あなたが好きでもいいですか

文戸玲

バスよ来るな

 

 
 私は美月にされるがままの状態だった。腕と共に絡んでくる舌を拒み切れず,上唇に吸い付いてくる感触に脱力する。いや,拒む理由なんてなかった。むしろ私はそれを求めてすらいた。歯の形に添って舌が張ってくる感触に鳥肌が立った。そしてそれをさらに求めている自分が大きくなっていくことにも気付いていた。手が胸元に近づいてきて,触れてきた。同じことをしてやろうとしても,身体がうまく動かない。私は受け身の状態でそこにい続けることしかできなかった。腕が私の胸をまさぐってくる。夏服の上からなので手の感触がじかに伝わってくる。冬は女の子を二割増しにかわいくするけど,人と肌を重ねるなら夏がいい,そう思った。
 不意に,ここが公共の場であるということに思い至った。だめ。これ以上はできない。私は美月を押しのけて,顔を見つめた。押しのけたその行為自体は,嫌悪感を示すものではない。そのことは伝わっていると思う。美月は物足りなさそうな顔をしていたが,こんな人目のつくところでイチャイチャできないという私の思いを察してくれたはずだ。バカップルですら軽蔑の目で見られるが,女の子同士で抱き合ってまさぐり合っている姿を見られると噂になるだろう。結局私は,世間の目を気にしながら生きていかなければならないのだと自覚するとみじめになる。女の子を好きになるって恥ずかしいことなのだろうか。
 美月はバス停まで見送ってくれた。バス停のベンチに座って最近の学校でのことを話したりしていた。ふいに美月が抱きついてきた。そのまま頬にキスをした。さっきのような濃厚さはないが,私は満たされていると感じた。もうすぐバスが来る。このまま一生バスが来なければ良いのにと思った。
 これからはもっと素直になれそうな気がする。このまま何も気にせず,幸せな時間が続けばいいのに。でも,周りは私たちを自由にはしてくれなかった。

 遠くでシャッター音がしていることに,私たちは気が付かなかった。

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