あなたが好きでもいいですか

文戸玲

再開

 
 一度教室に入りかけた美月は,半歩後ろに下がって廊下で何やら周りを見渡しだした。それは友達に声をかけられた人のようでもあり,廊下の壁に掲示された検定や資格取得のポスターに興味をひかれた人のように見えないこともなかった。でも,それが芝居であることは言うまでもなく分かった。教室前の廊下にそんな掲示なんてないし,美月に私たち以外の気の合う仲間はいなかった。美月と仲良くしたそうな男たちはもちろんたくさんいた。でも美月はそんな男たちに目もくれずにその場は愛想よく振舞うだけで決して深い仲になろうとはしなかったし,女の子に関しては仲良くしたいものの気が引けて声が欠けられないか,釣り合わないと感じて仲良くしようとすらしないかのどちらかだった。
 私たちが廊下に出て対面したものの,美月はそれに気づくと観念したかのように下を向いてそのままだった。もちろん,普通は目の前に二人の人間が立っていたなら否応なくそちらに目を向けざるを得ないだろう。でも,それすらできない。そこには美月の苦しみが表されていた。三人が不自然に教室の入り口でたたずむ形になった。突破口を開いたのは,やはり菜々美だった。

「美月,私の親友にひどいことしてくれたみたいね。男だったら,はっ倒してたよ。今度は私のこと抱いてくれる? 断るってならはっ倒すよ」

 腹を抱えてげらげらと笑いながら菜々美は言った。言葉尻だけを捉えると,さばさばとした物言いのようにも聞こえるが,聞いている人には安心感を与える声のトーンと,どこか愛嬌さえも感じられる口調でさらに続けた。

「あんたが男じゃなくてよかったよ。私の黒帯授かった空手の腕前が披露されなくてさ。・・・・・・この前,中学の頃の話してくれたじゃん? あれ,信頼されてたって感じがして嬉しかった。できればあの時みたいに,美月が今どういうつもりなのか教えてくれたら嬉しい。てか,正直に打ち明けてくれないとこれまでのような付き合いは正直難しいと思ってる。今日のテスト終わりとか空いてない?」

 菜々美は本当に偉大だ。同級生とは思えない言葉の使い方と思考を持っている。相手への配慮は欠かさないが,言うべきところはきちんと言ってくれる。本当は私が誠意をもって伝えないといけないことなのに。菜々美には感謝しかない。
 美月は菜々美と私の顔を交互に見た。そして、一呼吸おいてから口を開いた。

「私も,二人とちゃんと話をしないといけないと思ってた。あの・・・・・・放課後時間を取ってほしい,・・・・・・です。」
「敬語とかいいから。フラットに,思ってることをまた聞かせてよ! ほんなら,とりあえずテスト頑張ろうね」

 菜々美は軽いトーンで「いぇーい」と手を挙げて私たちとハイタッチをした。美月は一抹の不安を感じさせる表情をしているものの,教室に入ってきたころに比べるとずいぶん表情が良くなった。やっぱり菜々美にはかなわない。
 後方から教室に入って少しすると,重たい扉を大きな音を鳴らせて開けて担任が教室に入ってきた。私たちはそれぞれ席に戻った。

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