮肉な話だ。
『主様、お気をつけください。ゴーレムには私の幻惑が一切効きません』
 一方、幻惑の魔法を得意とするクスコにとってはゴーレムは嫌な相手であった。
 火力という点でクスコはディアナに劣る。炎の魔法と幻惑の汎用性こそがクスコの真骨頂であるからだ。
「お父様、任せてください。殲滅します!」
「とりあえず秘宝まで吹っ飛ばしそうだから禁呪は禁止な」
「そ、そんなぁ」
 地形が変わるほどやばい火力で、膨大な魔力を誇る松田ですら魔力の残量が厳しくなるのである。
 無制限にディアナの禁呪を許していたらいくら魔力があっても足りない。
 彼女をして終末の杖と言わしめたライドッグは、いったいどれほどの魔力を所有していたのだろうか。
「――――来るです! わふ」
 全長が五メートルにも達しようとする巨大なゴーレムは、巨体に似合わぬ俊敏さで接近した。
 中央のゴーレムが分厚く丸みを帯びた人型で、右のゴーレムは虫型である。左のゴーレムはというと、なかなかに形容の難しいまるでスライムのような不定形の流体金属のように見える。
「狐火乱舞!」
分解ディスインテグレイト!」
 中央から突進してくるゴーレムに向かってクスコとディアナの魔法が飛ぶ。
 しかしその熱量をものともせず、爆炎のなかから巨大ゴーレムは悠然と姿を現した。
『……このゴーレム……旧世代の対魔法処理が……』 
「対魔法処理ごとき、私の禁呪をもってすれば……」
「大人しくしてろ、な?」
 右から迫る虫型のゴーレムも一筋縄ではいかない。
 カブトムシと蜂が混じったような不可思議な形のそれは、ディアナの魔法が直撃するかと思った瞬間、無数の虫へと分裂した。
「うわっ! 岩壁ロックウォール!」
 すんでのところで岩の防壁を錬成し、虫の侵入を逃れる。
毒霧ポイズンミスト!」
 小さな虫であれば毒が効くだろうと、ディアナが範囲型の毒霧を放つもさすがはゴーレム、毒が効く様子はない。
『主様、あの虫にも炎はあまり効果がありません!』
 クスコの狐火も、思ったほどの効果はなく、精々百分の一を燃やしたにとどまる。
 思った以上に魔法耐性のある虫というのは厄介な敵であった。
 あるいは松田のゴーレム軍団と戦った魔物たちも、今と同じ気分を味わったのかもしれなかった。
 ドゴッと鈍い音がして、正面から突進してきたゴーレムに岩壁を突破される。
「――――おっと!」
 即座にグリフォンゴーレムを召喚し、一旦松田たちは空中へと逃れた。
 一方、ステラは左側の不定形ゴーレムに苦戦していた。
「気持ち悪いです! わふ」
 ゴーレムとはいうが、液体のようなその身体で鞭のように身体を伸ばしてくるその姿はまさに触手である。
 ステラが気持ち悪がるのも至極当然のことであった。
 しかも間合いが読みづらく、触手の一本に攻撃しても効果が薄い。
 こちらも多分に戦い難い相手である。
「さすがは最下層のガーディアンってことか」
 ここまで戦ってきた魔物とは格が違う。おそらくは迷宮を攻略してくる探索者パーティーが、戦いにくい相手として設計されたものなのだろう。
『主様! 虫が!』
「お父様! もう禁呪でまとめて燃やすしか!」
「まとめて燃えたらいかんだろ」
 そもそも松田は絢爛たる七つの秘宝を手に入れにきたのであって、別に迷宮の攻略をしたかったわけではない。
 それなりの収入は稼がせてもらったが、それはそれ、これはこれだ。
「――――鋼槍スチールランス
 二メートル近い巨大な槍を錬成して、巨大ゴーレムへと解き放つ。
 その質量と速度は、並みの城壁すら打ち砕くほどのものであったが、巨大ゴーレムは全くの無傷であった。
「そりゃ魔法耐性だけじゃなく、物理耐性持ってるか」
 そもそもあの巨体に、ミスリルとも鋼鉄とも知れぬ未知の素材が使用されている。
 もしドルロイが知れば涙を流してはぎ取ろうとするに違いなかった。
「だからといって、それだけで勝てると思ったら大間違いだ」
 伊達にフェイドルの迷宮を三百六十階層まで攻略してきたわけではない。
 もう松田はこの世界に転生して右も左もわからなかったころとは違うのだ。
 曲がりなりにも生死をかけた戦闘を幾度も経験し、時には対人戦闘で人を殺しもした。ドルロイとハーレプストに師事して、この世界の鍛冶と錬金術を学びもした。
 強敵との戦い方のひとつやふたつぐらいは当然心得ている。
「――――召喚サモン、ゴーレム!」
 松田は砲台型のゴーレムを二体召喚した。
 八脚の胴体に巨大な砲台がひとつ乗っているだけのシンプルな造りである。
 しかし魔力をもって撃ちだされる砲弾は、特殊ミスリル製で砲身にはきっちりとライフリングが刻まれていた。
 松田がいずれ国を相手にするときのための、秘匿火力戦力のひとつである。
 ボンッ、とくぐもった炸裂音を響かせて砲弾が巨大ゴーレムへと飛び出した。
 その運動エネルギーは鋼槍の比ではない。
 もともと砲台ゴーレムは松田が有効射程を五キロとして設計したもので、秒速は実におよそ七百メートルを叩きだす。
 いかに俊敏とはいえ接近戦で巨大ゴーレムが避けられるようなものではなかった。
 ほとんど無抵抗に正面から砲弾の直撃を受けた巨大ゴーレムは、その運動エネルギーによって、後方に数十メートルも吹き飛ばされた。
「おお、とりあえずは効いたか」
 分厚い胴体は大きく凹んだ程度だが、肩口に命中した砲弾は、巨大ゴーレムの右肩の関節部の七割近くを削ぎ落している。
 これでゴーレムの攻撃能力は半ば失われたに等しいだろう。
 ところがそうは問屋が卸さなかった。
「再生するか……お約束だけどな」
 松田のゴーレムも同様に、松田の魔力が供給されているかぎり何度でも再生する。
 しかし再生するにも限度があり、魔力のキャパシティーを超えて再生することはできないし、ゴーレムの魔核を破壊されても再生することはできない。
 問題はあの巨大ゴーレムの魔力がどこから供給されているかということだ。
 ワンオフで現在の身体に残された魔力が全てなら、ほどなく魔力の供給は尽きる。
 しかし何らかの手段で迷宮の魔力が供給されているとすれば、ほぼ無限に再生することが可能であった。
「ま、再生するからって無敵にはなれないんだけどな」
 松田はさらに一体の砲台型ゴーレムを追加した。
「袋叩きにしろ」
 ほとんど途切れることなく、三体のゴーレムから砲弾が放たれ、巨大ゴーレムはサンドバッグと化した。
 いくら再生しても再生する以上に巨体は破壊され、攻撃に移るタイミングは根こそぎ潰された。
 あとは少しずつ削った体が再生する前に、動きようもないほど硬い柩にでもいれてしまえばいい。
 あのパワーを完全に封印するのは骨だが、反撃する力のない残骸を封印するだけなら、今の松田の力でも事足りる。
「間接攻撃ってのはいいもんだ」
 一方的に砲弾になぶり殺しにされる巨大ゴーレムをみて、松田は愉快そうに笑った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品