アラフォー社畜のゴーレムマスター
第三十六話 人形師ハーレプスト
それから一週間ほどの時間が経過した。
残念ながら松田はまだ座学が精いっぱいで、実際に槌を握らせてもらってもいない。
雑用の合間に座学と、ドルロイ作の一級品に触れることで感性を磨いている段階である。
それでも松田からすれば、ゆっくりと座学の時間を取ってもらえること自体、望外の喜びであった。
「やあ、元気にしているかい?」
「ハーレプストさん……あれから一週間も経ったのに、なんでそんなボロボロなんですか……?」
顔面の半分を覆う腫れはまだ引いておらず、手足にはいまだ包帯が痛々しく巻かれている。
リンダさんが手加減しないとこうなっていたのか、と改めて青くなる松田であった。
「やれやれ、ひどい目にあったよ。ここまでやられたのは久しぶりさ」
それでも何事もなかったかのようにハーレプストは笑った。
そんないつものこと見たいに朗らかに笑われても反応に困る。ドワーフのコミュニケーションがわからない。
「なんというか……その、お大事に」
「これくらいは怪我のうちには入らないよ? 骨には異常もないことだし」
いや、その基準はおかしい。
「――――今日は君に会いに来たんだよ」
楽しそうにハーレプストは笑うと、松田の肩をバンバンと叩いた。
非常に気安い態度で、傍目にも彼が松田に心を許しているのがよくわかる光景であった。
なぜそこまでハーレプストに親しく思われているのか松田にはわからなかったが、決して不快な気分ではなかった。
「わふぅっ! ご主人様――――!」
パタパタと足音を響かせて、フリルがふんだんにあしらわれたメイド服に身を包んだステラが現れたのはそのときであった。
「お飲み物をお持ちしたです! あれ? ハーレプスト様です。わふ」
「へえ! 可愛いじゃないか! 見違えたよ!」
そんなハーレプストの賞賛をスルーして、ステラは松田を上目遣いに見つめる。
「わふぅ……どうですか? ご主人様?」
「可愛いよ。リンダさんにお礼を言わなきゃね」
「はいです!」
うれしそうに微笑むとステラはガッツポーズで後ろを振りかえる。
そこにはニヤニヤと笑いながらも、ステラが可愛くて仕方ないらしいリンダがいた。
実は松田の修行によって、手持ち無沙汰になったステラは、リンダに稽古をつけてもらいながら、着せ替え人形と化しているのだった。
娘のいないリンダにとって、子供のステラは格好の標的であったようだ。
いっしょになって料理を作ったり、お揃いのエプロンドレスを作ったりするリンダは幸せそうである。
もし娘が生まれたらあれもしよう、これもしようと考えていたうっ憤をまとめて晴らしているかのようであった。
しかしステラのほうもそんなリンダによく懐いていて、年頃の女の子のことなどわかるわけもない松田にとっては非常にありがたいことでもあった。
「なるほど、リンダの見立てだったのかい。確かに体形がほとんど……ぶべらっ!」
アッパー気味のコースクリューブローを食らって、ハーレプストの巨体が弾丸のように吹き飛んだ。
「いいかいステラ? 女の体形を揶揄するような男には一切手加減はいらないからね!」
「はいですっ! わふ」
「だ、大丈夫ですか? ハーレプストさん!」
「へへ…………効いたよ。大丈夫、僕は女性を胸の大きさで差別なんか……」
「まだいうか!」
「ほんげらっ!」
懐に飛び込んでからの肝臓打ち、そしてそのまま伸び上がるようにして顎先にアッパーカット。
そこでデンプシーロールに繋げれば、どこかのボクシング漫画で見た光景であったろう。
というかまだ懲りてないのかこの人は。
「な……ナイスパンチ」
「死ね」
この煽っていくスタイルはドワーフの民族性なのだろうか。
身体を張ってリンダを挑発するハーレプストに、思わず畏れに近い感情を抱いてしまう松田であった。
「なんだなんだ騒がしい!」
盛大にハーレプストが吹っ飛んだせいか、地下で作業をしていたはずのドルロイがのそり、と顔を出す。
そしてハーレプストの痛々しい様子を見ると、こらえきれないかのように大口を開けてげはは、と哂った。
「げはははっ! 随分と色男になったじゃねえか!」
「失敬だな。僕はもとから色男さ!」
なんのかんの言って仲の良い兄弟だ。少なくとも憎まれ口を叩きあえる程度にはお互いを分かり合っているのだろう。
「そのざまでわざわざうちに来たってことは何かあったか?」
「ああ、それなんだけどね。少しマツダ君を貸してくれないかな?」
「ええ? 俺ですか?」
まさかのご指名に松田は戸惑う。
「――――ふむ」
ドルロイは難しい顔をして腕を組むと考えこんだ。
そろそろ松田に実践を教え始めようかと思っていたところでもある。
そうなるともうハーレプストに貸してやる時間はなかった。
何より松田は自分の弟子ではあるが、松田の目指すところはむしろハーレプストの理想に近いのだ。
「おいマツダ。今日は休みにしてやる。この馬鹿に付き合ってやれ」
「ありがとう! 助かるよ!」
「その代わり修行が始まったら余計なちょっかいは許さんぞ?}
相変わらず人の都合を聞かない二人であった。
まあ職人の弟子に対する扱いなどこんなのが普通なのだろう。
「わふぅ! ご主人様! ステラも! ステラも!」
「あんたはこれから私と今日のご飯の買い出しに行くんだよ!」
「ふきゅううううんっ!」
松田について行こうとしたステラは、リンダに襟首を掴まれて、まるで子犬のような鼻声をあげる。
見えないはずの耳としっぽが、がっくりと力を失ってうなだれているのが見えるかのようであった。
「――善は急げだ。ついてきてくれマツダ君」
ハーレプストの別宅は、ドルロイの工房から歩いて一時間ほどの服飾街の中にあった。
「ここはマクンバに滞在するための隠れ家みたいなもんでね。僕の本当の研究室はグラナダ王国にあるから」
リュッツォー王国をさらに東に向かうと広大な国土を誇るグラナダ王国がある。
実はハーレプストは、グラナダでも五槌にこそ及ばないが有名な鍛冶師なのであった。
「――いらっしゃいませ、ハーレプスト様」
「やあラクシュミー。倉庫を使わせてもらうよ?」
勝手知ったる雰囲気で、店の扉を開けたハーレプストは知的な三十前後の美女に向かって声をかける。
――――はちきれんばかりに盛り上がった胸が目に眩しい。なるほど、ハーレプストが胸に貴賤はないと言っていたのは本当だったようだ。
「この店はハーレプスト様のもの。いつなりとご自由に」
そういって優雅に頭を下げるラクシュミーは、まさに淑女そのものであった。
黒髪をかっちりと編み込んで、頭の上でまとめているところも非常にポイントが高い。
こうした知的美女というのは松田の好むところであった。
(ディアナの参考にしてもいいかもしれないな)
『胸のほうに関しては同意ですが、歳についてはご一考下さい主様』
(三十代ディスってんのか!)
精神年齢的に四十代である松田にとって、三十はまだまだ若いという感覚しかない。
それに知的美女というのは、年齢を重ねてこそ味が出るというものなのである。
『主様の認識はゆがんでいると申し上げます!』
(ほっとけ!)
そんな松田達の葛藤を知る由もないハーレプストは、自慢げに厳重に魔法と鍵で施錠された倉庫を指さすと微笑んだ。
「きっと君なら僕のコレクションを気に入ってくれると思うよ?」
「コレクション、ですか?」
今日こうして連れてこられたわけがそこにあるのだろうか。
ゆっくりと巨大な扉が開いていく。
眩しいほどの魔法光に溢れたそこには、百二十センチほどの白磁人形がちょこん、とスカートをつまみあげてお辞儀していた。
「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」
「えええええええええっ!」
残念ながら松田はまだ座学が精いっぱいで、実際に槌を握らせてもらってもいない。
雑用の合間に座学と、ドルロイ作の一級品に触れることで感性を磨いている段階である。
それでも松田からすれば、ゆっくりと座学の時間を取ってもらえること自体、望外の喜びであった。
「やあ、元気にしているかい?」
「ハーレプストさん……あれから一週間も経ったのに、なんでそんなボロボロなんですか……?」
顔面の半分を覆う腫れはまだ引いておらず、手足にはいまだ包帯が痛々しく巻かれている。
リンダさんが手加減しないとこうなっていたのか、と改めて青くなる松田であった。
「やれやれ、ひどい目にあったよ。ここまでやられたのは久しぶりさ」
それでも何事もなかったかのようにハーレプストは笑った。
そんないつものこと見たいに朗らかに笑われても反応に困る。ドワーフのコミュニケーションがわからない。
「なんというか……その、お大事に」
「これくらいは怪我のうちには入らないよ? 骨には異常もないことだし」
いや、その基準はおかしい。
「――――今日は君に会いに来たんだよ」
楽しそうにハーレプストは笑うと、松田の肩をバンバンと叩いた。
非常に気安い態度で、傍目にも彼が松田に心を許しているのがよくわかる光景であった。
なぜそこまでハーレプストに親しく思われているのか松田にはわからなかったが、決して不快な気分ではなかった。
「わふぅっ! ご主人様――――!」
パタパタと足音を響かせて、フリルがふんだんにあしらわれたメイド服に身を包んだステラが現れたのはそのときであった。
「お飲み物をお持ちしたです! あれ? ハーレプスト様です。わふ」
「へえ! 可愛いじゃないか! 見違えたよ!」
そんなハーレプストの賞賛をスルーして、ステラは松田を上目遣いに見つめる。
「わふぅ……どうですか? ご主人様?」
「可愛いよ。リンダさんにお礼を言わなきゃね」
「はいです!」
うれしそうに微笑むとステラはガッツポーズで後ろを振りかえる。
そこにはニヤニヤと笑いながらも、ステラが可愛くて仕方ないらしいリンダがいた。
実は松田の修行によって、手持ち無沙汰になったステラは、リンダに稽古をつけてもらいながら、着せ替え人形と化しているのだった。
娘のいないリンダにとって、子供のステラは格好の標的であったようだ。
いっしょになって料理を作ったり、お揃いのエプロンドレスを作ったりするリンダは幸せそうである。
もし娘が生まれたらあれもしよう、これもしようと考えていたうっ憤をまとめて晴らしているかのようであった。
しかしステラのほうもそんなリンダによく懐いていて、年頃の女の子のことなどわかるわけもない松田にとっては非常にありがたいことでもあった。
「なるほど、リンダの見立てだったのかい。確かに体形がほとんど……ぶべらっ!」
アッパー気味のコースクリューブローを食らって、ハーレプストの巨体が弾丸のように吹き飛んだ。
「いいかいステラ? 女の体形を揶揄するような男には一切手加減はいらないからね!」
「はいですっ! わふ」
「だ、大丈夫ですか? ハーレプストさん!」
「へへ…………効いたよ。大丈夫、僕は女性を胸の大きさで差別なんか……」
「まだいうか!」
「ほんげらっ!」
懐に飛び込んでからの肝臓打ち、そしてそのまま伸び上がるようにして顎先にアッパーカット。
そこでデンプシーロールに繋げれば、どこかのボクシング漫画で見た光景であったろう。
というかまだ懲りてないのかこの人は。
「な……ナイスパンチ」
「死ね」
この煽っていくスタイルはドワーフの民族性なのだろうか。
身体を張ってリンダを挑発するハーレプストに、思わず畏れに近い感情を抱いてしまう松田であった。
「なんだなんだ騒がしい!」
盛大にハーレプストが吹っ飛んだせいか、地下で作業をしていたはずのドルロイがのそり、と顔を出す。
そしてハーレプストの痛々しい様子を見ると、こらえきれないかのように大口を開けてげはは、と哂った。
「げはははっ! 随分と色男になったじゃねえか!」
「失敬だな。僕はもとから色男さ!」
なんのかんの言って仲の良い兄弟だ。少なくとも憎まれ口を叩きあえる程度にはお互いを分かり合っているのだろう。
「そのざまでわざわざうちに来たってことは何かあったか?」
「ああ、それなんだけどね。少しマツダ君を貸してくれないかな?」
「ええ? 俺ですか?」
まさかのご指名に松田は戸惑う。
「――――ふむ」
ドルロイは難しい顔をして腕を組むと考えこんだ。
そろそろ松田に実践を教え始めようかと思っていたところでもある。
そうなるともうハーレプストに貸してやる時間はなかった。
何より松田は自分の弟子ではあるが、松田の目指すところはむしろハーレプストの理想に近いのだ。
「おいマツダ。今日は休みにしてやる。この馬鹿に付き合ってやれ」
「ありがとう! 助かるよ!」
「その代わり修行が始まったら余計なちょっかいは許さんぞ?}
相変わらず人の都合を聞かない二人であった。
まあ職人の弟子に対する扱いなどこんなのが普通なのだろう。
「わふぅ! ご主人様! ステラも! ステラも!」
「あんたはこれから私と今日のご飯の買い出しに行くんだよ!」
「ふきゅううううんっ!」
松田について行こうとしたステラは、リンダに襟首を掴まれて、まるで子犬のような鼻声をあげる。
見えないはずの耳としっぽが、がっくりと力を失ってうなだれているのが見えるかのようであった。
「――善は急げだ。ついてきてくれマツダ君」
ハーレプストの別宅は、ドルロイの工房から歩いて一時間ほどの服飾街の中にあった。
「ここはマクンバに滞在するための隠れ家みたいなもんでね。僕の本当の研究室はグラナダ王国にあるから」
リュッツォー王国をさらに東に向かうと広大な国土を誇るグラナダ王国がある。
実はハーレプストは、グラナダでも五槌にこそ及ばないが有名な鍛冶師なのであった。
「――いらっしゃいませ、ハーレプスト様」
「やあラクシュミー。倉庫を使わせてもらうよ?」
勝手知ったる雰囲気で、店の扉を開けたハーレプストは知的な三十前後の美女に向かって声をかける。
――――はちきれんばかりに盛り上がった胸が目に眩しい。なるほど、ハーレプストが胸に貴賤はないと言っていたのは本当だったようだ。
「この店はハーレプスト様のもの。いつなりとご自由に」
そういって優雅に頭を下げるラクシュミーは、まさに淑女そのものであった。
黒髪をかっちりと編み込んで、頭の上でまとめているところも非常にポイントが高い。
こうした知的美女というのは松田の好むところであった。
(ディアナの参考にしてもいいかもしれないな)
『胸のほうに関しては同意ですが、歳についてはご一考下さい主様』
(三十代ディスってんのか!)
精神年齢的に四十代である松田にとって、三十はまだまだ若いという感覚しかない。
それに知的美女というのは、年齢を重ねてこそ味が出るというものなのである。
『主様の認識はゆがんでいると申し上げます!』
(ほっとけ!)
そんな松田達の葛藤を知る由もないハーレプストは、自慢げに厳重に魔法と鍵で施錠された倉庫を指さすと微笑んだ。
「きっと君なら僕のコレクションを気に入ってくれると思うよ?」
「コレクション、ですか?」
今日こうして連れてこられたわけがそこにあるのだろうか。
ゆっくりと巨大な扉が開いていく。
眩しいほどの魔法光に溢れたそこには、百二十センチほどの白磁人形がちょこん、とスカートをつまみあげてお辞儀していた。
「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」
「えええええええええっ!」
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