アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第二十五話 マクンバの迷宮

 迷宮二十階。
 リジョンの迷宮とは比較にならない広さに、松田は御上りさんのように呆然と眺めた。
 「……これが地下とか……」
 天井までの高さは三十メートルを超え、フロアの総面積は現在マッピングされているところでは、およそ八平方キロに及ぶ。
 実際のところ道案内なしに飛び込めば、帰るのもままならないのではないだろうか。
 二十階というと中層の入り口、あるいはまだ上層の終わりという位置づけであり、ちらほら探索者の姿も見かけられた。
 「今日は三十階まで下りて、そこでエレベーターで戻るのを目指そうと思うがそれでいいか?」
 「ああ、それでいこう。――――召喚サモンゴーレム」
 複数の魔物に対処するため、いつものタワーシールド型ではなく片手剣二刀流のゴーレムを召喚する。
 その様子を見ていた探索者のなかから驚きの声があがった。
 やはりゴーレムという魔法は誰も見たことがないほどマイナーなものであるようだ。
 「右は行き止まりだ。二つ先の分岐までまっすぐに進むぞ」
 「了解」
 二十階の魔物はまだそれほどの脅威ではない。
 出現する魔物のほとんどはゴブリンだし、多少手ごわいとされるのはブルウルフくらいものである。
 だが決定的に違うのは、リジョンの町では多くとも六、七体であった魔物が二十、三十と群れを成して襲ってくるということだった。
 『主様、次の分岐だまりに集団の気配が』
 「…………ん? 気づいたのか? もしかして察知系の魔法でも使用しているのか?」
 わずかに松田が身体をこわばらせたのをシェリーは敏感に気づいた。
 彼女もこの先でゴブリンが待ち伏せしていることに気づいていたのである。この程度を気づけないようでは銀級探索者にはなれない。
 「わふ? 本当です。獣臭いです!」
 そうシェリーに言われて遅ればせながらステラも気づいた。
 そして突撃していい? 突撃していい? と期待に満ちた目で松田を見つめてくるが、今回は苦笑してシェリーが止めた。
 「まあ落ち着け。このパーティーの前衛として私が不足のないことを証明してみせよう」
 松田のミスリルゴーレムは確かに素晴らしい。
 特に敵に魔法士が参加している場合、ミスリルゴーレムの価値は計り知れないもので、優秀な魔法耐久力はパーティーの守りの要となるだろう。
 だが、それでもなお前衛としての能力は自分の方が高い。
 シェリーはそう確信していた。あと少しでマクンバの花形である下層探索者になれた銀級探索者の実力と誇りと自負があった。
 「さて、行くとするか。二重影ダブルシャドウ!」
 「えええええっ?」
 思わず松田が声をあげたのも無理はなかった。
 スキルの発動と同時にシェリーの身体から魔力の光が発せられるや、突如二人目のシェリーが現れたのである。
 「ぶ、分身の術?」
 「わふ? シェリーさんが二人なのです……」
 どう反応してよいかわからぬ二人を置き去りに、シェリーは大地を蹴って飛び出した。
 このスキルこそが、シェリーがソロで二十八階まで達することのできた秘密のひとつであった。
 二人に分裂したシェリーは、左右に分かれると奇襲するはずが奇襲されて驚愕するゴブリンを斬りまくった。
 「分身の術って、どっちかが虚像じゃないのかよ!」
 明らかにどちらのシェリーもゴブリンを斬り倒している。
 それはつまり、二人のシェリーはどちらも質量を伴った実体であるということだ。
 さすがファンタジー世界。
 どちらのシェリーに影があるか、などと注目していた自分を松田は人知れず恥じた。
 「――――貫通トランスフィックス!」
 今度は大上段に振り上げたシェリーの斬撃が、先頭のゴブリンを貫通して後列のゴブリンまで真っ二つに引き裂いていく。
 魔法なんてものがあるのだから想定してしかるべきであったが、まだまだ自分は常識に捕らわれていたと思う松田である。
 『まあまあですね』
 (あれでまあまあなのかよっ?)
 『私が稼働していたころは剣から怪光線を出して城を吹っ飛ばす剣士や、一度放ったらどこまでも追いかけてくる必中の矢を放つ弓士がいましたから』
 (どこの人外魔境だよ!)
 『全盛時の私ならまとめて殲滅できますけど?』
 (お前も大概だな!)
 とにかくディアナの基準が当てにならないことはわかった。
 一国の滅亡に関わるような、そんな伝説級の化け物とシェリーを比較されても困る。
 最後のゴブリンを叩き斬って、シェリーは自慢げに年相応の笑顔を浮かべてマツダを振り返った。
 「――――どうだ?」
 「いや、お見事」
 実に見事というべきだろう。戦闘開始からほぼ一分、シェリーの額には汗一粒すら浮いていない。危なげない戦いぶりはさすがは銀級探索者であると思わせた。
 だからお見事と言った松田の視線が、揺れる巨乳に吸い寄せられてしまったのは関係ない。関係ないのだ。
 「見るな、とは言わないが、ぶしつけな視線は嫌われるぞ?」
 「ここここれはなんというか、ちゃんと戦闘中は注目してたんだけど、気を抜いたら目が追いかけてしまったというべきか……」
 松田が意味不明の言い訳をしていると、シェリーは不思議そうに尋ねた。
 「エルフは小さいほうが好みなんじゃないのか?」
 「おっぱいに大小の貴賤はないに決まっているだろう!」
 松田渾身の主張であった。
 小さいおっぱいも大きなおっぱいも、それぞれに味がありともに尊い。
 ところでシェリーの発言は、エルフの女性が貧乳であると遠まわしにディスっているので注意しておいたほうがよさそうだ。
 「貴方の性癖は構わないが、あまり女性の前でそういうことを言わないほうがいいな」
 シェリーは頬を染めて決まり悪そうに松田から視線を逸らす。
 自分が恥ずかしすぎることを口にしたのに気づいた松田は、首筋まで真っ赤に染まって悶絶した。
 「わふう? どうしたです? ご主人様」
 「今はそっとしておいてやれ。せめてもの情けだ」
 松田が壮絶な自己嫌悪とともに現実に復帰するまで、数分の時間が必要であった。


 シェリーが期待以上に動ける前衛であることがわかったので、今度は松田がその力を見せることになった。
 「ご主人様! ステラも! ステラも戦うです! わふっ!」
 「勝手に飛び込むんじゃないぞ? 外周で手傷を負った奴から狩っていけ」
 新たな魔物の群れは、それからさほどの時間を置かずに見つかった。
 同じ規模のゴブリンの集団だが、遠距離攻撃型のゴブリンメイジがいるのが厄介だった。
 「私も手を貸そうか?」
 一人魔法士がいるだけで集団の危険度は急激に跳ね上がる。ステラは想定状況が変わったと思い松田に問いかけた。
 「いえ、まずは私たちだけで――行くぞステラ!」
 「はいです! わふう!」
 この程度の相手に苦戦していたら中層の突破など夢の又夢にすぎない。
 静かな自信とともに松田は頷く。
 「――蹂躙しろ、ゴーレム」
 突撃を開始したゴーレムは当たるを幸いとばかりに、たちまち数体のゴブリンをひき肉に変えた。
 まるで片手剣が鈍器のような洗練されていない動きである。
 しかし人間ばなれしたゴーレムの膂力が技術のなさを補って余りあった。
 もちろんゴブリンも黙ってやられてはいない。
 「ギャギャギャギャ!」
 歯を軋るような叫び声をあげて左右からゴーレムへと剣を突き立てる。
 内臓をかき回すように差し込まれた剣は、人間であれば即死であったに違いないだろう。
 だがゴブリンにとって残念なことに、彼らの相手は生命のないゴーレムであった。
 腹のまわりに五本もの剣を刺したまま、ゴーレムはしがみついたゴブリンの首筋に次々に剣を突き刺していった。
 「ギギギ?」
 「グギャッ! グギャッ!」
 指揮官らしいゴブリンメイジから、ゴブリンたちに指示が飛ぶ。
 指示に従ってゴブリンがゴーレムから離れると、ゴブリンメイジの杖から人の頭ほどの火球が放たれた。
 ――――着弾。
 轟、という爆発音とともにゴーレムは炎に包まれる。
 ゴブリンメイジは相手の死――または破壊を確信した。残るは小さな人間の雌とエルフの雄を倒すだけ。
 しかしその期待を裏切り、再びゴーレムは動き出しゴブリンへの蹂躙を開始した。
 その全身を覆うミスリルの鎧には、千数百度はあるであろう火球でも、かすり傷ひとつついてはいなかった。
 この相手には勝てない。
 退却に移ろうとしたゴブリンメイジの判断は少しだけ遅かった。
 「獲物♪ ステラの獲物♪ わふふぅ!」
 混乱するゴブリンの集団をすり抜けたステラのショートソードが迫っていたのである。
 「ギョギョッ!」
 驚いた次の瞬間には喉笛をショートソードが掻き切っている。
 噴水のように鮮血が宙を濡らし、糸の切れた人形のようにゴブリンメイジは倒れた。
 「ギャギャギャッ!」
 悲鳴を上げて逃げようとするゴブリンに、修復を終え傷一つない新品状態に戻ったゴーレムとステラが襲いかかった。
 『主様、私たちも』
 (ディアナは待機していてくれ。あまり力を見せすぎるのもよくない)
 『残念ですが、主様のお望みのままに』
 シェリーに続いてステラも成果をあげただけに、ディアナもその力を見せつけたかったのだが、松田の言うことが正しいこともわかっていた。
 先ほどからの派手な戦闘は、同じフロアの複数の探索者の注目を集めてしまっていたからである。
 「おい、やばくないか?」
 「あれ、奴隷落ちだろ? 大人しく売られてろよ……」
 嫉妬と敵意の視線がシェリーと松田に集まっている。
 いずこの世界も出る杭は打たれるのが定め。自分たちが見下していた相手となればさらに倍ということらしい。
 (全く、人間の業に関するかぎり、異世界に来た意味があまりないっての)
 ご機嫌で無双するステラを援護しながら、松田は人知れずため息を漏らすのであった。



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