あなたが好きでもいいですか

文戸玲

瞳〜美月side〜

 父の帰りはいつも遅い。
 久しぶりに家族三人がそろって話をした気がする。父は仕事が忙しく,一緒に晩御飯をそろって食べることは珍しい。今日の学校での出来事があったから,昼の時点で母が連絡を入れていたのだろう。
 だから,その日はまるで示し合わせたように定時で帰ってきたのにもうなずける。べそをかきながら床で背中をさすり合っている親子を見てどんなことを思ったのだろう。ただ,父はその場で苦笑いをして私たちに椅子にかけるように促した。右手にはビジネスバッグ,もう一方の手には駅前の有名なケーキ屋さんのロゴが入った袋を提げていた。いつもならケーキの袋に一目散に飛びついて袋の中を開けていただろうが、その日はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。むしろ,なぜかその日はその反対の手に提げられたビジネスバックに目がいった。それは,私が残しておいたお年玉で買った,父への誕生日プレゼントで買ったものだった。普段は仕事に行くときや仕事帰りの姿を見ることがなかったから,それを使っているのを初めてみた。きっとその時,私は家族とつながっているという安心感のようなものがあった。
 パートに出ていようが,午前中に休養が入ろうが,少々体調が悪かろうが欠かさず手頭栗の料理を振るいまっていた母ではあったが,その日の晩御飯は出前を取った。
 父が帰ってからはいつもの雰囲気を演出するかのように惰性でテレビをつけていた。バラエティ番組の内容はなった全く頭に入ってこなかったが,出演者が笑っているのと同じタイミングで小さく笑った。出前が届いてからは三人でテーブルについて,みんなで寿司を食べた。表面的には和やかな雰囲気で食事を楽しんでいるようではあったが,それぞれがあえてその日にあった出来事には触れないようにしているようにしていることは全員が感じていたに違いない。
 こんなにゆったりとして,豪華で,それでいて息の詰まる夕食は初めてだ。いつかは話をしなければならない。それは,私の役割だ。きっと,父も母も詳細を私の口から聞きたいに違いないが,私の準備が整うのを待ってくれている。私も,きちんと自分の口で伝えなければならない。
 私は箸をおいた。
 二人が真剣なまなざしで私を見据えて,私の口から告げられる言葉を待った。唾を飲み込む音がした,気がする。その音が私のもだったのか,目の前の強いと思っていた二人の大人が息をのんだのか区別がつかなかったし,今でも分からない。
 私は覚悟を決めて口を開いた。真実を伝えるために。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品