あなたが好きでもいいですか

文戸玲

シンデレラ城

 
 週末には集合時間を決めて美月の家の近くにある公園に集合した。私も菜々美も「お邪魔させてもらうなら手土産ぐらいはもっていきなさい」と親から言われ,それぞれ手荷物を手に提げていた。菜々美のお母さんは若いだけあって,駅前の新しくできた有名店のシュークリームと季節によって変わるタルトを菜々美に持たせていた。瀬戸内のレモンタルトを買ってきたということを聞いたが,名前を聞いただけでもよだれが出そうだ。うちはというと,店の近くにある名前も知らない和菓子屋さんにある最中だ。仏壇に供えるわけでもあるまいし,恥ずかしくて箱から出すのも情けない。
 公園から美月の家までの間にコンビニがある。そこで親から持たされたもの以外の自分たちが食べたいものを買おうということになった。閑静な住宅街にあるコンビニは町中にあるコンビニのように中高生や大学生がたまり場にしていたり,仕事中のサラリーマンが一服してこれから一仕事へ向かうための休憩場と化している雰囲気は一切なく,ごみ箱もきれいに管理されている。こんなところからも民度は現れてくるんだなと考えていると,異なる世界からやってきた低民度の少女がむやみやたらにジャンキーなものを手にしては葛藤している。

「あー,ダイエット中なのにカップラーメン食いたくなってきた! カップラーメンにするべきか,スナック菓子で我慢をするべきか・・・・・・どう思う?」
「いや,さすがに始めていく人んちで『お湯かしてください』っていう女の子が着たら我が子の友達付き合いを心配するけどな。素直にスナック菓子にしようよ」

私の言い分に納得した美月は「だよな!」と言って目に付くスナック菓子を買い物かごに入れていった。ポテトチップス,ポップコーン,カルパス,スルメイカなど,親父が喜びそうなものばかり箱に入れていく。
 すると,懐かしそうな顔をして美月が私にささやいた。

「あー,私が小さいころに食べさせてもらえなかったものばかりだ。ああういうのにすごく惹かれていたんだけど,うちの親,食べさせてくれなくて。その名残で,今でもあまりスナック菓子とか食べないからなんか嬉しい。なんか友達と遊んでるって感じ!」
「そうなの? それは愛されているんだろうね。うちなんて母ちゃんが率先して食べてるよ。そのくせ子どもの分があるわけではないから,盗み食いをしていたんだよ」

くすくす笑っている美月を見ていると濃き悪露が穏やかになるようだった。そうこうしていると,菜々美が会計を済ませていた。

 カーポートに止められた二台の車を横にして,そこそこの大きさの門がある。超有名芸能人の豪邸と言っては言いすぎなのかもしれないが,フルタイム共働きでそこそこの収入がある家庭でも建てれそうにない家なのは一目瞭然だから尻込みした。
 この家を目の前にして思った。美月の家は,かなり裕福で生まれからして違うのだろう。きっと,チャイムを鳴らして扉を開けるのは召使いのような品の良いおばさんで,部屋に上がるまでに大きな今と長い廊下と,広々とした階段が広がっているのだろう。美月の部屋なんて,私の家のリビングよりも広いに違いない。
 大豪邸へ足を踏み入れる緊張感と,期待を胸にして完全に浮足立っていた。ちらっと横目で菜々美を盗み見ると,カーポートに並ぶ外車と建物の大きさに圧倒されているようだった。

「なーに考えてんの? 何か勘違いしてない?」
「いや,すごい大きくてきれいな家に住んでいるんだね。私,駄菓子とか買ってきたけど恥ずかしくなってきた」
「ほんと,駐車場と庭でうちくらいの広さだよ。そしてこの車を売りに出したらそこにうちと同じ建物が建つ」


私と菜々美は豪邸を前にして圧倒され,見せつけられた生活の質の差に嘆息せずにはいられなかった。


「私も最初はびっくりした。だけど,意外と大したことはないんだって。家をハウスメーカーで建てるときに自由設計して希望した家を建てるみたいだけど,うちはそうじゃないみたい。建売っていうらしいんだけど,土地にハウスメーカーが設計した建物が建っていて,家づくりの参考にするのにお客さんが入って見学するんだって。それを購入したからかなり割安だったって言ってた。」
「なんだかよく分かんないけど,家政婦さんとか何人いるの?」
「そんなのいるわけないじゃない。なんだと思ってるの?」
「いじわるなおばあさんに掃除をさせられたり,洗い物を無理強いされて意地悪とかもされてない?」
「私はシンデレラか」

 門の前で立ち話をしていると気持ちが落ち着いてきた。そのタイミングを見越したかのように玄関の扉が開き,化粧っ気のない,だけど清潔で整った雰囲気を感じさせる女の人が出てきた。美月の母だろう。

「あら,いらっしゃい。友達を連れてくるって言っていたから楽しみにしていたわ。さあ,あがりなさい」

美月と血が色濃くつながっていることを感じさせるきれいな肌に,吸い込まれるような瞳だ。私のパパなら,参観日に鉢合わせたりしたら間違いなくぞっこんだろう。
 綺麗な母に迎えられて,再び緊張感をにじませながら玄関へと向かった。

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