アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第五十八話 ゴーレムマスター出撃その3

 マクンバからの地下通路は、ギルドが知るかぎり三つある。
 一つは探索者ギルドが迷宮への緊急通路として建造したものであり、もうひとつは軍が、そしてもうひとつは領主が建造したものであった。
 軍の地下通路が西を向いているのに対し、ギルドと領主の通路は東を向いている。
 これは国外との戦闘を見据えた軍と、そうした戦争に際し脱出しなければならない領主一族という立場の差である。
 「それにしてもよく作ったもんだ」
 『優秀な土魔法士がいれば、それほど難しいことではありません』
 土魔法士であれば岩盤の組成を改変することができるし、ゴーレムに作業を代行させることもできる。
 実際この程度の地下通路なら、松田であれば一週間かそこらで作ってしまうのではなかろうか。
 「ま、俺のは反則みたいなもんだからさ」
 そういうと松田は歩幅が小さいので、小走りにトテトテとついてくるディアナを見下ろして無意識にくしゃくしゃと頭を撫でた。
 ディアナもまんざらではないようで、目を細めてこそばゆそうに微笑んだ。
 すでにそんな繊細な表情を再現できるあたり、ディアナの学習能力は高い。というよりディアナの人格の完成度が高いのだろう。
 こうして会話をしているかぎりディアナが人間ではない秘宝であるということを忘れてしまいそうなほどである。
 「ご主人様! ディアナばかりずるいです! わふ」
 このところディアナに対抗意識を燃やすようになったステラが、自分も撫でろと言わんばかりにずずい、と頭を差し出してきた。
 苦笑いをしてステラの頭を撫でると、ステラもディアナと同じように目を細めてうれしそうに笑う。
 そんな光景がいつものことになってきてしまった。
 社畜であったころには考えられなかった潤いであり、癒しであった。
 特にディアナが感情を表情に表してくれるようになって、ステラも含めて意思疎通が密になったという自覚がある。
 裏切られるという心配がなく、女性に慕われていると実感できるのは素晴らしいことだ。たとえ相手が幼女であるとしても。
 いや待て、幼女である必要はない。むしろないほうが望ましい。何を言っているのだ俺は。
 いつの間にか幼女であるのが当たり前になってきているとは――――。
 「どうしたですか? ご主人様」
 『手が止まっていますよ主様?』
 「ええ~い、もう! 緊張感ないな! お前ら!」
 傍から見ればいちゃついているようにしか見えない幼女ハーレムであるとしても、松田たちは強大な魔物のもとへ刻一刻と近づいているのだ。
 現にマクンバから離れるに従って、頭上から何かが破裂するような音や、爆発するような音が聞こえ始めていた。
 この様子では明日には魔物の軍団が到着するだろう。
 果たして圧倒的な数を誇る魔物の大軍を前に、マクンバを守り切ることができるかどうか。
 「……まあ大丈夫だろうな」
 『あのリンダ様とドルロイ様がおられるかぎり早急な敗退はありえないかと』
 あれからリンダと別れる前に、ドルロイは工房からありったけの自慢の武器を抱えて探索者ギルドへ現れた。
 ドワーフ鍛冶師が誇る五槌、ドルロイの逸品は、並みの銅級探索者に銀級でも上位の攻撃力を与える規格外なもので、本来であれば目を剥くような値段のお宝なのである。
 それを惜しげもなく貸出し、自らもまたリンダを守るために戦おうとするドルロイは確かに格好のいい尊敬すべき師匠であった。


 「マツダ、これを持っていけ」
 「――これは?」
 「俺の自慢の宝具でな。名をアリアスの針という。刺したものを保存して時間軸から一時的に切り離すことができる。嬢ちゃんたちが重傷を負ったら、これを使って連れて帰ってこい。死んでない限りは助けてやる」
 実は鍛冶師であり、錬金術師でもあるドルロイは医学にも精通している。
 死んでいないかぎり助けてやるというのは、ドルロイの自負であり本心であった。
 「ありがとうございます!」
 感激に瞳を潤ませて松田は頭を下げる。
 「死ぬなよ。まだお前には教えることが残ってるんだからな」
 弟子を見守る師匠の目で、ドルロイは野太い手を松田の肩に置いた。
 「やっぱりイカス男だねえ、あんた」
 「はっはっはっ! リンダほどではないさ」


 「――――あれでロリコンでさえなかったら」
 まさに非の打ちどころのない完璧な師匠であるはずなのに。
 『主様が言っても説得力がありませんよ?』
 「同類なのです、同類。わふ」
 「断じて認めない! 俺は幼女に屈服なんてしないぞ! 女は熟したくらいがちょうどいいんだ!」
 『ではこの現実をなんとします?』
 松田の両手をとって、ディアナとステラはしっかりとペタン胸を押しつけ、自分の縄張りを主張した。
 もはや誰の目から見ても手遅れであることは明白であった。


 「うわああああああっ! これは陰謀だ! 俺は嵌められたんだああああ!」


 松田の心に深刻なダメージを与えつつ、半日ほどかけて薄暗い地下通路を通り抜けると、そこは魔物が通り過ぎて丸焼けにされた荒野が広がっていた。






 ちょうど松田が魔物の軍団の裏側に到達したころ、マクンバには先遣隊である双翼人ハーピーが城壁を上から見下ろして挑発していた。
 ただでさえ絶望的な戦力差なのに、そんなことをされては士気を維持するのは難しい。
 そうした意味では双翼人の行動は実に理に適っていた。
 ただし、相手が並みの人間であれば、の話だが。


 ドゴオオオオオオオオオッ!


 まるで竜のブレスのような地響きのする轟音とともに、試製四、一センチ砲が火を噴いた。(四十一サンチ砲ではない)
 音速を超えた巨大な鉄塊は、さく裂の衝撃波で空に真っ赤な華を咲かせたのである。
 「…………これ、もしかして竜でも殺せるんじゃ……」
 あまりの破壊力に騎士団長のバイエルは明らかにどん引いた。
 さすがはドワーフの至宝、五槌のひとりに選ばれただけのことはあるということだろうか。
 「当り前だ! これは対竜用の秘匿兵器だぞ! と、言いたいところだが、如何せん竜にを相手に使う機会がなくてな」
 残念そうにドルロイはガハハと笑う。
 目的のためには手段を択ばぬ職人馬鹿の面目躍如というところである。
 「そうでしょうとも」
 そうそう使う機会があったら命がいくらあっても足らない。
 間違ってもこのマクンバで試す機会が訪れないで欲しいと心から願うバイエルであった。
 「あたしも負けていられないね!」
 ドルロイの活躍に機嫌をよくしたのか、リンダもまた愛用の弓を手に引き絞る。
 狙いを定め勢いよく放たれた矢は、命中すると同時に舐めるように双翼人の全身を燃やし尽くした。
 炎の属性が付与されていたのである。
 ここまで火力の強い属性を付与できるのは、このマクンバでは片手で数えるほどしかいないであろう。
 「むむむっ……やるな! しかし俺の珠玉の武器はこれだけではないっ!」
 「ありがたいけど、自重! 自重してくださいねドルロイ殿!」
 この日バイエルはドワーフの鍛冶師を敵に回したらどんなことになるか、身をもって知ることとなった。
 このままでは所詮偵察部隊にすぎない双翼人を相手に、全力で秘匿兵器を使い切ってしまいかねない。
 戦闘力としては満点だが、部下として扱いづらいことこの上ない男であった。
 それにしてもさすがは国王に献上するような秘宝を作成する、天下一品の鍛冶師である。
 「まだ敵の本隊は姿さえ見えていないのです。あの双翼人は適当にあしらう程度で構いませんから!」
 「そうか、つまらんな…………」
 「仕方がないねえ……ここはあんたの顔を立てて大人しくしててやるよ」


 「なんというか、ことの深刻さを忘れる光景だな」
 危なげなく双翼人の先遣隊を撃退してしまった二人に、ホルストナウマンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
 実は二人ともあえて脳天気におのれの武力を誇示したということを、ホルストナウマンは知っている。
 おかげで魔物との戦闘に悲観的になっていた兵士たちが明るさを取り戻していた。
 戦いに恐怖したままでは兵士たちは実力の半分も発揮できなかったであろう。
 それでもなお、途中から演技ではなく本気で撃墜数を競争し始めてしまうドルロイとリンダには苦笑を禁じ得ない。
 「もしかしてそれほど大したことにはならないのかしら?」
 「それはない。だからこそあの二人はああやって強がっているのさ」
 数というのはそれだけで恐ろしい力になる。
 迷宮で実際に戦ってきたホルストナウマンはそのことを身体で知っていた。
 一対一では無双の力を持つ金級探索者といえど、数の暴力には不覚を取ることも多いのだ。
 「そんなことより逃げなくていいのか? シーリース。お前は受付嬢なんだから、無理に戦う必要はないんだぞ?」
 事実シーリース以外の職員は地下室に避難している。
 「これでも戦闘訓練は受けてますし、魔法も少しですけど使えます。それに――――」
 そこで言葉を区切って、シーリースは視界の向こうにいるであろう一人の男を思い浮かべた。
 「あの人が任せろって言ってくれたから――――」
 少しだけ期待して待っていてあげる。
 ――――でもロリコンは許さない。絶対にだ。



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