問題が発生したため【人生】を強制終了します。 → 『精霊使いで再起動しました。』

山口 犬

1-10 森の異変

 アーテリアはハルナの訓練がひと段落したことを聞き、次の準備を始めた。


「失礼します。いま現在、当家に来ています依頼書をお持ちしました」


アルベルトは紙の束を机の上に乗せた。


アーテリアはその書類を一枚一枚目を通していく。
時折、目的の紙を取り外して束から抜き出す。


そして、十数枚の抜き出した紙を整えてもう一度目を通す。


「さて、どれがいいかしらね……」



一枚の書類をアーテリアは抜き出した。


「これは……!? 」



「ホント、ここって気持ちがいいわねー。今度、お弁当持ってきて、ここで食べたいね」

ハルナは呑気に提案する。


「あー、それいいかも!」


賛同したのはオリーブ。


「……あなたたち、ちゃんと仕事してるの? 余計なこと考えてると仕事から外すわよ!?」

最後に締めたのはエレーナだった。




訓練が終わって以降、ハルナとエレーナとオリーブは一緒に行動している。
現在では一か月の間、森の警備と管理のために一日二回のペースで森の中を三人で巡回している。


こんなにも歩いていると、今まで見落としていた変化も見えるようになってきた。


見渡す限りの緑の中に、一部だけ色の違う地面が見える。


「……ねぇ?あそこ、なにか変じゃない?」


ハルナがその方向を指差す。
二人がその方向をじっと見る。

その場所に近寄ってみると、森の中の一部の領域の草木が枯れている。
広さにして約3平方メートルの範囲だった。


「これはおかしいわね……今まで見たことない現象だわ」


エレーナはしゃがんで落ちている木の枝をつまむ。

――ポフッ

つまんだ部分の枝は煙りを立てて崩れた。

どんなに劣化してしても、粉々になるような枯れ方はしない。

これは何かあると考え、エレーナは残った枝を布に包み、持ち帰って検査することにした。



念のため周囲の木々を確認して、この場所以外にも問題が起きていないか確かめる。

「ねぇ、フーちゃん。上からみてここ以外に同じことが起きてないか見てきてくれる?」

「はーい」

フウカは胸元から飛び出して、空のに向かって飛んでいく。
最近はよく働いてくれているのだ。


「大丈夫ー!他には見えないよー」


そういうと、降りてきてハルナの頭の上に止まる。


最後に範囲が広がるのかを知るために枯れた場所とそうでない場合に目印を付ける。

「……これでいいかな?」

オリーブは、その領域の端に低い石の壁を作った。
これで進行しているかどうかがわかる判断になるだろう。



「それじゃあ、いったん戻りましょうか」

エレーナはそう告げて、その地を後にした。




関所に到着した三人。
エレーナは門番に事情を説明し、先ほど採取した枝を鑑定するよう依頼した。

「今まで見たことのない現象だから、病原菌の可能性も考えられるの。扱いには厳重に注意して」


「はっ!」


そういうと門番は蓋付のガラス瓶のような容器を用意し、その中に枝を入れて保管した。


念のため、エレーナは念入りに手を洗う。
こちらの世界でも、菌による感染症もあるみたいで、その拡散を防ぐことの重要性は理解しているようだった。


エレーナ達は、一度フリーマス家に戻った。
そしてこのことをアーテリアに伝えようとした。


「お母様、ご報告したいことが……」
「あ、丁度よかったわ、エレーナ。あなたにお願いしたいことが……」



二人同時に話ししたため、会話がぶつかる。
それぞれが相手の言葉を待つタイミングも同じになり、無音の時間が数秒続いた。



(この二人はどんだけ仲がいいのよ……)
短い付き合いだが、すでに二人の性格を理解しているオリーブは助け船を出す。


「アーテリア様、一体どうなされたのですか?」



ハッとして、アーテリアの時は動き出した。


「えぇ、この依頼書をごらんなさい」


アーテリアは一枚の紙をエレーナに差し出す。


「討伐依頼ね……何を  ――これって!?」



「……討伐対象は、インプなのよ」


トラウマが、アーテリアの心を傷付けながら答える。



「どうやら、数日前に森を通過していた際に遭遇したっていう報告なの。特に何か被害があったわけではないらしいんだけど」


「それでも放っておけるものでもないわね。どんな被害が起こるかわからないし」


エレーナは実際に出会ったことはないが、危険な存在であることはアーテリアから何度も聞いていた。



この世界でのインプとは精霊が突然に変異を起こし、悪魔になってしまったものをいう。
インプはハルナたちの精霊とは異なり、元素の力の使い方が異なるとのことだった。

ただ、実際に目にした人数は少なく、遭遇しても普通の冒険者クラスだと、その相手に勝つもしくは逃げ切れることはあまり多くないらしい。
そのためインプは、危険な存在としてみられていた。


「まずは、その存在を確かめる必要があるわね……」



アーテリアは自身の話しが終わったので、もう一つの用事を聞くことにした。


「ところで、何かあったの?  相談したいことがあるとかどうとか」


エレーナは、先ほど見た森の状況を伝えた。

「……そう。 今までにそういうことが起きたという記憶はないわね」


「いま、そのサンプルを検査してもらってるから何かの病気ならすぐわかるかも」



「とにかく、その森の警戒と同時にインプの調査についてお願いしたいの」


「……ただ、インプに遭遇して戦闘になったときに私たちだけだと心細いわね」


「そこは、アルベルトも一緒に行ってもらうようにします」


「え?アルベルトさんって……もしかして強いの?」

驚くハルナ。


「我が家に仕える、執事は強くないとなれないのよ。でないと、家を守れないでしょ?知識もそうだけど、力も強くないとね!」


自信満々に答えるエレーナだった。


――疑惑はますます深まった!


そんなエレーナを見て、ハルナはそう思うのだった。






翌日。いつものとおり、森の警備に出かけるため集った三人。
と、今日はもう一人いる。


アルベルトだった。
今日はいつもの執事の服装ではない。
軽装備ではあるが、戦闘用の防具を着用しており、背中には盾とロングソードが下がっている。
その力強さはイケメンにより一層の輝きを増している。


しかし、ハルナの興味はそういうことではなく、やはり二人の間柄が最大の焦点だった。


馬車の中では、二人は隣に座りながらも一言も口をきくことはなかった。
その雰囲気にのまれてハルナもオリーブも話すことができなかった。

何が二人をそうさせてしまったのか。
家柄が二人を遠ざけてしまったのだろうか。
いつの日か二人が恋人になる日は訪れるのだろうか。


妄想で盛り上がっているハルナは、呼びかけによって現実の世界に連れ戻された。


「ちょっと大丈夫、ハルナ? なんだかぼーっとしてるけど、森の中だと危ないわよ?」


エレーナは心配そうな顔でみつめていた。



「これから探索するところは、道から外れた場所ですので危険度が増します。ご注意を」


アルベルトがハルナにやんわりと注意を促す。


「それじゃあ、準備はいい?出発するわよ」


四人は、関所をくぐり町の外へ出る。


一番先頭はアルベルトで、2列目にオリーブとハルナが左右に並ぶ。
最後はエレーナが全体を見渡し、かつ後方を守る陣形で進んでいくことにした。


まずは、昨日の森の様子を見に行くことになった。

到着すると、三人は息をのんだ。
枯れていた領域が、一日で一メートルほど進んでいた。

この調子だと、始まりの場所まで進行してしまう可能性もある。



オリーブが作った石の壁も、乾燥しており触れるだけで崩れそうになっていた。


「伝染が原因なら、接触しているのが問題かもしれない。その周辺の植物を少し切って間を開けよう」


大昔、火事で近隣の家に燃え移らないように、火事が起きている周囲の家を崩して広まらないようにしていた。
今回はその作戦で拡大を防ごうという案だった。


そういうと、アルベルトはいま浸食されている端から一メートルほどの草木を剣で刈り取っていった。
ハルナも訓練所で練習した、風のカッターによって周囲の草木を刈っていく。

土の壁だと、また浸食される恐れがあるため、今回オリーブは刈り取った場所に幅60センチ、深さ30センチの堀を作ってその場所を隔離することにした。
本来なら、この異変の起きた場所を石などで囲っておきたいのだが石のドームで囲ったとしても、浸食されてしまうのは昨日の壁の結果から判明したことだった。


「これでいいかな?」

エレーナは周りを見渡し、状況を確かめる。


「とにかく、いまはできるだけのことをやってみましょう」


一同は頷き、この結果を承諾した。



次に向かったのは、依頼のあったインプをみたという周辺へ向かうことにした。

道から外れて行き、ハルナは”なぜこんな場所に入っていったのか?”という疑問も起こったのだが、オリーブが言うには森の恵みを求めて奥深くまで入ってしまうということは時々あるとのこと。
なかには深追いし過ぎて、事故を起こすこともある。
ハルナがいた世界でも同じことが、この世界でも起きているのだった。

(人が欲に目を曇らせてしまうのは、どこでも同じね……)


そんなこと思いながら、ハルナはアルベルトの後ろをついていく。

数十分も歩くと、目的の座標に到着した。


「……この辺りだな」

アルベルトはエレーナに依頼書の写しを見せながら、確認した。



「確かにこの辺りね。でも、特段に変わったところはないようね」


「何か手掛かりになるようなものがないか探そう。離れすぎず、お互いの姿が目視できるまでの範囲で行動して下さい」


「了解!」




アルベルトの言葉に残りの三人が返事をする。




ハルナとしては、アルベルトとエレーナが二人きりの状況を見てみたい気もしたが、分けると危険度が増してしまう。
特に、戦い慣れしていない者が二人もいるのだから。

そう……いまは、そういう時ではないのだ。
気を抜けば、一瞬にして命が絶たれることもある。
ハルナがいた世界の危険度とは違うのだ。


注意深く、目の前を見る。
何か変わった点はないか、どこかにインプの痕跡が残されていないか。

一同は隈なく周囲を探した。



「――っ!!」


ハルナは白い、棒状の塊を見つけた。

エレーナを呼び、その物を確認する。


「……骨だわ」

「も、もしかして……人間の?」


「いいえ。推測だけどこの大きさからして、動物の骨のようね。小動物ではなさそうだから、この辺りだと狼とか」


ハルナ達はその周囲を探すと、いくつもの骨がそのままの形や、かみ砕かれた状態で見つけることができた。
ということは、この辺りを縄張りとし活動している肉食の生物がいると判断ができると、アルベルトは告げた。


ここからはまた、以前の陣形で行動することとなった。
肉食の生物がいると判明したからだ。


ハルナ達は、更に森の奥へと進む。次第に獣の臭いが濃くなってくる。
どうやらこの近くに生息しているようだった。



「気を付けて、そろそろ近くにいる」



アルベルトは背中のロングソードを抜き、盾と一緒に構える。



正面はアルベルト、右にハルナ、左はオリーブ、後方はエレーナ。
それぞれが受け持ちの方向に気を配りながら、周囲を警戒する。




『グギャァアッァアアァ!!』


周囲一帯に、耳障りな叫び声が響き渡る。


木の陰から一体のモンスターが出てくる。

犬の顔をした、四肢をもつ身体。
手には木製の丸い盾を持ち、反対の手にはどこかの冒険者から略奪したと思われる、ボロボロに錆びたサーベルを手にしている。


ハルナはよく見ると、その顔が崩れかかっていることに気付く。
それと同時に、この世のものとは思えないほどの異臭が漂ってきた。



「コボルト……ね。しかもアンデッドじゃないの!?」

エレーナはその名を口にした。



「動きはそんなに早くもないから。オリーブ、あのコボルトの足を止めて!」


「はい!」






オリーブは両手を組んで、イメージをする。
すると、コボルドの足が石に包まれてその足を前に出すことができなくなった。


コボルトがその足を無理矢理動かそうとすると、腐食していた左の足首が、足関節からとれてしまった。

コボルドは崩しかけたバランスを立て直し、目の前にある自分の動きを封じたと思われる敵に向かって攻撃を仕掛ける。
サーベルを掲げると、その剣先から黒い火の玉が生まれた。
コボルトがその剣を振り下ろすと同時に、火の玉はハルナ達に向かって飛んでくる。


エレーナはその火の玉を水の壁によって防ごうとした。

しかし水の壁は火の玉が当たると、紫色に変色していく。

「これ、ちょっと持たないかも!」

そういうとハルナは拮抗している水と火の玉に向かって、圧縮した空気の塊をぶつけた。


――バーン!!!


火の玉と水の壁がはじけ飛んだ。
その残骸が周囲に飛び散ると、草木が変色し始めた。


「これは厄介ね……」


「私が閉じ込めます!」


オリーブは箱型の石の壁を作り、コボルトを閉じ込めた。



ガキーン! ガキーン!



壁の中から、サーベルを壁にぶつける音が聞こえる。


「動きを止めることはできたけど、アンデッドは首を跳ねても死なないのよ」


「ど……どうすればいいの!?」


ハルナは焦った。


「火の属性がいれば、燃やしてしまえばいいんだけど」

オリーブはそういうが、このメンバーの中に火を扱えるものがいない。


「おい、あれを!」

アルベルトがコボルトが閉じ込められている檻を指さす。


石の壁が変色し始めている。
それは最初に見た、森で起きた石の壁の異変と同じ現象だ。



「このままだとマズわね……」


壁は何度でもできそうだが、あのコボルトを始末できないことには解決にならない。


「オリーブ様、あの檻の天井の石だけ消すことができますか?」

「あ、はい。それは可能です……けど」


「そうしてどうするのよ、アル」


「火をつけるためのオイルが少しある。これを上から投げ入れて、火のついた枝を投げ込む」


ただ、そんなに量はないので一度きりのチャンスとなる。


「わかったわ、それでいきましょう!」


オリーブは変色して崩れかけている石の壁を修復しつつ、アルベルトは木の先に布を巻きオイルの瓶にその布を浸す。
それに火打ち石で火を灯し、投げ入れる準備をする。


「よし、天井を外してくれ」

「はい!」

オリーブは横の壁の修復を行いつつ、天井を消した。




『ギャアアァ!グギャアアァ!』


コボルトは今の自分の敵が誰なのかもわからないまま、ただ自身が追い込まれたことにのみ必死に抵抗をしている。


そして、上から瓶に入った液体が投げ込まれる。
その液体やや粘性をもち、頭部から垂れてゆっくりと全身を濡らしていく。

これに対して、何の影響もないためコボルトはひたすら壁を叩き、邪悪な力により壁を脆くさせようとしていた。


そこに――


ボッ!!!


大きな火の手が上がる。

コボルトの身体には火で包まれる。
腕が焼け落ち、膝も崩壊し身体を支えられなくなる。

アンデッドのため、熱さや痛みは感じない。
全ての感覚がないため、恐怖も何も感じることはないが、炎により意識的な動きが奪われていくことは理解できていた。


「ガギャアアアアアァアアァア!!!!」


数分ほど経過すると、石の檻の中から最後の叫びが聞こえる。
石の壁の上から見えていた炎も、次第に煙に変わっていく。



そして、黒い煙が消えると中の炎が鎮火したことを意味した。


「それじゃ、解きますね」


オリーブは石の檻を消した。


中には、形を残さない真っ黒な塊と燃えなかったサーベルだけが残されていた。

アルベルトはそのサーベルを手に取ると、柄には文字は読めないが紋章が煤に隠れてうっすらと見えた。
手で煤を払うと、それは火の国の警備隊の紋章だった。


やはり、このモンスターに犠牲になったのだと確信した。
念のため、持ち帰って元の持ち主の家族のもとに返してあげようとアルベルトはサーベルを手にした。


森の異変と、このアンデットとの関係性はわからない。
しかし、今までと違うことが起き始めているのだとアルベルトは感じていた。




          

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