あなたが好きでもいいですか

文戸玲

兆候


「うちに来てほしい」

 美月から連絡がきた時,喜びよりも不安が先にやってきた。文面に記されていたのは要件も記されていないたったそれだけのものだったからだ。文面や雰囲気もいつもとは違う。毎日のように連絡を取っていると,言葉尻から相手の気分の浮き沈みや違和感を少しは感じ取れるようになる。くだらない話で相手と同じリラックスした気分になることもあれば,とりとめのない話の中から心の機微を感じ取ることもできる。そんな状態を自負していたから美月からの連絡を見て余計に違和感を感じていた。
 ずいぶんと日が短くなった。がやかやとした人込みを抜けて閑静な場所に入ると,水路付近などの水回りがある場所では赤とんぼがちらほらと飛んでいる。一匹のトンボが木の葉に止まった。羽を休めて首をかしげながらどこか遠くを見つめている。その方向に目をやると,スズメが一羽虫をついばんで飛ぶところだった。自分の行く末を案じているのだろうか。トンボに目を戻すと,もうすでにそこにはいなかった。
 不安な足取りで美月の家に向かうのはこれで二度目だ。自分の中で何かが変わったあの日。ただ,あの時とは状況が全く違う。それに,何の用件かも分からず,ただ情報を得られるのを待っているということがここまで人を不安にさせるのだと初めて知った。心臓は高鳴り,のどが締め付けられたかのように息苦しい。どうか,美月の気まぐれで呼び出されただけであってほしい。この根拠のない不安は思い違いであってほしい。そう願った。果たしてその希望的観測は外れることとなる。

「あなたが好きでもいいですか」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く