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守銭奴にも武士の魂 ~札束風呂の元祖、岡定俊の貫いた武士の一分~

高見 梁川

第十六話 隠れ家

 甲賀の里からおよそ三里ほど離れた、蒲生家発祥の地日野、その東のはずれにある竜王山の奥まった山腹に粗末な庵が結ばれている。
 もっとも見る者が見れば、すぐにそこが単なる庵などではないことがわかっただろう。
 巧妙に敷き詰められた砂利と落ち葉が、来るものの接近を知らせる結界となり、猿飛の術を使おうにも庵の周辺の木々は背の低い柊や楓ばかりである。しかも忍びだけに通じる笛と、糸を連動させた警戒装置も張り巡らされていて、庵の小さな格子戸には半弓が常備されているという用意の良さであった。
 まず敵意を持った忍びが襲撃してくるとすれば、近づく時点で半弓で迎撃され、さらに軒下に隠された槍落としや巻き菱に襲われることになる。
 そんな一見、鄙びただけの庵を訪れる一人の影があった。
 勝手知ったる、という風情で、無造作に庭に足を踏み入れるが、驚いたことに落ち葉の上を歩いても、足音が全くといってよいほどしない。達人と呼ばれる領域で完全に体重移動を制御している証拠であった。
「――また腕をあげられましたか」
「ほう、御爺に褒められるのはいつ以来のことか」
 年のころはおよそ四十に届くかどうか。濃いもみあげと団子鼻がなんとも愛嬌を感じさせる男はくすぐったそうに笑った。
「よき頭領になられました」
「そうかな? 父の大きさを超えられぬ不肖の息子な気もするが」
 苦笑して鼻の下をこするこの男こそ、甲賀組佐治家の頭領、佐治氏長その人である。だがその笑顔はどこか寂し気でもあった。せっかく御爺に褒めてもらったこの技も、近い将来失われゆくものであることを知っているからだ。
 甲賀の山野の夜を支配した忍びの技は、氏長の子、遅くとも孫の代にはほぼ完全に失われるだろう。たとえ技術は教えられても、それが実戦の場で使用されなければただの形式に落ちるからである。かつて芸の領域まで高めた名人を――目の前の老人もその一人だが――知るだけに氏長の失望は大きかった。
「――――八郎は息災か?」
「おかげさまで、すっかり爺も隠居の気分でございます」
「ほう、それほどか……」
 氏長は老人の言葉の真の意味を間違えなかった。老人が隠居を口にするということは、八郎の腕が老人の腕を上回ったということなのに違いない。
 老人の名を鵜飼藤助という。関ヶ原の戦いでは西軍の伏見城攻略に功績があり、関ヶ原の敗北に伴い、主君である長束正家と命運を共にしたはずの男であった。三河上ノ郷城に忍び込んだ伝説の甲賀忍者、鵜飼孫六の息子であるとも伝えられる。また後に島原の乱で活躍した甲賀忍者の鵜飼勝山は同じ一族の出で、又従兄弟ともいう。
 伏見城攻略においては、長束正家の命を受け鳥居元忠とともに籠城していた甲賀衆の調略にもあたったことから、徳川家康の藤助に対する怒りは甚だしく、甲賀組にとって絶対に死んでいてもらわなければならない爆弾のような男であった。
 ――と、いうより公式の記録みならず同胞の甲賀組の間でさえも、すでに藤助は死んだものとして疑う者はいなかった。
 その藤助が、名を角兵衛と変えてこうして日野に隠棲していられるのは、彼が甲賀でも一、二を争う術者であったため、彼の腕を惜しむ一部の協力者から強力な支援を得ることができたからだ。
 忍びとしての衰退は決して伊賀組だけの問題ではない。むしろ甲賀の衰退のほうが早いとさえ言えた。
 甲賀組の多くは山岡景友に率いられ、幕府に仕える代わりに故郷甲賀から切り離された。かろうじて里に残った仲間も、太平の世となり働き口を失ってそのほとんどが忍びを辞め帰農している。
 後に帰農した甲賀忍びの一部が雇用を求めて幕府に直訴するも、一時金を支給されただけで追い払われてしまうという事件がおこるが、もはや古い忍びを必要としない世の中に彼らの死場所はなかった。
 不幸中の幸いは、甲賀の土地が伊賀よりも肥沃であったことだろう。甲賀忍びの多くはそのまま帰農して日々の暮らしに埋没し、忍びの技をもって世に出ることはなかった。
 柳生忍軍と違い、故郷を領地として維持できなかった伊賀組と甲賀組が、故郷という修行の場、すなわち活力源を失い、零落していくのは半ば確定した運命のようなものであった。
 ――しかしその現実が許せない男がいた。
 庵を訪れた男の父にしておりくの伯父、佐治義忠その人である。甲賀二十一家のひとつ佐治家の当主である義忠は、江戸青山甲賀町へと移る際、逃亡生活を送っていた藤助に一人の少年を託した。その少年が八郎である。
 失われゆく甲賀の技を後世に受け継ぐべきいくつかの種のひとつとして、八郎は選ばれた。
 甲賀でも指折りの実力者であった藤助の薫陶を受け、八郎は土が水を吸うように見事な成長を遂げた。
 これには藤助――今は角兵衛を名乗っている――のほうが夢中となった。素直で優秀な弟子ほど可愛いものはない。巷に忍びに情は必要ないといわれるが、逆である。非情をもって旨とする忍びだからこそ、師弟の間の絆は武士や庶民よりよほど強いとすらいえるだろう。命を懸けて技を磨き技とともに生きていくからこそ、忍びの師弟の絆は時として家族に勝る。
 残り少ない寿命を、角兵衛はすべて八郎にささげる覚悟であった。
 角兵衛の得手とするのはなんといっても不正規戦である。父鵜飼孫六は配下の忍びを率いて城へ忍び込み、放火と奇襲で城を陥落させたという伝説を持つ男だ。
 その術理は角兵衛へも脈々と受け継がれている。
 なかでも角兵衛の十八番が印地打ちであった。地味ではあるが、古来より合戦の場でも用いられた戦闘技術で、要するに投石のことである。
 忍びといえば手裏剣や苦無といった飛び道具がとみに有名であろう。しかし現実にその武器は衣装に隠し持つには大きすぎる。さらにわずかな量しか持てないうえ、その辺で売っているわけでもないから、一度使ってしまえば再び手に入れることは難しい、と実はなかなかに使い勝手の悪い武器であった。その点、石ならばどこでも拾えるからいくら投げても補給には困らない。
 そして投石のもうひとつの利点は、殺気が伝わりにくいということだ。
 人を殺傷するために作られた刀や苦無などには、殺気という気配が宿ってしまうものである。これは実際に体験してみないと説明のつかぬものだが、なぜか不思議とそうなるのである。忍びが熟達し神経が研ぎ澄まされていくと、こうした気配にはひどく敏感になり、角兵衛のような達人は目をつむっていても飛来する手裏剣を杖で叩き落すことができた。
 ところが本来野の物である石となると、なぜか勘働きが鈍くなるものだ。特に殺意を意識から滑らせ、ただただ的に当てるという感覚で放たれた投石は、たとえ達人であっても完全に防ぐことは難しい。
 また石の形は千差万別で、用途に応じて投げ分けると、忍びが体験してきたいかなる手裏剣とも違う常識の外の動きをするので、印字打ちは地味にみえて実は恐るべき術理なのだった。
 太平の世となり、ほとんど甲冑を着る機会も少なくなった現在では、印地打ちの有用性はさらに高まったといえるだろう。
 今や甲賀随一の手練れはほかならぬ八郎であろうと思ってしまうのは、師匠としての角兵衛の欲目であろうか。
「重畳、というべきかな。先代もお喜びになるであろう」
「天地に身の置き所のない老人に、このような楽しみを与えてくださいましたこと、先代には感謝の言葉もございません」
 真実、角兵衛はそう思っていた。仕え甲斐のあった主君長束正家が切腹した際には、追い腹を切ろうと思ったこともあった。どうせ徳川の世では生きていけぬ身の上である。もし正家が角兵衛に逃げるよう命じなければ、実際に腹を切っていたやも知れぬ。
 正家の死後は生ける屍と化して、なんのためにこれから生きるのか。どうして正家は生きよ、と自分に命じたのか、そんな自問を繰り返す日々だった。
「とりわけ印地打ちに関しては、到底爺の及ぶところではございませぬ。まことに惜しい、戦国の世に産まれていればどれほどの活躍をしたことか」
「――血は争えぬな」
 ぽつり、と氏長が零すのを角兵衛は氷柱を背中に差し込まれたような驚きの目で見た。八郎は両親を亡くした下忍の子供だと氏長に教えられていたからだ。もっとも、八郎のあまりの成長の速さに、これが只者であるはずがない、とも思っていた。確信していたといってよい。そういう意味では氏長の独語は、角兵衛の予想通りであったともいえる。
「埒もないことを言った。速く忘れよ」
「御意」
 だからといって角兵衛は八郎の実の父親を問いただそうなどとは思わない。そもそも問うたところで氏長が話すはずもなかった。話せるくらいなら、最初から話していたほうが厄介が少ないに決まっているのだ。
「御爺、今日は雉と兎が取れたで、頭領も楽しみにしておくんなさい」
 二人は期せずして愕然となって振り返った。
 そこにはいかつい角ばった顔つきの割に瞳だけがつぶらな青年が、人好きのするなつこい笑顔を浮かべていた。八郎である。
 驚くべきは、その八郎が声をかける瞬間まで、甲賀流の手練れ中の手練れともいうべき二人が全く気づかなかったということだ。気配の消し方が尋常のものではなかった。
「これ八郎、悪戯をするでないわ!」
「ごめんよ御爺」
 少しも悪いと思っていないような顔で、八郎は素直に頭を下げる。
(こいつはとんだ化け物だ…………)
 氏長は戦慄した。庵の結界を突破した自分の技など鼻で嗤いたくなるような技量であった。先刻の声をかけられた瞬間、もし八郎に殺意があれば氏長は死んでいただろう。弱体化著しい甲賀忍者のなかでも、十指には入ろうかと自負する氏長が、である。
 同時に氏長もまた、角兵衛と同様に八郎の腕を惜しいと思った。願わくば乱世華やかなりしころに生まれ出ておれば、八郎は果心居士もかくやというほど名を馳せたかもしれなかった。


 その夜は宴となった。
 甲賀者の――伊賀者もそうだが――宴は騒がしいことがよいことだと思われている節がある。大声で笑い、楽しければ踊り、興が乗れば芸を披露して、共に心ゆくまで騒ぐのが彼らの、忍びの宴なのだった。
 先ほどの雉は鍋となり、兎は串に刺されて囲炉裏で焼かれた。さらに椎茸やハタケシメジの吸い物も用意されていて、氏長は角兵衛の料理の腕に舌鼓を打っていた。
「やあ、飲め飲め!」
「御爺、もう酒がなくなるぞ? 蔵を開けてよいか?」
 このときとばかりに残り少なくなったどぶろくの入った徳利をちゃぷちゃぷと音を立てて振りながら、八郎は角兵衛に強請るように言った。
「おう、好きなだけ持ってこい! 今宵は遠慮無用ぞ!」
 今夜ばかりは角兵衛も気前がよい。人知れず消えていくことを義務付けられている角兵衛にとって、こうして来客をもてなす機会など本当に限られているからだ。出し惜しみなどするつもりもない。
「栗酒もか? うひゃひゃひゃ! これなら毎日頭領様に来ていただきたいわ」
「調子に乗るでない!」
 満面に笑みを浮かべて、飛ぶように八郎は庵の裏手にある土蔵へと向かった。角兵衛が怒鳴ったときにはすでに姿がない。正しく瞬足の身のこなしである。
 どぶろくだけではなく、蔵の奥には角兵衛秘蔵の梅酒や栗焼酎が寝かされている。特に角兵衛手製の栗焼酎は出色の出来で、栗の香ばしさと柔らかな甘みとが混然一体となった逸品であった。それは八郎でも滅多に味わうことのできぬ本当にとっておきの品なのである。
 これには氏長も一口飲んだ瞬間に感嘆の声をあげた。
「なんと! これは見事な味ぞ!」
「御爺の栗酒だけはどうしても真似できんのです」
「わはは、こればかりは年の功というものよ!」
 半刻ほど飲み続けて、かなり酔いが回った氏長はやや呂律の危うい声で言い放った。
「よし、興が乗った! 一指し舞おうぞ!」
 ぐい、と盃を空にした氏長は、盃を天に放り投げ、腰の扇子をパッと広げて立ち上がる。
 するとどうだろう、盃がまるで桜の花びらのように扇子に扇がれて、ヒラヒラと宙を泳ぐではないか。
「おおっ!」
 大振りの盃で梅酒を飲み干した八郎は、その幻想的な光景に驚愕して叫びを発した。 
 氏長の使っている手妻がどんなものか、八郎も全く見破ることができない。さすがは佐治家の頭領、単に白兵戦闘以外だけでなく、八郎の知らぬ引き出しを数多く所有している。
「お見事! 爺もご相伴いたしましょうぞ!」
 こちらも八郎と同じく感激した角兵衛は、小刀を二振り逆手に取ると、目にも止まらぬ速さで舞うように蝋燭を切り落とした。
 ところが切り落とされた蝋燭は、消えるどころか四つ、八つに分裂して、まるで小さな人魂のように浮遊して、盃の周りを照らし出すではないか。
 八郎は、角兵衛が初めて見せる手妻に正しく瞠目した。
 なんと玄妙でなんと美しい光景であることか。血なまぐさく、泥臭く、残酷な忍びの術に、これほどに儚く美しい術があったのだ、と八郎は素直に感激したのである。
 達人は達人を知るという。八郎だからこそ、氏長と角兵衛が見せる不可思議な光景が、いかに超絶の技巧をこらしているか、察することができたのだ。
 妖術やまやかしのように見えても、そう見せているのはあくまでも二人の技量の高さであり種があり仕掛けがある。その技量にこそ人は恐怖し、忍びは妖しの術を使うと噂された。
 江戸後期の読み本に登場する蝦蟇の妖術使い児雷也こそ、一般的な庶民が忍びに抱くイメージそのものであろう。
 そんなあやふやでおどろおどろしいものではない。忍びの世界はこんなにも奥が深いのだ、美しいのだと二人が教えてくれていることを八郎は察した。
 このところ師である角兵衛を超えた、と天狗になっていた八郎は、ただただ二人の美しい幽玄の舞に見蕩れた。なぜか眦から透明な涙が流れて、自分でもそうとは気づかぬままに、いつしか八郎は嗚咽していた。
 美しさへの痺れるような感動と同時に、子供が親に置き去られるような痛切な寂しさが八郎の胸にこみあげたのだ。
 角兵衛も氏長も自覚すらしていないが、これは滅びゆく美しさである。滅びゆくものから若きものへ向けた惜別の贈り物なのであった。戦国の甲賀忍者が培ってきた大輪の華を、せめて八郎の記憶に残したい、否、残りたい、願わくばそのかけらなりとも後世に受け継いで欲しいという老いた忍びたちの最後の思いであった。もうこの太平の世に、忍びの華が咲くことはないことを角兵衛も氏長も承知していた。
「馬鹿野郎、泣くやつがあるか」
「飲め飲め! 今宵はめでたい宴ぞ!」
「ありがたきことにて」
 角兵衛に肩を抱かれ、八郎は浴びるように酒を喉に流し込んだ。もちろん、角兵衛も氏長も、後先を考えずに痛飲した。足元が覚束ないほど激しく酔うのが、心を許した甲賀者同士の礼儀であった。


 飲みも飲んだり、一刻半も経つころには、自慢のどぶろくと梅酒は飲みつくされ、秘蔵の栗焼酎と芋焼酎も残り少なくなろうとしていた。
 三人ともへべれけに酔い、もはやまともに座っていることもままならず角兵衛は腕枕に横になり、八郎はだらりと両足を伸ばして土壁に身を預けている。比較的氏長は威厳を保っていたが、それでも顔は焼けたように真っ赤で、瞼は今にも眠りそうなほど垂れ下がっていた。
「――――時に二人に頼みがある」
 なんとはなしに、月を見上げながら氏長はぽつりと言った。
 酒の席の頼みとは、すなわち佐治家頭領の命令ではなく、佐治氏長一個人としてのお願いだという意味である。
「なんなりと」
 個人での頼みには相手方には断る権利がある。それを恨みに思うようでは甲賀者ではない。それでもなお、角兵衛は内容も聞かず受けると決めていた。無言で八郎も頷く。氏長が理由もなく、理不尽な願いをするはずがないと信じていた。
「困った奴らだ。少しは考えろ」
 実際困ったものだが、氏長の心は爽やかな清々しさに満ちていた。まっすぐな信頼が、逆に続く言葉をためらわせるほどだった。
「――実は猪苗代にいる従姉が助けを欲しがっている」
「ほう、おりく様が」
「なぜかは知らねど、大事なのは間違いない。なんとなればつい先日から伊賀組の目が甲賀組から離れぬ」
「伊賀組が? 柳生ではなく?」
 角兵衛は驚いて問いかえした。伊賀組と甲賀組はもともと祖を同じくする古い共同体の仲間であり、甲伊一体ともいう。柳生の台頭によって冷や飯を食わされている者同士であったはずだ。わざわざ敵対する理由がなかった。
「左様、どうやら俺の知らぬ裏があるらしい。そんなわけで表の甲賀者は動かせぬ」
 本来力を合わせるべき味方の甲賀組を監視するなど、まともな思考では考えられぬことであった。よほど探られたくない裏があるとしか考えられない。
 かといって、今の甲賀組に伊賀組の監視の目をかいくぐり、その裏を探り出すほどの腕利きはすでにいなかった。氏長をもってしても無理であろう。もともと伊賀組のほうが甲賀組より倍近い数がある。腕が互角であれば、数の差はそのまま力の差であった。
「なるほど、確かに我らの存在は伊賀組には知られておりませぬな」
 いわば角兵衛と八郎は甲賀組の隠し札だ。その存在は甲賀組の主だった面々すら知らない。まして伊賀組が知るはずがなかった。だからこそ氏長は、危険を推してわざわざ角兵衛たちに直接頼みに来たのである。
「探り合いでは終わらぬ。おそらくは伊賀組と戦うことになるぞ」
「まっことまっこと重畳至極!」
 氏長の言葉に、好々爺然として枯れた角兵衛の雰囲気が一変した。全盛期には及ばねど、正しく戦う忍びの容貌であった。失われかけていた覇気が全身に漲るかのようである。
「御爺、血の気が多すぎじゃ」
「かかかっ! 関ケ原の折、爺が戦ったのは伏見ばかりではないぞ! 道々で畿内で狼藉しようという伊賀者とどれほど干戈を交えたことか!」
 鵜飼藤助といえば伏見城の調略と放火が有名だが、長束正家の命令で安濃津城攻めにも参加しており、それどころか大和の国に家康が上陸したと流言を流していた柳生忍軍とも対決している。
 殺戮した忍びの数は両手でも数え切れぬほどだ。
 そうした意味では、ある意味藤助は徳川に仕える忍びにとっては天敵、というより怨敵といえるだろう。
 すでに齢七十を超え、忍びとしての戦闘力は全盛期の半分にも満たぬ。それでも戦いを求める気持ちはどうにも抑えられなかった。
 たとえ全盛期ではなくともまだ自分は戦える。その確信が角兵衛にはある。
 今の忍びはもっぱら諸藩の動向を探ることを使命としているが、それは忍びが持つ働きのひとつにしかすぎない。とりわけ、戦国の世の忍びの本分は情報収集よりも戦うことにあった。ともすれば堂々たる合戦の最中ですら、奇襲や暗殺を試みるのが忍びという闇の戦人の業であるはずだった。
 生き延びるために日野の山奥に隠棲したものの、天下人に歯向かった戦国の忍びである角兵衛の忍びとしての本能はずっと戦いを求めていた。ようやく人生の最後を飾る戦いの舞台を得たと角兵衛は信じたのである。
「八郎はそれでよいのか?」
「俺も御爺に仕込まれた技がどこまで通じるか見てみたいよ」
「全く、お前らといると事の深刻さを忘れるわ」
 角兵衛は師として八郎の腕は天下に通じると言ってくれる。しかし八郎は今まで一度もその言葉を実感したことがない。
 日野の山中でほとんど世捨て人同然の生活を送っていてはそれも当然であった。だからといって腕試しの機会を望まなかったといえば嘘になる。八郎はまだ若い。若いということは勝利に飢えているということでもある。かつて八郎と同様、若かった日を思い出して氏長は苦笑した。
 自分の甲賀の忍術こそ天下一、伊賀者ごとき何するものぞと粋がっていた時期が氏長にもあった。
「やれやれ、お願いしにきたというのに、これでは逆にせっかくの楽しみを奪われたような気がしてきたぞ……」
 許されるなら氏長も二人とともに戦いたかった。心ゆくまで鍛え上げた忍びの技を披露して死にたかった。ふと、そんな気持ちにさせられるのは、子供のように瞳を輝かせる角兵衛と八郎を見たからだろうか。
「それにしても、蒲生家中は内紛が激しいとはきくが、伊賀組は何をそんなに入れ込んでいるのか……」
「おりく様はなんと?」
「それがまだわからん、とよ」
 氏長もまさかその言葉を本気で受け取っているわけではないが、おりくにとっても不測の事態であることは間違いないことらしい。いかに日本有数の忍びである彼らにも、キリシタンが秘匿する大久保長安の隠し財宝百万両というのは想像の埒外にあるものであった。
 いずれにせよ、今、定俊の治める猪苗代は、伊賀組と黒脛巾組、そしておりくに角兵衛と八郎を加えた甲賀組が鎬を削る血戦の地となるのは確定した未来となったのである。

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