あなたが好きでもいいですか
コイバナ
「まあ遠いのによく来ていただきました。大したおもてなしはできないけれど,ゆっくりしていってね」
居間に通された私たちは,そのまま美月の部屋に向かうのかと思っていたところ西洋絵画が飾られた来客用の部屋で弾力感のある革のソファの上に座ることとなった。
うちの布製の角の擦れたソファと,10年近く使っている小汚いクッションが置いてあるリビングとは大違いだ。それに,奥にはさらに広くて整ったリビングがあるに違いない。別世界に来たような心地がして自然と背筋が伸びた。
もう高校生だ。ただでさえ家にお邪魔するときは最低限のマナーと節度を意識するようになった。それでも高級感のあるインテリアに上質な家具が体に触れていると落ちくものも落ち着きようがない。高級な木材であしらわれているであろうローテーブルに並べられたジュースを手に取ることもできず,美月のお母さんの挨拶に硬い笑顔で愛想笑いをする以外のことは何もできなかった。肝心の美月は今部屋はいない。トイレにでも行ったのだろうか。早く戻ってきてほしい。
菜々美はというと,露骨に部屋に飾られているものやシャンデリアに目をやって「すげえ」と唸っていた。どうしてこうも無遠慮に人んちの物をじろじろと見れるのだろう。小学生か。
「美月は学校でどう? 学校の様子はいまいち話してくれないから分からないけれど,家に遊びに来てくれるような子がいると安心するわ。仲良くしてくれてありがとうね。あの子,高飛車でお高く留まっているところがあるでしょう。親としては,上手く友達付き合いが出来ているのか心配で心配で。でも,友達を連れてくるって聞いて安心したの。これからも仲良くしてあげてね。気の合う女友達として。・・・・・・何か変わったことはないかしら?」
お手洗いかどこかに向かった美月がいないからか,学校での様子をしきりに気にして聞きたい様子だった。美月が戻ってこないか心配しながら娘の様子を聞き出そうとする姿がうちの親と重なり,知らず知らずのうちに答えてあげたいという気持ちがわいてきた。私だったら嫌だし,きっと美月も嫌がるだろうけど,お母さん,心配しているから。
美月がどんな風に過ごしているか。
私たちが最近学校でどんな生活をしたのか。
意外と運動神経が良いこと。
スケベでどうしようもない男子から好意を寄せられていること。
そんなことを話をしていると次第に打ち解けてきた。
「ところで,あなたたちは恋人とかはいないの? とっても人気がありそうだけど」
「そんな~。まあ,寄ってくる男がいないわけではないですけど,なんか同級生ってどこか子供っぽくて合わないっていうか,敬遠しちゃってるんです」
菜々美は急に口をはさんできた。なに偉そうなことを言ってるんだか。この間までぞっこんだった彼氏に好きな人が出来たって振られて泣きながらハンバーガ屋さんでずるずるシェイクと鼻水をすすっていたくせに。しかも,振られた理由が一緒にいて子供っぽくて恥ずかしく,恋愛対象として見られなくなったじゃなかったっけ。
「茜ちゃんはどうなの? あなた,彼氏いるでしょう? とってもきれいでまるでモデルみたいじゃない」
体を前に傾け,私の目をのぞき込むようにして聞いてきた。美月の母だ。この人は間違いなく美月と同じ遺伝子を持っているのだ。そんな当然のことを感じてしまうほどに,そっくりな印象を受けた。
近くで目が合うと本当に目の中に体が飛び込んでいきそうで,意志の強さを持って,芯が通った生き方をしてきた人がこのような目をするのだろう。我が子への愛情深い人だと思っていたけど,自分の道を修羅場を超えながら歩いてきたのだろうと勝手に背景を想像して,青臭い高校生が何を考えているんだと自分を笑った。
「あなたみたいな人は本当に周りに愛されて大変でしょうね。礼儀正しくて賢くて。相手を間違ってはいけないよ。賢くて優しくて,分別のある男の人と結ばれるべき。あなたはきっと幸せになるわ」
どうしてこんなに持ち上げられているのだろう。だけど,こんなにきれいで品のある女性に褒められることは素直に嬉しかった。
今まで自分を魅力的だと思ったことは一度もなく,汗臭いスポーツ女子としか周りにも捉えられないと思っていた。だけど,大人の魅力的な女性にこんなふうに言われると,舞い上がってしまう。
不意に大きな音をたてて扉が勢いよく開いた。
「お母さん!! いなくていいから家のことしなよ。茜も困ってんじゃん。邪魔だからあっち行って」
私のことをほめながら,これまでの恋愛歴について聞かれたままに応えていると美月がものすごい形相で入ってきた。間違いなく怒っているのだけれど,その表情すらかわいらしい。
まあまあ,私は楽しかったよとなだめたものの,腹の虫がおさまらないようだ。「いこう」といって,美月は階段に向かう引き戸を開き,自室へと向かった。私と菜々美は美月の母に会釈をして,美月の後を追った。
美月の母は目を細めて微笑んでいたが,なぜか顔には暗い影が差しているのを私は見逃さなかった。
居間に通された私たちは,そのまま美月の部屋に向かうのかと思っていたところ西洋絵画が飾られた来客用の部屋で弾力感のある革のソファの上に座ることとなった。
うちの布製の角の擦れたソファと,10年近く使っている小汚いクッションが置いてあるリビングとは大違いだ。それに,奥にはさらに広くて整ったリビングがあるに違いない。別世界に来たような心地がして自然と背筋が伸びた。
もう高校生だ。ただでさえ家にお邪魔するときは最低限のマナーと節度を意識するようになった。それでも高級感のあるインテリアに上質な家具が体に触れていると落ちくものも落ち着きようがない。高級な木材であしらわれているであろうローテーブルに並べられたジュースを手に取ることもできず,美月のお母さんの挨拶に硬い笑顔で愛想笑いをする以外のことは何もできなかった。肝心の美月は今部屋はいない。トイレにでも行ったのだろうか。早く戻ってきてほしい。
菜々美はというと,露骨に部屋に飾られているものやシャンデリアに目をやって「すげえ」と唸っていた。どうしてこうも無遠慮に人んちの物をじろじろと見れるのだろう。小学生か。
「美月は学校でどう? 学校の様子はいまいち話してくれないから分からないけれど,家に遊びに来てくれるような子がいると安心するわ。仲良くしてくれてありがとうね。あの子,高飛車でお高く留まっているところがあるでしょう。親としては,上手く友達付き合いが出来ているのか心配で心配で。でも,友達を連れてくるって聞いて安心したの。これからも仲良くしてあげてね。気の合う女友達として。・・・・・・何か変わったことはないかしら?」
お手洗いかどこかに向かった美月がいないからか,学校での様子をしきりに気にして聞きたい様子だった。美月が戻ってこないか心配しながら娘の様子を聞き出そうとする姿がうちの親と重なり,知らず知らずのうちに答えてあげたいという気持ちがわいてきた。私だったら嫌だし,きっと美月も嫌がるだろうけど,お母さん,心配しているから。
美月がどんな風に過ごしているか。
私たちが最近学校でどんな生活をしたのか。
意外と運動神経が良いこと。
スケベでどうしようもない男子から好意を寄せられていること。
そんなことを話をしていると次第に打ち解けてきた。
「ところで,あなたたちは恋人とかはいないの? とっても人気がありそうだけど」
「そんな~。まあ,寄ってくる男がいないわけではないですけど,なんか同級生ってどこか子供っぽくて合わないっていうか,敬遠しちゃってるんです」
菜々美は急に口をはさんできた。なに偉そうなことを言ってるんだか。この間までぞっこんだった彼氏に好きな人が出来たって振られて泣きながらハンバーガ屋さんでずるずるシェイクと鼻水をすすっていたくせに。しかも,振られた理由が一緒にいて子供っぽくて恥ずかしく,恋愛対象として見られなくなったじゃなかったっけ。
「茜ちゃんはどうなの? あなた,彼氏いるでしょう? とってもきれいでまるでモデルみたいじゃない」
体を前に傾け,私の目をのぞき込むようにして聞いてきた。美月の母だ。この人は間違いなく美月と同じ遺伝子を持っているのだ。そんな当然のことを感じてしまうほどに,そっくりな印象を受けた。
近くで目が合うと本当に目の中に体が飛び込んでいきそうで,意志の強さを持って,芯が通った生き方をしてきた人がこのような目をするのだろう。我が子への愛情深い人だと思っていたけど,自分の道を修羅場を超えながら歩いてきたのだろうと勝手に背景を想像して,青臭い高校生が何を考えているんだと自分を笑った。
「あなたみたいな人は本当に周りに愛されて大変でしょうね。礼儀正しくて賢くて。相手を間違ってはいけないよ。賢くて優しくて,分別のある男の人と結ばれるべき。あなたはきっと幸せになるわ」
どうしてこんなに持ち上げられているのだろう。だけど,こんなにきれいで品のある女性に褒められることは素直に嬉しかった。
今まで自分を魅力的だと思ったことは一度もなく,汗臭いスポーツ女子としか周りにも捉えられないと思っていた。だけど,大人の魅力的な女性にこんなふうに言われると,舞い上がってしまう。
不意に大きな音をたてて扉が勢いよく開いた。
「お母さん!! いなくていいから家のことしなよ。茜も困ってんじゃん。邪魔だからあっち行って」
私のことをほめながら,これまでの恋愛歴について聞かれたままに応えていると美月がものすごい形相で入ってきた。間違いなく怒っているのだけれど,その表情すらかわいらしい。
まあまあ,私は楽しかったよとなだめたものの,腹の虫がおさまらないようだ。「いこう」といって,美月は階段に向かう引き戸を開き,自室へと向かった。私と菜々美は美月の母に会釈をして,美月の後を追った。
美月の母は目を細めて微笑んでいたが,なぜか顔には暗い影が差しているのを私は見逃さなかった。
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