問題が発生したため【人生】を強制終了します。 → 『精霊使いで再起動しました。』

山口 犬

4-38 少女の生業






――早朝

廃墟の中で生活しているもの達の朝は案外早かった。
朝日が昇る前に目が覚め、まず確認することは”盗られた物がないか”……だった。

僅かながらの小銭、他人が見ても価値のない自分だけ意味を持つ装飾品、この場所で暮らすことになる前の過去の栄光にしがみつくための品……


それぞれの住人が持つ大切な品が、誰かに盗られてしまうことはこの場所ではよくある話だ。
もちろん、一度盗られてしまえばそれはもう二度と自分の手元に戻ることはない。
だからこそ、盗られないように万全の注意を払って眠る。

ましてや、それを誰かに預けるという愚かなことはしないだろう……ここに流れ着いたばかりの者以外は。




「……はぁ……はぁ……こ、ここまでくれば……」


小さな少女が、息を切らして建物から顔を出して左右を確認する。
追ってくる者がいないことを確認し、再び建物の隙間に身を隠して座り込む。
ここの隙間だと、大人の身体では入ってこれない。
盗みをしたときには、いつもこのような場所に身を寄せて自分に襲い掛かる危険が通り過ぎるまで待った。

――そう教えられたとおりに



少女はスカートの下に手を入れ、下着の中に隠した小袋を取り出す。
そのとき、硬貨が袋の中で何枚か擦れて”チャリチャリ”と独特の音がする。
中身を確認するために、少女は硬く縛られた口紐を解こうと手を掛ける。
しかし、大人用心にしっかりと硬く縛られたためか、少女のひび割れた小さな手では開けることは容易ではなかった。
少女は結び目を口に咥えて、右側の犬歯を結び目に刺して解こうと試行錯誤に集中していると……


――パシっ



背後から後頭部を軽く叩かれ、逃走体勢に入ろうとしたが後ろから首に腕が回されその行動を許してもらえなかった。



「まだそんなことやってるのか……もう止めると約束しただろ、クリア?」




「だ……だって……久しぶりの新しい住人よ。私じゃなくても……きっと誰かが……そ、それに!やり方を教えてくれたのはチェイルじゃないの!?」


「そうかもしれない……だけど、悪いことに気付いたんだろ?クリアも一緒に約束したじゃないかもうこういうことは止めようって?」


チェイルはクリアに悲しみの表情を向け、自分のこの気持ちを理解してもらえるか伝える。



「ご……ごめんなさい、申しません!これも返してくるから……許してよ……チェイル」



クリアの言葉にチェイルは、優しい微笑みを向ける。



「まだ寝ててよかったな……っていうかクリア、まさか”粉”を使って眠らせたんじゃないだろうな!?」


「ちょっと待ってよ!?あたしがそんなの持ってるはずないじゃない!!」


「そうだよな。お前が粉なんか……買えるはずないかあんな高いモノ!」



チェイルはクリアがここに来たときのことが頭をよぎり、そのことを思い出させない様にふざけて誤魔化した。


「さ、帰るぞ」


チェイルはクリアに手を差し出し、クリアもその手を力強く握り返した。









「……さて、どこから探したものか」

汚した布をローブのようにして深くかぶり、外からは顔が見えない様にしている。
今日は少し蒸し暑く、フードの中に熱がこもり汗がにじんでいく。


ステイビルたちはまずはユウタのいた建物に向かい、チェイルと繋がる手掛かりとなるものがないか探した。
だが、一階にある綺麗にしていたキッチンも今ではあの日の戦闘が終わったままの状態となっていた。

ユウタがいた二階の部屋も誰かが”片付けた”のか、めぼしいものはキレイさっぱりと持っていかれていた。
残された物にどれだけの情報が残されているか分からないが、メイヤとサナはここに残りこの建物を探索することになった。
サナはヒールの使い手のため、誘拐されないためと誰かが怪我をした場合のために安全な場所に待機しておいてもらうことになった。

残りの者は二組に別れ、ハルナはステイビルとソフィーネと共に行動することになった。




「熱い……」

「ハルナさん、少しの辛抱です。あまり綺麗な顔を見せるのは、ここでは良くないと思います……」

ソフィーネが使った綺麗という言葉が、美貌に関するものではなく清潔に対しての言葉であることは理解している。
この町では水が不足しているため、水浴びなどで身体を清潔にすることすらままならない。
だから、この場所にいる者たちは老若男女問わず薄汚れていた。


しかし、ハルナは容姿で褒められたことがあまりなかったため、その言葉を脳内変換で都合の良い処理を行い、この不快感を我慢する糧にした。




三人の前に、建物の細い道の角から幼い少女が現れた。
この廃墟の中で暮らしている人にしては、活動力にあふれていた。

その少女はハルナたちの方へ走ってきたが、途中で地面に躓いて転んでしまう。




「――あ!」



ハルナは、その様子を見て思わず声をあげて見つめる。
少女は地面に伏せたまま起き上がる気配がないため、ハルナは少女に近寄った。


「大丈夫?ケガしてない??」


ハルナは少女の腋を抱えて、身体を引き起こした。
今にもその表情は泣きそうだったため、汚れている服に着いた土を無駄だと思うがハルナは手ではたいた。


「うん、これで大丈夫!どう……歩ける?」


少女は言葉を出さず、一度だけ頷いて問題ない意志を返した。


「じゃあね、今度は転ばないようにね!」


そういってハルナは、お礼も言わず再びかけ始めた少女に背中から声を掛けた。








次の瞬間、ソフィーネが少女の前に威圧的に立ちはだかっていた。









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