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山口 犬

2-134 ヴァスティーユの恨み





その女性は、特に攻撃を仕掛けてくる様子もないが、明らかに意図的に道を塞いでいた。




「ちょっと、そこの方。道を譲っていただけないかしら?そんなところにいると危ないですよ?」





エレーナはまず、声を掛けて相手の思惑を探ろうとした。


道の真ん中で腕を組んで立っていた女性は、声を掛けられたことによって腕組を解きこちらに向かった十数歩前に歩いてきた。




「やっぱりアンタたちだったんだね……ヴェスティーユをやったのもアンタたちなんだろ?」






正確にはエレーナというよりもラファエルが対応してくれていたのだが、説明をするのも面倒なので相手の質問に肯定した。





「……そうよ、それがどうかしたの?」





「お前たちが……お前たちがわたしのヴェスティーユをぉぉぉ!?」





ヴァスティーユは急に怒りをあらわにして、周囲に黒い霧を広げ始めた。
その途端に、その左右に広がっている草木を腐らせていった。






「危ないですから、下がってください!」




クリエが後ろの馬車に向かって、非難するように声をかける。
その際に、石の壁を築いて防御することも忘れていなかった。






「えぇーいっ!!」


「はぁっ!!」




エレーナとハルナがさらに時間を稼ぐように、ヴァスティーユに向かって風と水が高層く回転する円盤で攻撃する。


ヴァスティーユの身体は傷がついていくが、それと同時にそこから漏れ出す黒い霧が増えていく。
それによって、周りの草木の腐食が進むと同時に息苦しさを感じるようになってきた。


後ろを気にしながらの攻撃では、決定的なダメージを与えることはできなかった。



その時、ヴァスティーユの周りに石の壁が出来上がり閉じ込められる。


――ジュッ



その中に白い高温の炎の塊が投げ入れられ、それと同時に天井が蓋をされる。




――ドン!



投げ入れられた炎の塊の音は、燃えるというよりも爆発するという音に近った。


普通のアンデットであれば、きっとこれで決着がついたと安心していたであろう。
だが、エレーナもハルナもモイスティアでの出来事が頭の中に残っている。

それに相手はあのヴェスティーユと同じ、もしくはそれよりも上の存在であることがその口調から考えれられる。
決して、油断できない相手であることは間違いない。



「ちょ……ちょっと、何アレ!?」



エレーナが指をさして、閉じ込められた石の箱を指さす。

それは始まりの森でみたような、無機質な石でさえ腐食させられていた。



その黒い霧は、石だけでなく炎までも腐食させていた。



「なにそれ!火までも……腐敗させるなんて!?」




土の元素で作られるものは、ほぼ固形物で比較的にこの世界ではっきりとした存在感を持つ。
その対極にあるのが、風の属性で存在はするが掴んだりできないため影響を受け辛い。
丁度、土と風の中間に存在するのが火と水の属性の存在だった。


火も水も確かにそこにあり、触れることも可能である。
元素の密度を変えれば水から氷に変化させるように元素の持つ温度を変化させることができる。



そんな他人の造った不安定な元素を簡単に浸食して腐敗させるその力は、決して甘く見てはいけない実力であることは確かだった。




その実力差は、いまどうこうできる訳がはない。
エレーナたちは焦りが生じて、動きが止まってしまった。




「あの妹(こ)もね。自信過剰なところがあったり、相手をなめてかかったりするところがあるんだけどね。……信じられないわ、その程度の実力で本当にヴェスティーユを倒したの?許せないわ、アンタたちみたいの奴にやられたなんて!?今ここで、私がヴェスティーユの敵を取ってあげるわ!」



そして、ヴァスティーユの周りに散らばっていた黒い霧が集り始める。
胸の前の高さで高密度な黒い塊が出来上がり、今にも破裂しそうな圧力を感じる。



「……フェルノールとヴェスティーユの敵を始末できるなんて、なんて今日はいい日かしら!」



そう告げて、目の前の塊を解放しようとしたその時




――スパッ



ハルナたちの背中から、斬撃のようなものが身体を通り抜けた。
だが、ハルナたちに全くダメージはなかった。




「大丈夫ですか?ハルナさん、エレーナさん!?」



ハルナは声を掛けられた方を振り返ると、後ろからシュクルスやステイビルたちが走ってこちらに向かっていた。
その後ろの離れたところからは、ルーシーやオリーブたちも駆け寄ってくる姿が見えた。




「ハルナ!あれを見て!?」




エレーナに呼ばれて、ハルナは前に向き直す。
そこには今にも破裂しそうな高密度の塊が、真っ二つに切られて黒い霧が霧散しているのがみえた。
さらにその奥には、ヴァスティーユの身体の正中線に沿って切られている姿も確認できる。






「そうか……それが”あの剣”か。まったく厄介なものを持っているわね。西の国じゃ扱える者はいなかったようだけど、その坊ちゃんには使えるみたいだね」



ヴァスティーユの受けた傷が、黒い霧によって塞がれていく。
さほどのダメージではなかったようだ。


身体の切り傷が回復し、目の前の黒い霧も全てヴァスティーユが取り込んだ。




「今回は、これで見逃してあげるわ。母様から言われたことには入ってなかったし」


「また、母様……か?いつまでも甘えん坊のようだな」




ステイビルが到着し、再会したヴァスティーユを挑発する。
ヴァスティーユはその言葉に、ムッとした表情をみせた。




「ハッ、言ってなさいよ。今度は私が、東の国に乗り込んでやるからね。せいぜい何かできるように、準備しておくことね。……あと、ハルナ」





突然、ヴァスティーユから名指しされたハルナは驚いた。




「あなたは、また会うことにないそうだわ。アタシたちと同じ”モノ”を持ってそうじゃない……いつでもこちら側にいらっしゃい」




「ハルナが、アナタと同じなわけないでしょ!?これ以上無駄口叩くならここで消すわよ!!」





エレーナがハルナに言われたことへ反応を示し、ヴァスティーユを威嚇した。



「あなたは……ま、いいわ。とにかく、次に会う時は容赦しないからね。せいぜい頑張んなさい」



そう言い残して、ヴァスティーユは黒い霧に包まれてその姿を消した。







          

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