アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第十二話 迷宮その1

 『いやな感じですね』
 「ディアナもそう思うか?」
 『造物主様にたかろうとしている有象無象どもの顔によく似ていました』
 強い力を利用しようと擦り寄ってくる輩がいるのはいつの世も同じである。まして大陸最強の魔法士ライドッグを取り巻く権力者の数はただごとではなかった。
 「――まさかディアナのことを見抜かれたか?」
 『絢爛たる七つの秘宝は利用するどころか災害にしかならないから封印されたのですけれど。千年も経つとその辺の記録もねじ曲がったかもしれませんね』
 迂闊に制御を支配しようとすると城ごと消滅するような秘宝など、怖くて手を出せるものではない。
 各国の争いのもととなり、多くの犠牲を払って手に入れたのに、被害しかもたらさない秘宝など見たくもないのが本音であろう。
 だが人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物でもある。
 この世界を何も知らない松田にとって、ディアナという存在は命綱であって、手放すなど考えられぬことであった。
 「――――場合によっては逃げるか」
 『ご心配なく。あの程度の男、主様マイロードの前にはそよ風ほどの力もありませんわ』
 魔法や腕っぷしでは量れない力というのも世間にはあるのだよディアナ。
 剛力無双の金太郎だって上司を投げ飛ばしたら、金太郎は解雇くびになってしまうのだ。もっとひどい場合、管理職に格上げされ出世したと思ったら逆に残業代が出なくってしまうという罠が待っている。
 といっても秘宝アーティファクトであるディアナにはわからんか。
 「索敵の結果は?」
 まさか素直にアジトに戻っているとは考えにくかった。
 悪いがアジトにあった現金やめぼしい貴金属は松田が残らず回収させてもらったからだ。
 それに敵に場所を知られたアジトはもはやアジトではない。
 『――――これは考えましたね。迷宮の中に隠れたようです』
 ディアナは魔法を発動させると、若干の驚きを含んだ様子で呟いた。
 「迷宮に?」
 『面白いことになってきました。あの無礼な探索者ラスネイルがいます。迷宮を案内したのはきっとあの男ですね』
 「協力者がどうとか言ってたっけ。あいつ野盗の一味だったのか……」
 道理で犯罪を犯すのに躊躇がないわけだ。人の好さそうな女将さんに迷惑が掛からなくてよかった。
 「迷宮の場所は?」
 『町を出て東に入った森の入り口です』
 「ディアナがいると、地図いらずだな。ありがとう、本当に助かるよ」
 『ほわっ!』
 「ん?」
 いきなり奇声をあげたディアナに松田はいぶかしげに首を傾げる。
 『い、いえなんでもありません。ええ、なんでも…………』
 そういいつつもディアナは明らかに動揺していた。いまの会話のどこに動揺する要素があったのか、ディアナ自身にも不審であった。
 (そうか、主様にお礼なんか言われたから――――)
 ディアナの意識は遠い過去に遡る。


 あれは終わりのない螺旋迷宮を攻略したときのことだった。
 あの頃はまだ秘宝は七つではなく、自分とライラが生み出されたばかりの頃の話だ。
 「ディアナは左翼のトロールキングを殲滅しろ」
 『お任せを』
 「ライラは右翼の吸血鬼ヴァンパイアの足止めを」
 『造物主様の仰せのままに』
 「我が心許したる絢爛たる秘宝よ。いまこそ汝らの力を我に示せ!」
 『イエス、マイロード!』
 大いなる歓びとともにディアナたちは力をふるった。
 造物主ライドッグは尊敬すべき人格者であり、彼女たちは絶対の忠誠を捧げていた。主の優れた秘宝であることが彼女たちの誇りであった。


 ――――そう、造物主ライドッグにとってディアナたちはあくまでも秘宝だった。
 ライドッグに質問されることも、戯言を聴かされることもあった。それでも一度たりともディアナはライドッグに礼を言われたことがない。厳密にいうならば本物の人間のように扱われたことがなかった。
 ライドッグにとって知性インテリジェントある秘宝アーティファクトとはより効率的な仕事のために存在したからだ。
 松田に心から頼られている、感謝されているということが、ディアナにとってなんともくすぐったくも歯がゆいような思いなのであった。
 『しょ、しょれでは入りましょう。らいじょうぶ、一階層には雑魚しかいましぇん』
 「おい、その言い方は不安しか感じないんだが」
 「わふう! ステラにお任せです!」
 一抹の不安を残しつつ、初めての迷宮へと足を踏み入れる三人?であった。




 「これが迷宮か……」
 薄暗い空間は横十数メートル、高さはおよそ六メートルと意外に高くしかも奥に向かって広がりを見せていた。
 ミルファの森でディアナを封印していた迷宮より遥かに広い空間である。
 『これはまだまだ小さなものにすぎません。伝説級の巨大迷宮には平気で空や海や太陽がありますから』
 「それ物理的にありえんやん」
 『ありえないことがまかり通るから伝説級なんですよ』
 「ご主人様! 向こうから犬臭い匂いがするです! わふ」
 くんくんと鼻を鳴らしていたステラが、目を輝かせて松田に報告した。いつの間にか人狼化してぶんぶんと尻尾が左右に揺れている。
 君のほうがよっぽど犬っぽいのでは、と思ったのはここだけの秘密だ。
 「ステラが倒してきますです! わふ!」
 気合とともに淡いオーラに包まれると、ステラは解き放たれた矢のように飛び出した。
 松田が止める間もなかった。
 「こ、こらっ! 危ないだろう!」
 『ご心配なく主様、コボルド程度なら人狼の相手ではありませんよ?』
 「――そうなのか?」
 ディアナがさも当然のようにそう答えたことで、松田は思わず目を丸くした。
 小学生にしか見えないステラにそんな戦闘力があるとはとても思えなかったからだ。
 『人狼は成人前は人間と変わりませんが、成人後は最低でも騎士十人程度の力はあります。一流どころとなると本気で一騎当千、あるいはそれ以上です』
 「ステラが騎士十人分だと?」
 『私の見るところ、かなりの潜在能力を感じます。すぐにもっと強くなりますよ?』
 「…………そういえば父親が族長の次に強かったと言ってたな……」
 『もしかしてステラは氏族かもしれません』
 「何その氏族って?」
 聞いたことのない言葉に松田は首をひねって問い返した。なんだか大げさそうな言い方が、あの可愛いステラには似つかわしくないような気がしてならなかった。
 『氏族というのは人狼族でも支族を率いる八つの氏を持つ者。いわば人間ならば王族に該当します』
 「なんでそんなえらい娘がネグレクトされてんだよ!」
いや待て、よく考えれば人間の社会でも精神的にネグレクトされてるエリートの子供はいた気がする。
 『氏族であること自体には何の権力もありません。もともと原始的な共同体で貧富の差もほとんどありませんし』
 基本的に人狼族は閉鎖社会であり、友誼を結んだ数少ない人間が出入りを許されているほかは一切の立入りを許していない。
 ゆえに族長といえど一村民とそれほど暮らしぶりは変わりがないのである。平等が大好きな某団体が泣いて喜びそうな社会であった。
 『ですが氏族の血統が持つ力は巨大です。彼らは神となったとされる狼王ブランカの血筋だとされています。千年前の狼王はそれは恐ろしい相手でした』
 千年前、造物主と同等の強さを誇る存在といえば、魔王に竜王、そして狼王くらいなものであった。
 「――そんな血統ならいくらなんでも大事にされるだろ」
 『私もそう思います。権力はなくとも権威はあるはずなのに、あんな幼い子が食事もままならないというのはありえません』
 「ステラも知らない理由がありそうだな」
 少し憂鬱そうな目をした松田であったが、それはテンションの高いステラの叫び声によって打ち消された。
 人狼族にとって、成人するということは狩人として認められるということである。
 松田の純度の高い魔力によって成人したステラの身体能力は、まだ人狼としては幼い年齢であるにもかかわらず平均的な人狼のそれを大きく上回っていた。
 しかもディアナが推理した通り、ステラは氏族のなかでも血筋の濃い血族であり現族長は彼女の伯父にあたる。
 戦闘のために意識を切り替えたステラは、全身に高揚と魔力がみなぎっていくのを感じた。
 (あったかい……ご主人様の魔力をすごく近くに感じるです。わふ)
 自分を成人させてくれたのが、族長でなく松田でよかった。
 父の兄であり、村人から尊敬を一身に集める族長の伯父が、ステラは何故か好きになれなかったのである。
 心地よい松田に与えられた魔力の余韻に身をゆだねて、ステラは本能のままにコボルドの集団へと駆け出した。
 ――――軽い。こんなに身体が軽く感じられるのは初めてのことだ。
 床を思いきり蹴って駆け出した加速が、あまりにステラの想像からかけ離れていた。
 一瞬にしてコボルドとの距離を詰めたステラは、狩猟者の獰猛な本能が赴くままに無防備にさらされた首筋に牙を剥いた。
 ――――鮮血
 だが大量にほとばしり鮮血に濡れる前に、すでにステラはもう一匹のコボルドの頭部を一蹴りでたたき割っている。
 「ぎゃううううっ!」
 いったいいつの間に仲間たちが殺されたのか?
 混乱するコボルドが正確に事態を把握するよりも早く、人狼の魔の手が迫っていた。
 高速で短距離移動を繰り返し、振り向いたときにはすでにステラの姿はない。わけがわからぬままに仲間の身体が折れ曲がり、圧潰し、吹き飛んだ。
 逃げ出すことすら許されずに七匹いたコボルドの集団は全滅した。
 「ご主人様~~~~! わふぅ!」
 松田の役に立てたことがうれしく、無意識の本能で、これほどの力を自分にもたらしてくれたのが松田であることを理解したステラは歓喜の悲鳴をあげた。
 ものすごい勢いで駆け戻ってくるワンコステラを呆然と見つめていた松田は誰にともなくつぶやいた。
 「……ステラってこんなに強かったのか?」
 『主様の魔力があってこそです。確かに純粋な身体能力では主様はステラより遥かに劣りますのでご注意ください』
 「げふううっ」
 小学生より体力で劣る大人ってどうだろう?
 残酷な現実に松田が吐血しそうになっていると、ステラが満面の笑みを浮かべて報告にやってきた。
 「ご主人様! 犬どもをやっつけてきたです! わふ」
 「お、おう…………」
 ちぎれんばかりに尻尾を振っているステラの見せた戦闘力と可愛らしい仕草が、なかなか松田の中で整合性を見つけられない。
 理性では頭を撫でて褒めてやるべきだとわかっているのだが、自分よりステラの身体能力が圧倒的勝っているという現実を受け入れられないのだ。
 松田が戸惑っていると、ステラはふと思い出した! とでもいうように顔をあげ、再びコボルドがいた方へと駆け出した。
 いったい何があったと思っていると、戻ってきたステラは両手に小さな魔石を抱えてうれしそうに松田へと差し出した。
 迷宮の魔物はその力に応じた魔石をその身に宿している。
 生活に必要な魔法具や、高価な秘宝にも使用される魔石は決して需要のなくならない貴重な収入源であるとされていた。
 今度こそ褒めてもらえる、と思っていたのであろう。
 なかなか魔石を受け取ってくれない松田にステラの笑みは、だんだんと不安なものへと変わり目には大粒の涙が浮かび始めた。
 「ふえ…………」
 慌てて松田はぎゅっとステラの小さな身体を抱きしめて、やや大袈裟に褒めちぎった。
 「すごいなステラは! まさかこんなに強いなんてびっくりしたぞ!」
 乱暴に頭を撫でられて、うれしそうにステラは松田の胸に顔をこすり付ける。お尻の前で丸く縮まりかけていた尻尾が再びちぎれんばかりに振られていた。
 「こんな迷宮の魔物なんか、ステラに全部お任せなのです! わふ」
 なんだか本当にステラ一人で駆逐してしまいそうな勢いだが、さすがにそれは男としての沽券に関わる。
 ステラが強いのは事実であるとしても、松田にとってステラはまだ保護すべき対象であった。
 「いや、俺もいろいろと試したいことがあるから、次からは俺がいいというまでは待ちなさい」
 「わふぅ。わかったです」
 「――――錬金アルケミー
 松田が魔力を注ぐと、ステラの手に小振りのショートソードとラウンドシールドが現れる。気休めかもしれないが、ステラを素手のままにしておくのは抵抗があった。
 「慣れないかもしれないけど、それを持っていなさい」
 素材なしでの錬金は魔力が続く間だけしか維持できないが、松田の魔力をもってすれば迷宮を出るまで維持し続けるのはそれほど難しくない。
 「ありがとうです! ご主人様! わふ」
 うれしそうにステラがショートソードを振り回し始めると、不覚にもほっこりと癒されてしまう松田なのであった。



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