アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百三話 人狼の邂逅

「――あの男は戻ってきたか?」
 帰還するや否やマリアナはミネルバに食ってかかるように問いただした。
「は、はあ……一時間ほど前にお帰りになられましたが……」
「何階だ? あの男はいったい今日何階まで攻略した?」
「殿下よりもう少し先ですわね」
「くっ……やはり無理でも次のエレベーターまで進んでおくべきだった……!」
「百二十階層から先は空中を飛ぶことはできないらしいから、明日には追いつくだろう」
 自分に言い聞かせるようにしてノーラは頷く。
「無理です! 絶対に無理ですよぅ! 姫様のペースについていくだけでも精一杯です!」
「お前のせいで追いつけなかったら減給だ!」
「姫様は私に霞を食って生きろとおっしゃるのですかあああああ!」
 これ以上減給されたら、本気で食事を制限しないと宿舎の家賃を払うことも難しくなる。
 ナージャはマリアナの理不尽ぶりに涙した。
「……減給はともかく、長時間攻略用の準備もしていないのに無理は禁物だ」
 プロであり様々なしがらみを背負っているだけにシェリーは冷静であった。
 もともとシェリーは迷宮攻略の手助けをするために呼ばれたのであって、松田に追いつくよう依頼されたというわけではないのである。
 さらに裏で迷宮管理所長にマリアナの生命を守るよう言い含められている。食糧や回復手段の準備ができていない状態でのオーバーワークは絶対に認めるわけではいかなかった。
「そこは減給もなしと言ってくださいよ!」
「済まんな。私にとって依頼者は王女殿下であって、貴女の給料は管轄外だ」
「そんなあああああああ!」
「くっ……明日はもっと早く攻略を開始するぞ! 三十階層を追いつくのはそう簡単なことではない!」
「あら、マリアナもわかってきたじゃない」
「丸一日攻略を続けていれば、いくら私でもわかる!」
 自らの武に絶対の自信はあるが、それだけで迷宮を攻略するには限界がある。
 自分に匹敵する武力を持つノーラや、地道な精進を続けてきたシェリーがいるからこそ、一日で九十階層まで攻略することができたのだ。
 松田のように空でも飛ばない限り、限界に近いスピードであったと思う。
 ノーラやシェリーのような迷宮探索者に対する認識も変えざるを得なかった。
 彼らの力は侮れない。それを否定する気はマリアナにはなかった。
「それにしてもなんだね、やっぱりご執心なんじゃないかマリアナ?」
「な、なんの話だ?」
「そんなにあの男のことが忘れられないんだ? 三十路にもなって初めて恋に落ちちゃった?」
「ここここ、こい?」
「ん? 今、なんかイントネーションがおかしかったような?」
「姫様ですから」
「私のどこがおかしいというのだっ! 本当にお前は私の護衛なのか!」
「減給さえなければ私ももう少し言葉を慎みますよ?」
「ぬがががっ!」
 しれっと開き直ったナージャにマリアナは歯ぎしりして悔しがった。
 八つ当たりしやすいはずの部下が、このところ反抗期で反応に困る。
「――――面白い男じゃないか。お行儀のいい貴族になんかもったいない。あんたもそう思うだろう?」
 突然ノーラから話を振られたシェリーは、怜悧な美貌を微動だにせず首を振った。
「私に聞くな」
「あの力は探索者でこそ有用だ。あの男が夜会の華になぞなるものか!」
「いや、力のほうはともかく、案外見栄えのする華になるかもしれんぞ?」
 貴族の夜会では松田の持つ規格外の魔法はそれほど役には立つまいが、容姿も悪くはないし、あれで松田は処世術を心得ている。
 貴族社会でもそれなりにやっていけるのではないかとシェリーは思った。
「あんたはこっち側の人間だと思ったんだが、とんだ見込み違いだよ!」
 憤然とノーラはシェリーを睨みつける。
 実のところノーラの勘は決して間違いではなかった。
 マリアナが明らかに松田に心惹かれている光景は、シェリーの心をざわつかせていた。
 自分にそんな資格はない。そう何度言い聞かせても去ることの無いシェリーの秘めた想いである。
 何より松田の傍にいるには実力が不足していることを、シェリーは思い知らされていた。 
 マリアナにもノーラにも及ばない貧弱な武力。血反吐を吐く思いで努力しても目指す頂は遥かに遠い。
 そんな理不尽がまかりとおるのが、この探索者という職業であった。
(――だからこそ、せめて借りだけは返さなくては)
 松田の隣にいれなくてもいい。 
 あの日自分に未来をくれた松田のために、まだシェリーにはやれることがあるはずだ。
 そんなシェリーをノーラは冷たい目で見つめ続ける。
 ポーカーフェイスで得体のしれない女。だがノーラの女の勘が警鐘を発していた。
 ノーラが松田を殺すにせよ手に入れるにせよ、シェリーは邪魔になる気がしてならないのだった。
(男を狙うときは手段は選ばない。裏切り、誹謗中傷、騙撃、嵌め手なんでもありなのは当然として……)
 同じ男を争う女同士に友情は成立しない。そんな妥協をして伴侶を逃すことなどありえない。
 仮に友情が成立するとすれば、それは勝者と敗者が、互いのプライドや美意識と折り合いをつけるための儀式のようなものだ。
 少なくともノーラの理解はそうである。
 いったいどうやってマリアナを出し抜くべきか。やはり一国の王女をさっくり殺すのはいかにノーラでも躊躇われた。
 逆にいえば、相手がシェリーであればノーラは迷いなくどさくさに紛れてシェリーを迷宮内で殺しただろう。
(興味もないそぶりをしてるが……この娘にも注意が必要かね)
 本人は自覚していないが、えらそうなことをいえるほどノーラも経験が豊富なわけでもなかった。
 それどころか打算以外の男性経験は皆無といってよい。彼女がその事実に気づくのはしばらく先の話である。




 迷宮を出た松田たちは、いつものように市街地の中心部に広がる屋台と露店が立ち並ぶ大通りを歩いていた。
 ブルストやポテトを焼くいい香りが漂ってくると、ステラはこらえきれないようにヒクヒクと鼻を蠢かせる。
 特に肉の焼ける匂いには敏感だ。
 それはそれで年頃の女の子としてどうなのよ、と考えてしまう松田であった。
 松田にとって女性というのは、意味もなくスイーツを好む生物である(偏見)
 男性とは舌の味蕾が違うため、男性とは甘みと苦みの感じ方が違うのだそうだ。
 女性がビールを苦手とするのはそのためだともいう。
 逆にいえば、油や辛さについてはそれほど男性と女性の差異はない。
 それにしても肉に弱すぎだろうステラ。
「ご主人様! ご主人様! 豚串がいい焼け具合です! わふ」
「たまには焼き菓子とかフルーツでもいいんだよ?」
「ステラ、お肉が食べたいです! わふ」
「それでいいのですか? さすがの私も心配になります」
『人狼は成長期になると血と肉を好むと聞いたことがあります。ステラもそうなのでは?』
「そんなものか…………」
 確かにステラの成長は誰の目にも明らかであった。
 マクンバにいたころよりもさらに三センチほど背が伸びて、ディアナとの身長差を広げている。
 胸は相変わらずだが、腰から足にかけての曲線はすっかり女性らしい色香を湛えつつあった。
 そのせいか街を歩いているとステラに向けられる男の視線が増えている。
 幸か不幸かステラは全く気がついていないのだが。
「心はまだまだおこちゃまレベルなのに……ステラ、恐ろしい子!」
 同じ女性として、日に日にステラに差をつけられていく形となったディアナが怨念のこもった声で言う。
「お父様! 私の身体の改良忘れないでくださいね!」
「あ、ああ、まずはフェイドルの迷宮を攻略してからだがな」
 負けられない。松田の理想を体現するのはディアナでなくては!ステラに負けるわけにはいかないのだ。
「わふふ~~♪」
 ご満悦で豚串をほおばり、衛星のように松田の周囲をぱたぱたと走るステラはふとあるものに目を止めた。
「わふ?」
 それは月石ムーンストーンのペンダントであった。
 ありふれた露店の置物に隠れるようにして、それは鈍い光沢を放ってステラの視線を釘付けにした。
 月石とは、厳密には月のものかはわからないが、この世界に稀に存在するある種の隕石のことで、青みがかった美しい光沢がある。
 一説には月は人の運命を左右する力があるという。
 ――あれと同じものをどこかで見た記憶があったような。
 落ち着きがなかったステラが石のように固まってしまったので、不思議に思って松田は彼女の視線を追った。
「欲しいのかい?」
「なんだか懐かしい気がするです。わふ」
 朧げな記憶を必死に思い出そうとして、ステラはむむむ、と眉間にしわを寄せた。
 そんな仕草がいかにも子供らしくて松田は微笑する。
「――――何かお探しですか?」
 露店の主であろう女性は、必死そうなステラの様子にくすくすと笑いながら話しかけてきた。
 うなじで結んだ銀髪が眩く陽光に反射している。
 年のころはおよそ二十代半ば、といいたいところだが落ち着いた佇まいと老成した目がそれを裏切っていた。おそらくは見た目通りの年齢ではないだろう。
「その月石のペンダントを見せていただけますか?」
「どうぞ、ゆっくりご覧ください」
 ステラは女性に手渡されたペンダントを、横にしたり下からのぞき込んだりして首をかしげる。
「うにゅにゅ…………」
 なんだよ、うにゅにゅって。
 ペンダントを前に首をひねること数分、唐突にステラは顔をあげて叫んだ。
「あああああああああああああ!」
「な、なんだ?」
「これと同じの。お母さんが私の成人の儀式に使うからって毎日魔力をこめてました!」
 そうステラが言い終わるより早く、露天商の女性はすばやくステラの口を塞いでいた。
「――――少し落ち着きなさい! ちょっと話があるわ」
「ぐっむむむむむむ!」
「わかった? 手を放すけど騒がないでね?」
 こくこくとステラが頷くのを見て、ようやく露天商の女性は手を放した。
 相当苦しかったらしく、ステラは荒々しく息を吸う。
「…………こっちに来て」
 女性が促した先には、露店と露店の間から裏路地へと続く細い隙間がある。
「お父様、危険です」
 ディアナが止めたのも無理はない。
 そもそもステラの身体能力は大人である松田をも遥かにしのぐもので、一般人の露天商が不意を衝いて拘束できるはずがなかった。
 しかも口を塞がれて抵抗できなかったということは、そもそもの身体能力でステラを上回っている可能性がある。
 どう考えてもまともな露天商であるはずがなかった。
「いや、行こう」
 おそらくステラが発したなんらかの言葉は、彼女にとって聞き流すことのできない重要なものだったのだろう。
 あの反応をみるかぎり松田はそう思う。彼女がもし刺客かなにかであれば、あの場でステラも松田も殺されていておかしくなかった。
 ここで逃げるのは逆に彼女を敵に回してしまいそうな気がしたのだ。


「――――どうしてその子がここにいるのか聞いてもいいかしら?」
 建物と建物の隙間を歩くと、ちょうど数人が入ることのできる狭い空間があった。
 もとは何か小屋のようなものがあって、取り壊されたようである。
 賑わいを離れ、完全に死角となったその場所で、露天商の女性は敵意を露わに松田へと言い放った。
「ステラが?」
「それ以外になにがあるの? このあんぽんたん!」
 あんぽんたんって……この世界にきて初めて聞いたぞ。
「ご主人様に失礼なこというなです。わふ」
「ご主人様ですって?」
 ステラの言葉に反応して漏れ出した殺気にクスコは無言で髪を逆立て、ステラは無意識に松田を庇って拳を握りしめた。
「――――殺りあうのなら相手になるけど?」
 一番問題なのがディアナだ。この殲滅マニアはこの繁華街で被害がどうなろうと気にもしないだろう。
「落ち着けお前ら。特にステラ、彼女はお前を心配していってるんだぞ?」
「どうしてステラを心配したら、ご主人様を悪く言うんです? わふ」
「それは――――この女性がお前と同じ人狼だからだ」
 驚いたように女性の瞳が瞬いた。
 同時に、先ほど以上の警戒の念をこめて松田を睨みつける。
 彼女にとって、ここで人狼であることを知られるというのはそれほどに重大な問題であった。
「私は旅の途中で、たまたま山賊に捕らわれたステラを助け出しただけです。別に彼女を奴隷にしているわけではありませんよ?」
 きっと彼女はステラが松田をご主人様、と呼んだことで同族を奴隷にする鬼畜だと誤解したに違いない。
「ご主人様は私を成人させてくれた担い手なのですっ! わふ」
「成人って……いったい貴方どうやったの?」
「山賊に捕まって瀕死だったステラに血を飲ませたら……なぜか」
 ふう、と露天商の女性は呆れたように大きくため息を吐いた。
「とんでもない偶然もあったものね。人狼の成人には途轍もない魔力が必要なのよ? だから大抵は族長が担い手になるものなのだけど……」
「ご主人様の魔力は世界一です! わふ」
 うれしそうに微笑みながら松田を自慢げに見つめるステラを見て、さすがに松田が悪人ではないと理解した女性は警戒を解いた。
「私は人狼ファリル支族のサーシャよ。これでも戦士長をしているわ」
「ステラはマフヨウ支族なのです! わふ」
「マフヨウ支族?」
 サーシャの顔色が変わる。
 まじまじとステラを見つめて、お化けでも見たかのように固まった。
「マフヨウ支族って……まだ生きてたの?」
「失礼です! 数は少ないけど、お父さんも族長もみんな元気です! わふ」
「ごめんなさい……私てっきり、マフヨウ支族は伝説の魔法士ライドッグに滅ぼされたと聞いていたものだから……」


「――――なんですって?」


 ステラの話題かと思いきや、唐突に出てきたライドッグの名にディアナは口を挟まずにはいられなかった。
「どうしてそこで造物主ライドッグ様の名が出てくるの?」
『そうよ! 私だって初耳だわ!』
 これにはクスコも同調する。ライドッグの寵を争った二人としては、主に知らない隠し事があるとは認めがたいのであった。
「まあ、私も長老に聞いた話だからなんともいえないけど……ライドッグの晩年不老不死の研究をしていたとばっちりで、マフヨウ支族は地上から姿を消したと聞いているわ。そもそも人狼の血が若返りの効果があるとかいう迷惑な噂を流したのも奴のせいよ!」
「なにしてくれはるん……」
「そ、そんな……造物主ライドッグ様は確かに不老不死の研究はしてらしたけれど……」
『あのゼロを造ってからは単独行動もしてましたしね……』
 思わぬ旧主の悪行にディアナとクスコはずーんと暗い顔をして肩を落とした。
 あまりの落ち込みようにサーシャのほうが気の毒そうに苦笑する。
「ま、そんなわけでこうして人間に化けて生活しているんだけど? それにしてもいいエルフに拾われたわね。こんな確率万にひとつもないわよ」
 話し始めるとなかなかサーシャは気さくな女性であった。
 だからこそこうして外の世界での調達や交渉を任されているのだろう。
「なんならうち(ファリル支族)で面倒見るけど、どうする?」
「ステラはずっとご主人様といっしょです! わふ」
 聞かれるまでもないとばかりにステラは胸を張る。
 もし少しでもステラが迷うようなら、無理やりにでも連れて行こうと考えていたサーシャだが、心からステラが松田のそばにいることを望んでいるのを無理に引き離すわけにはいかなかった。
「サーシャさんのように姿を変えて街に来る人狼は多いんですか?」
「簡単に名前を出しちゃだめ! 私たちを狙う人間は考えている以上に多いんだから! 死が近い人間は手段も費用も選ばないからね」
 古来より、栄華を極めた人間が最後に願うのが不老不死であるという。
 どんな英雄も覇王も、死という運命からは決して逃れることができないからだ。
 ライドッグの才能をもってしても解き明かすことのできなかった不老不死の謎。
 しかし人狼の血には、不老不死ではなくとも一定の若返り効果はあるらしい。
 そうした意味で年老いた権力者が目の色を変えて人狼狩りを定期的に行っているのが現実である。
 それでもなお人狼が絶滅を免れているのは、彼らの持つ特殊な性質の魔法と優れた身体能力があればこそであった。
 ステラでさえ、すでに金級の探索者として十分な戦闘力を持っているのだ。
 戦士長であるサーシャは、下手をすれば松田やディアナが全力で戦う必要のある強者であろう。
 そんなサーシャであっても、人狼であることがバレることは深刻な問題であった。
「貴方も保護者なら気を付けてあげなきゃだめよ? そもそもこの子が人狼だとわかったのは、月石を成人の儀式で使うなんて言ったからよ」
「種族を特定される話だったか…………」
「まあ、人間が知ってるかどうかはわからないけどね。私たちは大抵族長に成人させてもらうのだけれど、そのとき母親から一人前の証としてあの月石を渡されるの。月石には母親が娘のために魔力を籠めて、その大きさが母親の愛情みたいなところがあったから……」
「ステラのお母さんも魔力を籠めてたです! わふ」
 そこまで思いだしたが、ステラはその後、月石がどうなったのか思い出せずに首を傾げた。
「お母さんが死んじゃったときに、お父さんが捨てちゃったですか? わふ」
「普通はそんなはずないのよねえ……」
 成人したばかりの人狼はまだまだ貧弱。その彼らが人間から身を守るための隠し札として、月石の魔力は使用される。
 たとえ魔力がまだ少なくとも、母のそうした思いやりが娘に渡されないはずがないのである。
 何より女性の人狼にとっては、月石はある種特定の意味あいがある。
「あれはある意味、嫁入り道具みたいなものだから……」
「よ、嫁入り道具ですかっ?」
 語尾にわふ、とつける余裕もないほどにステラは激しく動揺した。
「そ、それがないと結婚できないですか?」
「別にそんなことはないわよ。あれば便利で見栄えがするってだけだし」
 もっとも人狼同士の結婚では、嫁の格付けに重要な役割を果たすことは黙っておいたほうがいいだろう。
「よかったです……わふ」
 本気で安堵したようにステラは肩の力を抜いた。なぜこの娘が安堵したのか、サーシャには明らかに思われた。
 ふう、と大きく息を吐くステラの視線がどこに向いているのか、肝心の男は気づいていないようだが。
「悪いけど支族の居場所は教えられないけれど、何か聞きたいことがあれば週に一度はこの市に出ているから」
 いつまでもここで油を売っているわけにもいかない。
 再び露店に戻ろうとするサーシャにステラは食いつくように声をかけた。
「それで! あの月石のペンダントは売ってもらえるですか? わふ」
 可愛い妹が背伸びして頑張っているような気がして、サーシャは思わずステラの頭を撫でる。
「もちろんよ! サービスに私の魔力を籠めてあげるわ。貴女の未来に役立てるように」
 意味ありげにサーシャがステラにウインクすると、ステラは熟れたリンゴのように頬を染めた。
 もちろんそんなステラの様子に釈然としないのはディアナとクスコである。
「……なんだか納得がいきません。ステラのくせに」
『まだまだお子様と思って油断したわ……』
「わふ?」
 もはや話は終わったとばかりに露店へと戻りながら、サーシャは最後に言った。
「……噂じゃまたぞろライドッグの研究に目がくらんだ魔法士が人狼の里を探しているそうよ? ステラもバレないように気をつけなさい」
 正直幻のマフヨウ支族がどうやって生き延びてきたのか気になるところではあるが、余計なことは知らないほうが身のためでもある。
「ありがとうです! わふ」
 しばらくぶりの人狼の仲間に、約束通り月石のペンダントをもらって、ステラはくすぐったそうに華やかな笑みを浮かべるのだった。
「マツダと言ったかしら? 私の同族を頼んだわよ?」
「任されましょう」
 松田にとって、すでにステラは単なる仲間以上の何かになっている。
 彼にとってステラのように裏切りや変節を心配しなくてよい人間は貴重なのだ。
 ……とはいえ、どこかでステラの故郷も本気で探す必要があるな、と決意する松田であった。
 それに、勘でしかないがライドッグがどうして人狼に関わったのか知ることが、松田とステラに大きく関わってるような気がしてならなかった。

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