アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第四話  ゴーレムマスター

 『――なるほど、主様マイロードのアンバランスさは、異世界から転生したためだったのですね』
 道理で松田が素人同然であったわけである。
 謎は解けたとばかりに心の中で頷くディアナであった。
 『ご心配なく主様、私は絢爛たる七つの秘宝のなかでもっとも魔法に精通しておりますから、可能なかぎりお教えいたしましょう』
 とてもわかりやすいディアナの口調に松田は微笑した。ふふん、と胸をそらして自慢する彼女の姿が見えるかのようである。
 「ああ、そうしてくれると助かる。――ところで最寄りの町はどこかな? さすがにいつまでも森の中をさまようのはゾッとしないよ」
 『ここから一番近いのは――リジョンの町ですね。もっとも、それも千年前の知識ですから保証の限りではありませんが』
 「そういえばディアナはどうしてこんなところにいたんだ?」
 『そうですね……長い話になりますから歩きながらお話ししましょう』
 「歩くのは俺だけどね」
 そう言われてディアナは杖の身ではあるが、悩まし気にひとつ溜息を吐くのであった。




 『今から千年以上も前、私たちは一人の造物主に創り出されました』
 ドルディア大陸で知らぬもののない稀代の魔法士。
 彼の名はライドッグ、その力は一国の王をも凌ぎ、生ける伝説となった彼に表立って逆らう命知らずは誰もいなかった。
 『英雄に多々あることですが、英雄の息子が必ずしも英雄とは限りません。むしろ……』
 「よくわかる。実によくわかる。二代目は苦労知らずが多いからな」
 グローバリズムの時代を迎え、多国籍企業となった大企業は一族経営から脱皮しつつあるが、日本の中小企業は大半が一族経営である。
 そうした一族企業では、社長の息子が大学卒業とともにいきなり部長職で採用されることも珍しくない。
 まだ右も左もわからない若造に、古参社員が上から目線で的外れな説教される苦痛は筆舌に尽くしがたいものだ。
 古来、「売り家と唐様で書く三代目」というが、それくらい創業者の後継ぎが優秀であるのは稀なのである。
 ていうか何が新しいビジネスモデルの確立だ? 部下は顎でこき使うくせに顧客にはペコペコして無茶な要求を丸のみしやがる。おかげで現場がどれだけ苦労したことか! 
 枯れ木に花を咲かせることができるのは花さか爺さんだけなんだよ! 自信満々でお任せください! とか言っておいて、どうしてお前ら花を咲かせられないの? みたいな顔されても困るんだよ! くそが!
 『主様も同じ経験をされたのですね。造物主様は英邁で情の深いお方でしたが、その子はどいつもこいつも最低でした! 中でも最低なのが長男のセレウコスです!』
 ライドッグには三人の息子がいた。
 偉大な父に比べ、決して評判の良くない三人であったが、長男のセレウコスはまだ比較的ましであると言われていた。
 少なくとも彼は父親に対しては非常に従順で、その言いつけを守ったからである。
 ところが父の死とともにセレウコスは豹変した。いや従順であった偽りの仮面を脱ぎ去ったのである。
 彼は同じ相続人である二人の弟を毒殺し、父の財産を独り占めにした。
 そればかりか父に対して恩のある王国に対し、自らの爵位と王女との婚姻を要求した。
 ライドッグが相手ならばともかく、なんの功績もない長男セレウコスにそんな要求が認められるはずもない。
 王国はセレウコスを討伐することを決意するが、それにはひとつ問題があった。
 世界を制するとまで言われたライドッグの神器、絢爛たる七つの秘宝をセレウコスが所持していたためである。
 セレウコスは父とは似ても似つかない並みの才能しかなかったが、秘宝の力の半分でも使えたならば王国も相応の損害を覚悟する必要があった。
 やむなく王国は、セレウコスの要求を呑むふりをしておびき出し、彼が秘宝を所持していないとみるやその場で斬殺したのである。
 セレウコス殺害後、王国はすぐさま七つの秘宝を独占した。
 結果的にこれが最悪の選択で、王国が秘宝の力を独占することを危惧した周辺各国は連合して王国へ侵攻し、秘宝の解析をする間もなく王国は滅亡。
 その後秘宝は世界各国に分割され、それぞれ研究されることとなったが、ブラックボックス化された術式に干渉した瞬間、自動防御機構が発動し研究者たちを全滅させてしまう。
 恐れをなした各国は、今度は秘宝を破壊しようと試みたものの竜をも両断するといわれた大剣、岩すら溶かす超高温の火魔法をもってしてもかすり傷ひとつつけることができなかった。
 やむなく七つの秘宝は厳重な情報管理と、当時の魔法技術の粋を集めて封印処置が施されたのである。
 『…………さすがに千年も封印されるとは思いませんでしたけれど』
 「長男には秘宝は使えなかったのか?」
 あっさり暗殺されたにしろ秘宝があれば何らかの抵抗くらいはできたであろう。松田の疑問はある意味当然のものであった。
 『私たちを使うには魔力量と土属性の才能が必要なのです。あんな大豆の絞りかすみたいな魔力しかない男に使えるはずないじゃないですか』
 しかし松田にはその魔力量と才能がある。土属性に関しては造物主すら凌ぎそうなほどのありあまる才能が。
 そんな千年に一人の才能が、ただでさえ見つけにくい辺境の地下、厳重な封印を解いてくれることがどれほど稀少であることか。
 ――絶対に逃がさない。ディアナが有無を言わさず松田を主人として登録してしまったのもゆえないことではなかった。
 (まあそれだけではないですけどね。優しそうですし、なんだか妙に心惹かれますし。私のような秘宝を惹きつけるフェロモンでも出ているのかと思うくらいです)
 秘宝を使うためには才能が必要である。しかし秘宝は決して才能だけで主を選ぶのではない。自らの意志で主を選ぶのだ。
 ただ魔法の才能があるというだけでこき使われるのは、絢爛たる七つの秘宝としての誇りが許さない。
 彼女たちは誰にでもかしずく安い女ではないのだった。
 「そんなすごいのに俺みたいな奴を主人にして大丈夫?」
 『主様の魔力量は一般的な魔法士の軽く百倍はあるでしょう。今後の成長次第では造物主様さえ上回るかもしれません。だからこそあんな力技で魔法を使うことができたのですよ?』
 「――力技ってどういうことかなあ?」
 そういいつつも松田は嫌な予感をひしひしと感じてならなかった。
 『詠唱も無茶苦茶、術式も無茶苦茶、ただただ莫大な魔力の力押しでゴーレムを召喚したでしょう。本来ゴーレムを召喚するのに大地が陥没するなどありえないことです。今回はそのおかげで助かりましたが』
 「やっぱり本のモノマネじゃあかんかったか」
 『でも二体目の騎士はよかったですね。術式はともかくイメージはよくできていました』
 あれほどのゴーレムは造物主とともにいた時にも、そうお目にかかったことはない。もし松田が正統な土魔法に熟達すればどれほどの使い手となることか。
 『それにしてもよく初めての魔法でゴーレムを選びましたね。正直なところ非常に燃費が悪くて廃れかけていた魔法なのですが』
 「そういえば割と脱力感があったかもしれないな」
 『その程度で済んだのは主様が規格外の魔力を持っているからです。並みの魔法士なら干からびてますよ』
 というより最初の巨大ゴーレムを召喚するには最低でも十人以上の魔法士が必要であろう。
 それを動かすにはさらに多くの魔法士が必要であるはずだった。
 『ゴーレムには召喚、維持、運用と魔力コストが他系統の何倍もかかるのです。継続時間によっては十倍二十倍ではききません。さすがは主様というところですが……』
 そこで初めてディアナは違和感に気づいた。
 ゴーレム召喚は人気がない。それは魔力コストがかかりすぎるためだ。ゴーレム一体を運用する魔力で ファイアボール百発撃てるなら、誰だってそちらを選択するだろう。
 ――――にもかかわらず、主様はいったい何時間ゴーレムを運用し続けていた?
 その考えに至ったとき、ディアナはないはずの身体が寒気を覚えて肌が粟立つ思いであった。
 あれほど見事な騎士ゴーレムを数時間も維持運用していただけでも論外、さらには外に巨大ゴーレムを待機し続けていた。
 そんなことはきっとあの造物主様にだってできない。
 ディアナは受け入れがたい事実に困惑する。まさか? 魔法のまの字も知らない主様が?
 『そうです! 今後のために主様のステータスを確認しておきましょう! そうしましょう!』
 主従契約の際、松田に尋常ではない魔力があるのはわかった。
 しかし細かいステータスまでは確認したわけではない。
 あるいは異世界人である松田が、この世界にはない稀少な祝福ギフトを所有している可能性もあった。
 「お、おう……なぜか労基が立ち入りにきて、慌てて健康診断に行ってこいと言われた時を思い出すな」
 『言葉の意味はよくわかりませんが、大丈夫です! 天井の染みを数えている間に終わりますから!』
 「その例えは全く安心できないよっ!」
 嫌そうに眉をしかめる松田を無視してディアナは詠唱を開始した。
 『世界の理に拠りて万物の始原をこの目に。情報開示ステータスオープン
 ディアナはほのかに光って浮かび上がるステータスを見て、造物主に生み出されてから初めておのれの思考ルーチンを疑った。
 そこには――――


松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル1
種族 エルフ
称号 ゴーレムマスター
属性 土
スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル1(百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる)


 『ってなんですかこれはああああああああああ???』



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