問題が発生したため【人生】を強制終了します。 → 『精霊使いで再起動しました。』

山口 犬

1-16 変わる風向き



マイヤは、 お茶を淹れ、ベッドの淵に行儀良く座る
キャスメル王子の前のテーブルに置いた。

念のために窓を閉め切っているので、部屋の中紅茶の良い香りで満たされる。
王子はマイヤにお礼を述べて、紅茶の皿を手に取りカップを口元まで運び一口飲んだ。

そこで改めて、エレーナは王子にこの町にいる目的を問う。




「それで人をお探しとのことでしたが、どなたをお探しになっていたのですか?もしよければ、お手伝いさせていただきますが……」

「うん……だけど……とても……その、個人的な……」





なんだか、よくわからない返答をするキャメルをエレーナはじっと見つめる。
王子は紅茶をテーブルに置き、下に俯いてもじもじしている。

その態度にピンときたハルナは、立場も考えず思わず口にしてしまった。





「あ!好きな娘に逢いにきたとか!?」

「……ちょっと、ハルナ?あなた王子に対して、失礼なこと言ってるんじゃないわよ!王子っていえば、国の重要な人物なのよ?そんな方が好きな娘に逢いたいからって一人で出てこれるわけないでしょ!?」

「あ……」




そんな二人のやり取りを聞いたキャスメルは、そのまま黙り込んでしまった。この様子から、ハルナが言ったことが正解なのだと自然と理解した。


マイヤはまたしても王子に助け舟を出すために、提案した。





「王子。やはり、お一人で勝手に出歩くのは良くないことですわ。王子のお世話をされている方々も、お困りでしょうし、万が一王子に何か起きた場合は“責任”をとらされる事になります」





やはり勢いだけで飛び出してきたのだろう。
話しを聞くと、ここまでくるのに王国で着ていた服装だと目立ってしまうので、途中の小さな町の似たような子供と交換したのだそうだ。
お金はこっそりと貯めていた様で、ここまでは公共交通機関を乗り継いでやってきたらしい。
普通の子供では持つこともできない金貨で支払いをしていたようなので、お金を受け取った方は驚いたことだろう。
しかし、よく何事も起きずにモイスティアまで着いたものだ。


そして、マイヤは事の重大さに気付いた王子に続けて話しかける。






「……とはいえ、我々もこの町で調べる事がありますので王子の探されている方のこともお調べいたしますが、いかがですか?」


どうですか?と言わんばかりに、マイヤはエレーナとハルナの顔を見る。二人はその案に了承した様で、同じタイミングで頷いていた。


「本当に?……一緒に探してくれるの?」






あと少しで泣き出しそうだった王子の目が、マイヤの顔を見つめる。





「はい、お任せ下さい。ただ、王子と一緒に町を歩くことはできません。もしも、襲撃を受けてしまった場合など、ウイークポイントにもなり得ます。ですので、王子にはティアド様のお屋敷で待機していただきます」





何か言いたそうなキャスメルだったが、マイヤ達も本来の任務があるのだと思い口に出せずにいた。





「ご安心ください、王子。このことは我々の秘密にしておきますし、何かわかった時には王子にのみお知らせします」





それを聞いて安心したのか、キャスメルは屋敷で待機することも了承してくれた。

この場の空気が落ち着き、王子と三人はそれから長い間話し混んでいた。
王国での生活、父親である王様の人柄、ここまで来たルートのこと、風の町のこと、そして精霊のことも。

王子は精霊について興味があるようで、随分と詳しく聞いてくる。

エレーナは水を空で操ってみせ、ハルナは掌の上で空気を操る。
フウカは顔を出したそうにソワソワしていたが、ここは我慢してもらった。

すっかり夜も更けて、キャスメルも眠そうにしていたのでこの会をお開きにしようとした。
最後に明日からの仕事となる、後回しにしていた情報をエレーナは引き出そうとした。






「それでどなたをお探しになられていたのですか、王子?」


「私は、ウェンディア…… ウェンディア・スプレイズを探しておるのです!」






………
……









一晩明け、キャスメルを含む四人はティアドの屋敷に向かう。
エレーナは昨晩の衝撃的な話題に、あまり眠れていなかった。
なぜ王子は、ウェンディアを探しているのか。
簡単に言うと色恋沙汰の話である。


聞くところによると、幼いころウェンディアが王家に来た際には年上のウェンディアに遊んでもらっていたらしい。
スプレイズ家やフリーマス家などの大臣職は、王家の下で働いている。
大臣はその家の夫がなるため、妻がその依頼された町を管理している。


夫はほぼ王家で働いているため、年に何度かその労をねぎらうためにその家族は王家に呼ばれる。
その時にウェンディアとキャスメルは出会い一緒に遊んでいたのだという。

王子曰く、ウェンディアは当時、おとなしくおしとやかでとてもかわいいお姉さんに見えたようだ。
エレーナも当時出会っているが、その時は普通に二人で一緒に遊んだ経験から、おとなしい少女とは感じなかったようだ。
多分、王子の中では思い出補正がかかっていると思われた。


そういうことで、ソフィーネのお迎えとキャメル王子の報告と保護のお願いをしに、まずティアドの屋敷へと向かった。




4人は両扉にスプレイズ家の紋章が刻まれた扉の前に立つ。

――コン、コン


マイヤはゆっくりとドアをノックした。
そして、ドアが開きソフィーネが顔を出す。



「皆様、おはようございます……あら、そちらの方は?」


三人の女性の後ろにいるフード被ったローブ姿の小柄の人物に目をやるが、マイヤ達が警戒していないことから中に入るように促した。
ソフィーネは全員が入ったあと年のため周囲を見渡し、問題がないことを確認したうえでドアを閉めた。

エレーナは振り向いて、その顔の見えない人物に話しかけた。


「もうフードを取ってもいいですよ、キャスメル様」

「え_キャスメル?……王子?」

「そうなんです。なんというか……その、いろいろあったんです。王子様と」

「ちょっと、ハルナ?その言い方だと、誤解が生じるような言い方に聞こえてくるんですけど!?」


そして、今回もマイヤが上手く今までの経緯を説明してくれた。
ウェンディアを探す理由は昨夜協議した結果、王国にも行方不明の情報が入り幼馴染のようなウェンディアが心配になり探しにきたということにした。
ツッコミどころがいっぱいで穴だらけの理由だが、ここは王子という立場を利用して押し切るという作戦になっていた。


そのことを察したのか、ソフィーネは聞き返すこともせず、そのまま訪問者を応接室に案内した。


そして、少し時間が経ってドアが開き家の主が入ってきた。

「ご無沙汰しております、キャスメル王子。モイスティアのご訪問、歓迎致しますわ」


丁寧な挨拶とお辞儀で、王子に挨拶するティアド。
「あの……急な訪問で、も、申し訳ありません。」

吃りながら、挨拶を返すキャスメルに対し笑顔で答えるティアド。そして、ソフィーネが聞いていた今までの経緯をティアドに説明しているとこの場にいる全員に伝えた。




「わかりました。ウェンディアを心配頂いていることに関しては、お礼を申し上げます。ただ……」


「ただ?」


「……ただ、今回はエレーナ様の調査を優先して行って頂きます」

本当は、我が子の捜索を優先したい気持ちもある。しかし、これまでも何も情報がなく、関連性のあるものもなかった。

これ以上時間をかけることは、他の案件にも影響が出てしまうことや個人的な問題で人員を増やすことはできないと思っていた。

続けてエレーナは、キャスメルに対して告げた。


「捜索している間、王子はこちらでお待ちください。やはり危険な状況になることも考えられますの!で、こちらでお待ち頂きたく。報告は、毎日させていただきますので」


「私もエレーナ様と同意見です、キャスメル王子。この町で王子を危険な目に合わせることはできませんから、我が家でお待ちいただきたく」


併せて、王国にも現在王子がモイスティアにいることを連絡するように告げた。
ここはキャスメルも納得し、言うことを聞くことにした。


「では早速、町へ調査に参りますか?」

ソフィーネが告げ、ハルナ達は町に向かうことにした。
王子の寂しそうな表情を背にして。






四人は、町中での調査を開始する。
ただ、手持ちの情報が不確定なものでもあるので、なかなか前に進まないことが予想される。

そして、その予想は何の問題もなく当たることになった。


怪しい団体については、町の人々に聞いても有用な情報は得られなかった。精霊と契約できなかったかなどは、プライベートの問題に係わり聞き辛い内容である。
念のため、モイスティアに住む過去にラヴィーネで訓練を受けていたリストは用意してあった。
しかし、訓練を受ける人物はある程度の家柄であるため、契約に失敗したかどうかはこういった事情からも聞き辛い。

時々はそれらしい情報も入ってくるのだが、突き詰めると全て関連のないものであった。

併せて、ウェンディアのことも探しているがこの問題も全く進展が見られなかった。
これに関しては、ハルナ達が探す前よりも既に調査しているため、新しい情報は手に入りにくいのは当然だった。



――そして、時間だけが過ぎていった。



モイスティアに滞在して、二週間が過ぎた。
相変わらず、進展はない。
当初は地元の町の人々を対象といていたが、商人など町の外からくる人々も調査の対象としていた。


マイヤが単独で調査していた頃から、一カ月が経とうとしていた。



「ここまで何の手がかりもないなんて……ねぇ?」


エレーナは人口の川が流れる橋の上の淵に腰掛ける。
これだけ何も悟られずに活動しているということは、捜索対象は情報を漏らすことなくよほど上手に活動しているのだろう。
それともこちらの情報がどこからか漏れているのだろうか?町全体でエレーナ達を騙しているのだろうか?


「お疲れの様ですので、今日はもうやめましょうか?」


疲れ果てたエレーナの姿をみて、マイヤが提案する。
一同はその提案に頷き、食事を摂ることにした。





場所はモイスティアで最初に入った食堂、“精霊と自然の恵み”。
エレーナは先頭を切って、店の中へと入った。
まだ早い時間のせいか、客は一人もいなかった。




「……あ、いらっしゃいませ。どうぞ、お好きなテーブルへ」




店内にはやや疲れた顔をした男性が一人のみで、以前は女性も一人いたはずだった。

気になったエレーナは男性に声を掛ける。

「あの女性の方は、今日はお休みなのですか?」

「いえ、休みといいますか……」

「もしかして、ケンカでもしたんですか?」

「そういうわけではないのですが」



少しお節介な気もするが、
(落ち込んだ気分のままでは美味しい料理に影響が出るのでは?)
という思いから事情を探ろうとしていた。

「あの……もしよろしければ、お困りごとをお聞かせ下さいませんか?町の方で何かご支援できることもあるかもしれませんし」


そう告げたのは、ソフィーネ。モイスティアだけでなく、この王国では社会福祉が充実しており、市民の満足度は低くない。
その代わり、その制度を利用した不正が発覚した場合は王国への裏切り行為とされ、厳しく処罰されることになる。
そうした住民の声を聞くことも、町を任されている各大臣の家の役目で、ソフィーネも受け口として役割を担っていた。


男性はこの町を預かる家のメイドからの言葉に安心してか、今の事情をゆっくりと話し始めた。


「実は……」



聞くところによると、あの女性は店長の奥さんで二人でお店を営んでいた。
ある日、奥さんは客から話しかけられあるグループに入らないかと持ちかけられた。
そのグループとは、「精霊使いになれなかった人」達が集うグループとのことだった。

契約できなかった者、始まりの場所へ入ることに選ばれなかった者、なんらかの理由で養成所にも入れなかった者など。
その理由は様々なのだが、どうやら精霊使いになれなかった者たちの反骨心を煽るようなやり方で集めているようだった。

奥さんは週間前からそのグループに参加するようになり、徐々に様子が変わっていったとのことだった。
具体的には、王国のやり方に反抗的で集団の中の意見を盲目的に信じていた。



「――それでいま、奥様はどちらに?」


「お店に出られる状態ではないので、ずっと家にいます」

「一度お邪魔させて頂いてもいいかしら?」


「はい、よろしくお願いします」



このままその女性のもとへ、向かうことになった。


ドアの前に立つと中から話し声が聞こえる。
その内容までは聞き取れないが、誰かと話しているようだ。
ハルナ達は、念のため姿をドアの陰に隠すように隠れ男性に頷いて合図を送った。

男性は普通に帰宅するようにドアを開けた。
すると、中には奥さんの他に二人の女性が座っていた。

ハルナも見覚えのある女性の表情は、短期間でこんなに変わるものかと思う程豹変していた。


「あら、アナタ。どうしたの?なにかワスレモノ?」



自分の夫に話しかけるも、その声に以前にパンのお代わりを勧めてくれたような元気は感じられない。

男性は悲しそうに、その言葉に笑顔を向ける。

すると、そばにいた女性が話しかけてきた。



「お邪魔しております。奥様は、とっても聡明な方で素晴らしいですわ!」


男性はその言葉に対しては、無表情でなにも答えない。今にも爆発しそうな気持ちを、抑えるのに必死だった。


話しかけた女性はその様子を薄ら笑いで、ヤレヤレという雰囲気で首を横に振る。


「……真実は、いつの時も理解され辛いものですわね。しかし、私達のように少しずつでもこのことを広めていかなければ、世の中は変わりませんのよ。誰かがやらなければならないのです」



「そしてアナタの愛する女性を狂わせたのは、王家の間違った精霊政策です。この方はずっと心の奥に精霊と契約できなかったことに対する心の傷を抱いていたのです。その痛みを癒して差し上げるのが私達の役目なのです」



自信満々にそう告げる女性。
しかしその言葉は、心になにも響かず届かない。
それに、ひとりの女性をあのように変えさせるような人達の言葉は、何ひとつ信用できるものではない。


「――もう少し詳しくお聞かせいただきたいですわね?」



相手の自分勝手な言い分にエレーナの我慢の限界がきたと同時に、ドアの影から姿を見せたのはソフィーネだった。


マイヤは、ハルナとエレーナを手で制止させ待機するように支持しソフィーネの後に続いて姿を見せる。
精霊使いになんらかの怨みを持つことも考えられるので、まずはソフィーネと二人で対応することにした。
エレーナはハルナと一緒に家の周りを囲み、逃げ出した時の対応を行おうと行動する。


二人の姿を見た、中の女性達は落ち着いた様子でこの状況を見守る。


「奥様は、あの方をご存知ですか?」


聞かれた女性は首を横に振る。


「……ということです。失礼ですが、関係のない方はお帰り願えますか?」


「そういうわけにはいきませんの、こちらもお困りの方がいますので」



マイヤが返し、ソフィーネが続く。



「それよりも、あなた方はそちらの女性何をしたのです?明らかに普通ではありませんが……」



「それはあなた方には、関係のないことです。彼女は私達の理想に賛同し、自分の意思で行動されております。従って、何人たりとも私達の行いを妨げることはできないのです」


「やはり、あなた方とは話し合いは通用しないようですわ。少しお話しを伺いたいので、大人しく警備所までご同行願いますね」



そう告げると、ソフィーネはメイド服の下の腰につけていたロープを取り出し女性二人に近づいていく。
ターゲットにされた女性は、身体を揺らしながら笑いをかみ殺している。
しかし、そんな姿を見ても動じず、さらに距離を縮めていく。


「あらあら、あなた程度の人が私たちを捕まえられるとでも思って?」「とりあえず、今回の用事は済んだのでお暇いたしますわ」



女性たちがテーブルから離れ、席を立った。


「あら。どちらに行かれるのです?……といっても、もうこの状態では逃げることはできませんわよ」


両手に持ったロープの輪を、パチン、パチンと鳴らしさらに近づく。
その後ろでマイヤは腕を組んで、何の問題もといった感じでその様子を見守る。



先に余裕を失ったのは、女性たちだった。


一人が通路を塞ぐソフィーネの肩に手をかけ、力尽くで退けようとしたが微動だにしない。
ソフィーネの顔を睨もうとした瞬間、その腕を掴まれ一本背負いで投げ飛ばされた。


「――ガッ……ハッ!!!」



あまりの速さに受け身もとれず、手加減無しで背中を打ち付けたため、呼吸が思うようにできなかった。

何が起きたのか状況を理解できないまま、もう一人の女性が逃げることもできずに立ち尽くしている。



「それで、あなたはどうされます?立ち向かってきます?それとも、ここから逃げ出します?」


足元で身悶える女性の横に、余裕を崩すことなく話しかけるソフィーネ。



「――くっ。ここでやられる訳にはいかないのよ!」




女性は両腰の脇からダガーを取り出した。
そして低い体勢で、マイヤに狙いを定める。
ソフィーネの能力は、先程の一瞬で見ることができた。マイヤの方が突破しやすいと判断したのだった。


(お土産に、脚の一本くらいは頂いていくわ!)





一瞬にしてマイヤとの距離を縮めて、ソフィーネとの間にある空間を目指す前にマイヤの左膝に向かって、ダガーで斬りつけた。

が、その手にいつもの感触は得られない。




「せっかく逃げるための隙間を開けてあげたのに、愚かな人ね……」




その女性は、その言葉の意味を理解するよりも自分の肘の先がありえない方向に変形していることに気付く。




「――ヒィッぎャアアアア!!!」



遅れてやってきた激痛に、叫びにならない悲鳴をあげる。


この家の主人である男性も、あまりの出来事の速さにあっけにとられている。





「さて……っと。それでは、いろいろとお話しを伺いたいのでご同行願えますか?」

ソフィーネは、手に持つロープで倒れている女性を拘束する。

そして――


「申し訳ありませんが、奥様にもご同行願います。一応、関係者ですので……」


「わかりました……私も同行しても構いませんか?妻の側にいてあげたいのです」


ソフィーネはその申し出を了承し、一同は警備隊の詰所へ向かっていった。

          

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