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山口 犬

5-1 重苦しい空気






フレイガルへと向かう馬車の中……今までに無いほど、重苦しい空気が漂う。
その原因は、ハルナとステイビルにあった。


ソイランドから王都に戻ってきた一行は、一週間のあいだ身体を休めることにした。
エレーナは一度、モイスティアに帰ることも考えた。
だがそれは、ステイビルによって却下されることになった。

休息の期間がモイスティアを往復するには短いためと、ステイビルがサヤに狙われたことから、次はハルナやエレーナも狙われる可能性があると考えた。
そのため今は、遠くに離れない方が賢明だとステイビルは判断した。

そのことに対して、エレーナは不満はなかった。
自分たちがステイビルがいなくなった時のことを思い出すと、ステイビルに付き添う立場として迷惑をかけることはできなかった。

それにエレーナには、一つの役目があった。
モイスの傷を癒すために、エレーナの力が必要だという。
正確には、エレーナの精霊の”ヴィーネ”の力が必要だった。

モイスが言うには、モイスの存在はエネルギーの塊であるという。
そのため、形や大きさなどが自由に変えることができ、ハルナやエレーナの存在の中にスキルを使ってはいることができるという。
モイスを構成している元素は、おおよそが水の元素であるためハルナよりも自然に水の元素を取り込んでいるエレーナの方がサヤに奪われた元素を回復させるために都合がよいとのことだ。
回復までの期間はちょうど一週間、ソイランドでも歩き回りすぎていたエレーナにはちょうど良い休息をとらせる理由ができた。

ここまで、ステイビルにミスはなかった。
ステイビルはハルナたちを休ませた後、ソイランドやグラキース山のふもとの町についての手続きを進めていく。
それに関しては、物資調達のためマーホンを呼び寄せ、意見を聞きながらことを進めていった。


――問題はその作業中に発生した


きっかけは、ソイランドに同行できなかったマーホンがソイランドでのハルナのことを聞いたことから始まる。
その何気ない問い掛けに対して、ステイビルは怪しくはっきりしない態度を見せた。

そのことをマーホンは、ステイビルに問い詰めた。
所々の言葉を濁しながら、ステイビルはマーホンの質問に答えていく。
最終的には、マーホンの勢いとステイビル自身の罪の呵責からすべてを口にした。


マーホンは全てを聞いて、怒りに身体を震わせている。

マーホンの中で、ハルナを幸せにするのはステイビルだと思っていた。
だがステイビルは、ほかの女性と身体を重ねていた。
それが悪いわけではない……しかし、ステイビルはハルナのことを気にしているものだと思っていた。



しかも、自分がいないときにそんなことになっていると、マーホンの怒りはどこにぶつけるべきか迷った。
もし自分がその場にいたならば、ハルナが悲しむようなことにはさせなかっただろうと。


ステイビルは、一つだけマーホンに隠していたことがある。


”メリルは二番目でいい”と言われたことを……

これはまじめなマーホンには理解できない考えであり、その矛先がメリルに行ってしまい――仕事とプライベートがしっかりと分けられるマーホンにはないと思うが――ソイランドや王国への支援に影響が出てしまわないかを懸念していた。


マーホンはそこで、思い切った提案をする。


”ハルナに直接気持ちを確認するべきだ”……と。



ステイビルは平然とした顔でその意見を聞いていたが、突然の展開に向かって心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
結局押し切られる形となり、マーホンの意見を承諾した。


マーホンはハルナに”今後のことで重要な話があるので来てほしい”と伝え、ハルナを王宮に呼びだした。
その時一緒にいたエレーナは、何事かと自身もハルナに付いていくといったが、”重要な話”と告げられたことでエレーナは気が付いた。
エレーナはハルナが部屋を出ようとしたとき、”頑張って”と声をかけようとしたが、その表情は緊張によって固まっていたため声をかけることをためらった。


そして、マーホンの背中を追って王宮の中を歩き、目的の扉の前で立ち止まった。



――コンコン


マーホンは扉をノックすると、それに応えて中から入室を許可する声が聞こえた。



扉を開けると中には部屋いっぱいに花が飾ってあり、花の香りが扉の外にも流れてハルナの鼻を刺激する。


「こ……なに……これ……?」


ハルナはその状況みて、言葉が漏れた。


「さぁ、ハルナ様。中へどうぞ!」


ハルナはマーホンにひっぱられながら、ステイビルの前の席に座る。
そこには、良い紅茶の香りと、甘い焼き菓子の香りも混ざっているが、周りの花の香りとうまく調和し、より一層引き立つ。


「ハルナ……よく来てくれた。私は、お主の気持ちを聞きたくて……な。あの……メリルから……聞いているだろう?……その」



――バン!!


ハルナが、うつむいたままテーブルを叩き、その肩は震えていた。
マーホンは、一瞬にしてマズいと感じたが、今は何も口に出してはいけないと本能的に悟った。



「王子……なんですか……これは」



ハルナは必死に感情を殺しながら、ようやく言葉を口にした。






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