アラフォー社畜のゴーレムマスター
第四十四話 討伐依頼その6
メッサラが絶叫したのも無理はない。
常識的に考えるならゴーレムは魔力の無駄と言われるマイナー魔法である。
現在の魔法の流行からは遠くかけ離れた存在で、土魔法士でもゴーレムを使うのは極めて稀であった。
そんなマイナー魔法を使うということで松田は良い意味でも悪い意味でも注目を集めていた。
彼が四十階層を突破したときには、もしかしてゴーレム魔法は有用な魔法なのでないか、と魔法士たちの間で議論が巻き起こったほどである。
そしてギルド長が直々にシトリの討伐を依頼したのが決定打であった。
松田はやはり並みの魔法士ではない。
正直なところ初めて松田と見たときには、メッサラは所詮噂は噂にすぎなかった、と失望したものだ。
金級探索者でも苦戦を免れないシトリを相手にするには、松田はあまりに凡庸で覇気のない男に見えた。
――――ところが、である。
数百体という常識外の馬鹿げた数のゴーレム、あれはもうゴーレムというよりひとつの軍団であった。
さらに空中を支配するグリフォン型のゴーレムも見逃せない。
探索者にとって、どうしても視界の死角となる頭上に対する警戒は長年解決することのできなかった問題だった。
魔法士の探索、スカウトの気配察知を使っても完全に奇襲を避けることはできない。
探索魔法は常時発動型ではないから、探索後に変わる状況に対応できず、気配察知はスキル気配消去を持つ魔物を見つけることができないのである。
しかし常時頭上を守るゴーレムがいれば、飛行型の魔物を発見できるどころか、先制攻撃をすることすら可能だ。
こんな便利な魔法がなぜマイナーだったのか、と思ってしまうメッサラであった。
彼らがいれば――――。
盾役の戦士と攻守のバランスのとれた騎士、火力の要である魔法士を失ったメッサラとアイリーナでは、下層攻略を続けることは不可能である。
しかし松田の協力を得られるならば、下層攻略を続けるどころか、マクンバ始まって以来の攻略達成者になるのも夢ではない。
「何も隠す必要なんてないだろ? マクンバの探索者を震え上がらせたシトリを討伐したんだ。堂々と胸を張ればいいじゃねえか!」
メッサラには松田が実力を隠す理由が理解できなかった。
探索者にとって、大事なのは力である。力なければ魔物の餌となり、力あれば栄達の扉が開く。
並みの人間では決して手にすることのできない財産も思うがままだ。
金級探索者ともなれば、各国の重鎮が招き入れるほどの社会的地位が保障される。
「運よくシトリを倒すことができました。アイリーナさんのおかげですね」
「いいえ、私は横からわずかに手を貸しただけです。仇を討ってくださって、こちらこそお礼を申し上げます」
そういってアイリーナは憑きものが落ちたように笑った。
「アイリーナからも言ってやってくれよ! 俺たちがパーティーを組めば迷宮の攻略だってできるんだぜ!」
「――――ごめんなさい。私、これで探索者は引退します」
「へっ?」
全くの予想外の一言に、メッサラは目を剥いて石化した。
「前々から考えてはいたの。みんながいたから言えなかったけど、私親戚が経営している孤児院の手伝いをしようと思って」
アイリーナはもともと迷宮での戦いが好きであったわけではなかった。
好きな男のために無理やり付き合ってはいたが、できるならこんな殺伐とした世界からは足を洗いたいと思っていた。
メッサラには悪いが、アイリーナが探索者を続ける理由はもう何もなかった。
「そりゃねえぜ! こんな機会、一生に二度とねえんだ!」
メッサラは大仰に手を広げ、アイリーナに思いとどまるよう言葉をつづけた。
「考えてもみてくれ。食うに困らず、孤児院に寄付ができるまでになったのはどうしてだ? 探索者を止めたらまだ金に困るのは目に見えてるじゃねえか!」
「王国政府から補助金が出るらしいわ。あとは緊急依頼さえこなしていれば、お金に困ることはないと思うの」
欲のある人間が欲のない人間を説得することは難しい。
メッサラは今、自分たちの前にどれだけの幸運が転がっているのかをアイリーナに伝える言葉を探した。
マクンバの迷宮を攻略した、となればマクンバ領主から一代貴族の称号を与えられるのは確実である。
孤児院程度ダース単位で面倒を見ることも可能であろう。
「アイリーナ、聞いてくれ!」
「あのう…………」
「なんだよっ! 今大事なところなんだよ!」
「シトリも回収しましたし、そろそろ戻りますよ? 二人だけでここに残りたいなら止めませんが……」
「んなっ? も、戻るよ! こんなところに置いていかれちゃ敵わねえよ!」
盛り上がったところを邪魔されて顔を顰めたものの、松田がすでに帰り支度を整えているのをみたメッサラは慌てて頷いた。
シトリを討伐したとはいえ、四十七階層は攻撃力に乏しいスカウトとクレリックが二人でいるのは危険すぎる場所であった。
「ああ、そうそう、誤解のないように言っておきますが、私は鍛冶師ドルロイ様の弟子ですから、探索者は副業ですので」
「はあああああああああああああああ?」
階層エレベーターで地上へと帰還した松田は、その足でシーリースのもとを訪ねた。
「依頼が終わったからギルド長を呼んでくれないか?」
「そうですか、無事に依頼が終わって何よりでした……って! はははは、早すぎませんか?」
受付嬢の名誉にかけて、かろうじて絶叫するのは耐えたものの、さすがに口調が乱れるのは避けられなかった。
笑顔の口元を引き攣らせ、シーリースは無傷の松田とステラをまじまじと見つめる。
「……ところでどうしてアイリーナさんとメッサラさんがいるんですか?」
「たまたまいっしょになってね」
「はあ……とにかくすぐにギルド長を呼んできますので応接室でお待ちください」
憮然とするメッサラの表情に気を遣う余裕もなく、シーリースは慌てて奥の事務所へギルド長を呼びだしに飛び出していった。
「…………私から依頼しておいてなんだが、まさかこんなあっさりシトリを討伐してくれるとはな……」
応接室に通された松田は、神妙な顔で現れたギルド長ホルストナウマンにシトリの平面状に潰れた首を差し出した。
「いったいどんな倒し方をしたらこんな有様になるんだ?」
「ゴーレムにメイスで叩き潰させました」
まともなメイスではここまでにはならない。攻城戦に使うような複数の人間で使う巨大なものでなければ。
やはり力を隠していたか、とホルストナウマンは松田に対する自分の直観が正しかったことを悟った。
「お約束どおり残りの素材はこちらで引き取るということで。討伐報酬はアイリーナさんと折半にしてください」
「そんな私は何も…………!」
「いえ、貴女の解呪がなければ危なかったです。遠慮しないでください」
「俺は?」
「メッサラさんに助けられた覚えはありませんよ?」
「アイリーナをあそこまで連れてってやったじゃねえか!」
「それに関しては感謝しますが、討伐に功績があったとまでは言えないでしょう」
「どこまでもいけすかねえ男だな!」
松田と話しても埒が明かないとばかりにメッサラはホルストナウマンに向き直った。
「――――こいつのゴーレムは異常だぜ。シトリを実質一人で倒したのは伊達じゃない。何百も召喚するわ空中は飛ぶわ、あげく迷宮のボスみたいなサイクロプスまで造りやがる。ギルド長権限で緊急拘束すべきだ!」
「シトリの討伐が終わったのに?」
「仕方ねえだろう! こいつが鍛冶師が本業で探索者は副業とかぬかしやがるんだから! せめて迷宮の攻略までギルドの特別任務ってことで探索させるんだよ!」
探索者ギルドはある一定以上の探索者に、報酬と引き換えに拒否権のない任務を強制することができる。
松田やアイリーナの説得を諦めたメッサラが考えたのは、ギルド権限によって迷宮の攻略まで臨時パーティーを結成させることであった。
シトリのような怪物が出てきた以上、おそらく迷宮の残る階層は少ない。
迷宮攻略達成者となれば、その後の人生は保障されたようなものだ。
アイリーナが孤児院で散財しても養っていくことだってできる。
もっともアイリーナが求める幸せはそんなものではないのだが、栄光という幻影を見つけてしまったメッサラはそのことに気づくことはできなかった。
残念ながら二人はスタートラインが違いすぎ、メッサラの想いが叶う可能性は限りなく低いように思われた。
「そんな無茶ができるわけがないだろう! 迷宮の攻略はギルドの定める緊急事態とは認められない」
「攻略できるのが確実だとわかっていてもか?」
「そもそも松田殿がドルロイ工房の弟子という時点でギルドの横紙破りは通らない。鍛冶師ドルロイといえば国王陛下や近衛騎士団長に剣を献上するほどの名匠だぞ? 下手に手を出してお偉いさんに睨まれるのは嫌だろう?」
「そんな――――」
すぐ手に届くところに成功が約束されているのだ。
もはや恥も外聞も忘れてメッサラは床に頭を擦りつけた。
「頼む! 一か月だけでいい! 頼むから俺と組んでくれ!」
「無理なものは無理です。アイリーナさんが出て行ったことにすら気がつかない貴方を仲間と思うことは私にはできません」
「ええっ? アイリーナが…………?」
そこで初めてメッサラはアイリーナがいなくなっていることに気づいた。
栄光に目がくらみ、探索者としての誇りも仲間に対する愛情も忘れたメッサラを見るに耐えず、先ほどアイリーナは静かに部屋を立ち去っていた。
「アイリーナ……うそだろ?」
君のためなのに。栄光を掴むのも、財力を手に入れるのもすべては君に釣り合う男になるためなのに。
呆然と立ち尽くすメッサラを松田は冷然と無視した。
彼を見ていると、金で愛情が買えると信じていた女癖の悪い専務を思い出すのだ。
現実問題として愛情を維持するのに金が必要であるのも確かである、が、金だけで愛情が買えないことも確かであった。
金で買えるものは愛情によく似たうたかたの夢だけである。
夢から覚めればそこには醜い現実が口を開けて待っている。
「さて、早く素材をもってハウレプスト師匠のところへ行くとしましょう。ギルド長、あとはよしなに」
風の噂に聞いたところでは、メッサラはアイリーナにきっぱりとフラれてマクンバの街を去ったらしい。
しかし後日、彼がこのマクンバにとんでもない災厄をもたらすことを、このとき誰一人知る由もなかったのである。
常識的に考えるならゴーレムは魔力の無駄と言われるマイナー魔法である。
現在の魔法の流行からは遠くかけ離れた存在で、土魔法士でもゴーレムを使うのは極めて稀であった。
そんなマイナー魔法を使うということで松田は良い意味でも悪い意味でも注目を集めていた。
彼が四十階層を突破したときには、もしかしてゴーレム魔法は有用な魔法なのでないか、と魔法士たちの間で議論が巻き起こったほどである。
そしてギルド長が直々にシトリの討伐を依頼したのが決定打であった。
松田はやはり並みの魔法士ではない。
正直なところ初めて松田と見たときには、メッサラは所詮噂は噂にすぎなかった、と失望したものだ。
金級探索者でも苦戦を免れないシトリを相手にするには、松田はあまりに凡庸で覇気のない男に見えた。
――――ところが、である。
数百体という常識外の馬鹿げた数のゴーレム、あれはもうゴーレムというよりひとつの軍団であった。
さらに空中を支配するグリフォン型のゴーレムも見逃せない。
探索者にとって、どうしても視界の死角となる頭上に対する警戒は長年解決することのできなかった問題だった。
魔法士の探索、スカウトの気配察知を使っても完全に奇襲を避けることはできない。
探索魔法は常時発動型ではないから、探索後に変わる状況に対応できず、気配察知はスキル気配消去を持つ魔物を見つけることができないのである。
しかし常時頭上を守るゴーレムがいれば、飛行型の魔物を発見できるどころか、先制攻撃をすることすら可能だ。
こんな便利な魔法がなぜマイナーだったのか、と思ってしまうメッサラであった。
彼らがいれば――――。
盾役の戦士と攻守のバランスのとれた騎士、火力の要である魔法士を失ったメッサラとアイリーナでは、下層攻略を続けることは不可能である。
しかし松田の協力を得られるならば、下層攻略を続けるどころか、マクンバ始まって以来の攻略達成者になるのも夢ではない。
「何も隠す必要なんてないだろ? マクンバの探索者を震え上がらせたシトリを討伐したんだ。堂々と胸を張ればいいじゃねえか!」
メッサラには松田が実力を隠す理由が理解できなかった。
探索者にとって、大事なのは力である。力なければ魔物の餌となり、力あれば栄達の扉が開く。
並みの人間では決して手にすることのできない財産も思うがままだ。
金級探索者ともなれば、各国の重鎮が招き入れるほどの社会的地位が保障される。
「運よくシトリを倒すことができました。アイリーナさんのおかげですね」
「いいえ、私は横からわずかに手を貸しただけです。仇を討ってくださって、こちらこそお礼を申し上げます」
そういってアイリーナは憑きものが落ちたように笑った。
「アイリーナからも言ってやってくれよ! 俺たちがパーティーを組めば迷宮の攻略だってできるんだぜ!」
「――――ごめんなさい。私、これで探索者は引退します」
「へっ?」
全くの予想外の一言に、メッサラは目を剥いて石化した。
「前々から考えてはいたの。みんながいたから言えなかったけど、私親戚が経営している孤児院の手伝いをしようと思って」
アイリーナはもともと迷宮での戦いが好きであったわけではなかった。
好きな男のために無理やり付き合ってはいたが、できるならこんな殺伐とした世界からは足を洗いたいと思っていた。
メッサラには悪いが、アイリーナが探索者を続ける理由はもう何もなかった。
「そりゃねえぜ! こんな機会、一生に二度とねえんだ!」
メッサラは大仰に手を広げ、アイリーナに思いとどまるよう言葉をつづけた。
「考えてもみてくれ。食うに困らず、孤児院に寄付ができるまでになったのはどうしてだ? 探索者を止めたらまだ金に困るのは目に見えてるじゃねえか!」
「王国政府から補助金が出るらしいわ。あとは緊急依頼さえこなしていれば、お金に困ることはないと思うの」
欲のある人間が欲のない人間を説得することは難しい。
メッサラは今、自分たちの前にどれだけの幸運が転がっているのかをアイリーナに伝える言葉を探した。
マクンバの迷宮を攻略した、となればマクンバ領主から一代貴族の称号を与えられるのは確実である。
孤児院程度ダース単位で面倒を見ることも可能であろう。
「アイリーナ、聞いてくれ!」
「あのう…………」
「なんだよっ! 今大事なところなんだよ!」
「シトリも回収しましたし、そろそろ戻りますよ? 二人だけでここに残りたいなら止めませんが……」
「んなっ? も、戻るよ! こんなところに置いていかれちゃ敵わねえよ!」
盛り上がったところを邪魔されて顔を顰めたものの、松田がすでに帰り支度を整えているのをみたメッサラは慌てて頷いた。
シトリを討伐したとはいえ、四十七階層は攻撃力に乏しいスカウトとクレリックが二人でいるのは危険すぎる場所であった。
「ああ、そうそう、誤解のないように言っておきますが、私は鍛冶師ドルロイ様の弟子ですから、探索者は副業ですので」
「はあああああああああああああああ?」
階層エレベーターで地上へと帰還した松田は、その足でシーリースのもとを訪ねた。
「依頼が終わったからギルド長を呼んでくれないか?」
「そうですか、無事に依頼が終わって何よりでした……って! はははは、早すぎませんか?」
受付嬢の名誉にかけて、かろうじて絶叫するのは耐えたものの、さすがに口調が乱れるのは避けられなかった。
笑顔の口元を引き攣らせ、シーリースは無傷の松田とステラをまじまじと見つめる。
「……ところでどうしてアイリーナさんとメッサラさんがいるんですか?」
「たまたまいっしょになってね」
「はあ……とにかくすぐにギルド長を呼んできますので応接室でお待ちください」
憮然とするメッサラの表情に気を遣う余裕もなく、シーリースは慌てて奥の事務所へギルド長を呼びだしに飛び出していった。
「…………私から依頼しておいてなんだが、まさかこんなあっさりシトリを討伐してくれるとはな……」
応接室に通された松田は、神妙な顔で現れたギルド長ホルストナウマンにシトリの平面状に潰れた首を差し出した。
「いったいどんな倒し方をしたらこんな有様になるんだ?」
「ゴーレムにメイスで叩き潰させました」
まともなメイスではここまでにはならない。攻城戦に使うような複数の人間で使う巨大なものでなければ。
やはり力を隠していたか、とホルストナウマンは松田に対する自分の直観が正しかったことを悟った。
「お約束どおり残りの素材はこちらで引き取るということで。討伐報酬はアイリーナさんと折半にしてください」
「そんな私は何も…………!」
「いえ、貴女の解呪がなければ危なかったです。遠慮しないでください」
「俺は?」
「メッサラさんに助けられた覚えはありませんよ?」
「アイリーナをあそこまで連れてってやったじゃねえか!」
「それに関しては感謝しますが、討伐に功績があったとまでは言えないでしょう」
「どこまでもいけすかねえ男だな!」
松田と話しても埒が明かないとばかりにメッサラはホルストナウマンに向き直った。
「――――こいつのゴーレムは異常だぜ。シトリを実質一人で倒したのは伊達じゃない。何百も召喚するわ空中は飛ぶわ、あげく迷宮のボスみたいなサイクロプスまで造りやがる。ギルド長権限で緊急拘束すべきだ!」
「シトリの討伐が終わったのに?」
「仕方ねえだろう! こいつが鍛冶師が本業で探索者は副業とかぬかしやがるんだから! せめて迷宮の攻略までギルドの特別任務ってことで探索させるんだよ!」
探索者ギルドはある一定以上の探索者に、報酬と引き換えに拒否権のない任務を強制することができる。
松田やアイリーナの説得を諦めたメッサラが考えたのは、ギルド権限によって迷宮の攻略まで臨時パーティーを結成させることであった。
シトリのような怪物が出てきた以上、おそらく迷宮の残る階層は少ない。
迷宮攻略達成者となれば、その後の人生は保障されたようなものだ。
アイリーナが孤児院で散財しても養っていくことだってできる。
もっともアイリーナが求める幸せはそんなものではないのだが、栄光という幻影を見つけてしまったメッサラはそのことに気づくことはできなかった。
残念ながら二人はスタートラインが違いすぎ、メッサラの想いが叶う可能性は限りなく低いように思われた。
「そんな無茶ができるわけがないだろう! 迷宮の攻略はギルドの定める緊急事態とは認められない」
「攻略できるのが確実だとわかっていてもか?」
「そもそも松田殿がドルロイ工房の弟子という時点でギルドの横紙破りは通らない。鍛冶師ドルロイといえば国王陛下や近衛騎士団長に剣を献上するほどの名匠だぞ? 下手に手を出してお偉いさんに睨まれるのは嫌だろう?」
「そんな――――」
すぐ手に届くところに成功が約束されているのだ。
もはや恥も外聞も忘れてメッサラは床に頭を擦りつけた。
「頼む! 一か月だけでいい! 頼むから俺と組んでくれ!」
「無理なものは無理です。アイリーナさんが出て行ったことにすら気がつかない貴方を仲間と思うことは私にはできません」
「ええっ? アイリーナが…………?」
そこで初めてメッサラはアイリーナがいなくなっていることに気づいた。
栄光に目がくらみ、探索者としての誇りも仲間に対する愛情も忘れたメッサラを見るに耐えず、先ほどアイリーナは静かに部屋を立ち去っていた。
「アイリーナ……うそだろ?」
君のためなのに。栄光を掴むのも、財力を手に入れるのもすべては君に釣り合う男になるためなのに。
呆然と立ち尽くすメッサラを松田は冷然と無視した。
彼を見ていると、金で愛情が買えると信じていた女癖の悪い専務を思い出すのだ。
現実問題として愛情を維持するのに金が必要であるのも確かである、が、金だけで愛情が買えないことも確かであった。
金で買えるものは愛情によく似たうたかたの夢だけである。
夢から覚めればそこには醜い現実が口を開けて待っている。
「さて、早く素材をもってハウレプスト師匠のところへ行くとしましょう。ギルド長、あとはよしなに」
風の噂に聞いたところでは、メッサラはアイリーナにきっぱりとフラれてマクンバの街を去ったらしい。
しかし後日、彼がこのマクンバにとんでもない災厄をもたらすことを、このとき誰一人知る由もなかったのである。
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