あなたが好きでもいいですか

文戸玲

天使の素肌とふしだらな視線

 
 改めて,転校生の美月の横顔を気付かれないようにちらちらと見つめる。毛穴ひとつ見えない。その艶々の肌はまるでスケートリンクのようで,触れると滑らかに滑るのだろう。中学校では運動部に所属して体を動かしていたのだろうか。締まった体ではあるが,その身体は無理やりウエイトで鍛え上げたものではなく,長距離走などで時間をかけた柔軟性を感じさせるものだった。その首元からは鎖骨がきれいに浮き出ていて,無駄な脂肪分を一切感じさせない。
 上品な雰囲気を醸し出しながらも,どこか無防備でセクシーさを感じさせるところもある。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると,肩甲骨の筋肉を内側によせるように伸びをする。背中側に筋肉が寄せ集まるのとは対照に,胸の脂肪が張っている。何カップあるんだろう。無意識にそのふくらみを見てEカップはあるんじゃないかと想像した。あのウェストの細さで大きな胸をあんなに綺麗な顔立ちをする女の子に授けるとは,神様は不公平だ。天は二物を与えずとよく言うが,これで勉強が出来でもするなら二物どころではない。きっとどこに行ってもちやほやされて成功するのだろうな。
 あのアニメのような体つきと知りもしないこれからの彼女の成功を勝手に想像して羨ましさと少しの妬みを持て余している私とは対照に,美月は吞気にあくびをした。
 ん~~。という何でもない伸びの声。なぜだろう。美月が発すると下半身の血流が濁流の如く勢いを増すかのような感覚に襲われる。男子なんてもっと露骨に,ニュートン以前から知られていた物理の法則に抗うかのごとくに下半身が反応するのではないだろうか。その突起するであろう下半身を見ると,あのニュートンも見てはならぬものを見てしまったと例の如く舌をぺろりと出してしまうだろう。いや,舌を出したのは別の科学者だったか。そんなことはどうでもいい。
 再び肩甲骨を寄せる。声とともに,手のひらを前に向けるようにして耳の高さまで持ってくる。
そうして自然と肘が肩ごしの高さにまで上がってくる。力を入れて握ると折れてしまいそうなほど華奢な二の腕がブラウスから覗いている。その延長線上には,エアコンが効いているとはいっても汗がわずかににじんだ脇が覗ける。その脇を見ると,正しい生き方をしていないときに感じる胸の詰まるような背徳感に襲われた。私は見たのだ。見えてしまったのではない。その二つには地上と月ほどに大きな距離が開いている。美月が肘を型のラインにまで上げた時,物理の法則に従って舌に垂れ下がってくるだろうブラウスに期待を込めてその隙間を目線で覗きにいったのだ。そこには確実に私の抗いがたい意志があった。妖艶な脇のそのさらに深いところでは,あのきれいな膨らみを包む下着が姿を露わにしているのだろう。
 ふと視線を横にずらすと,不穏な動きとは言えぬものの明らかに美月にくぎ付けの男がいた。その表情もまたアニメに出てくようなスケベなお猿さんのように鼻の下をこれでもかと伸ばしている。美しいものを見て穏やかだった心はすぐに吹き飛んだ。


「あんのエロがっぱめっっっ!!!!」

放っておいたらあの鼻の下はブラジルの方まで下がっていくだろう。これ以上伸び用のないほどに伸縮性のある皮膚をぶら下げながら,顔の角度をわずかに傾け,その視線があの魅惑の穴にくぎ付けになっていることを私は見逃さなかった。スケベな顔というのはだいたい共通している。おそらく回り込んであいつの顔をまじまじと歯が目ることが出来たのなら,鼻はひくひくと興奮をエネルギーに形を変えて穴まで大小に大きさを変えているであろう。目はハートの形をしているならばかわいい方で,卑猥という言葉以外には当てはめようのない下がった目じりをしている。その目は決して人を正面から見据えるようなことはせず,必ず顔は下に向けながらも興味の向いたものに向けて視線だけはちらちらとそちらへと向く。そんな見方をしていると常人ならば視力を著しく低下するのが世の習わしだが,性欲を制御できないおばけのような彼らはその生物学的価値を保つために視力だけは衰えない。むしろその恐ろしいほどに良い視力をキープし続ける口実としてスケベな行いを「目の保養だ」とまで言ってのける。決して許すことはできない。
 怒髪衝天とはこの状況のためにある言葉だろう。先ほどのまでの自分のいやらしい親父臭い感情は棚に上げて,私の髪の毛は天井に達するほどに逆なでられた。きっとその時の私の匂いを嗅いだ人がいたら,「あれは加齢臭の頂点をいっていた」と長い間語り継がれていたであろう。タイミングが良ければかわいい女子高生の魅惑な部分をのぞき見してしまう親父や男子たちに共感ができたかもしれない。しかし,私に被害者意識を植え付けたあのエロがっぱの犯行とあらばどんな行動も凶悪犯罪になってしまう。そして,その犯行は必ず現行犯逮捕しなければならない。被害者をこれ以上増やしたくない。それは被害を受けたものにだけに芽生える切なる願いだ。
 怒りのままに足がエロがっぱの方向に向いた。私のミジンコほどの正義感は大きな山から噴出する粘度の高いマグマのように熱い怒りにより,その役目を果たすべく歩みを進めた。

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