キーメモリー【ホヤニス協会編】

ロヒサマ

最終話【やっと見付けた】

 そして翌日。僕達は今、大都市イヤーのグリンという街にいる。雄大な自然が広がり、唯一の湖がある街でもある。その湖が見える公園のベンチに座り、落ち着いた昼下がりを過ごしていた。
「色々あったわねん」
「本当にね。無事で何よりよ」
「僕なんて何か落ち着いてる事に落ち着かなくなっちゃってるよ」
 その時アイリスが空を指差した。
「ねぇビン!あれ見て!!龍だよ、龍!!」
 しかしアイリスの差した方向にそんなものは見当たらなかった。
「何処にもいないよ?」
「えーー!いたもん!青い龍がわーって飛んでたもん!」
「もしかしたら、空の青の濃淡でそう見えたのかもね」
「本当にいたもーん」
 アイリスは納得出来ない気持ちをブラブラさせた足に向けた。
「ねぇエリルちゃん。その記憶、やっぱり本当なのよねん?」
 エリルは眩しい青空を見つめ、静かに目を閉じる。
「えぇ。間違いないわ。この子は私の弟。ビン・フラグレンスよ」

 二時間前。僕達は泊まっている宿の部屋で、最後のキーメモリーを囲んでいた。
「ねぇエリル!早く飲もうよ!」
「そう急かしちゃ駄目よん。エリルちゃんのペースがあるんだからん」
 エリルは最後の記憶カプセル、ちょうどエリルが産まれて五歳くらいまでの父親の記憶を取り込もうとしている。少しだけ震える手でカプセルを持ち、水で流し込む。
「どう?どんな感じー?」
 エリルはしばらくすると、目を見開いた。そして真っ直ぐ僕の方を見つめた。
「あはは。何で私、忘れてたんだろう。こんな大事な人の事を」
 僕は何を言っているのか分からなかった。エリルは構わず話し続ける。
「あの家の庭で、キャッチボールしてるの。あなたったら遠くに投げちゃって、私が隣の家まで取りに行ったのよ。嫌いな食べ物はお皿の端に避けちゃうし、お母さんの言う事も全然効かない子だったわ」
 エリルは口を押さえて涙をぽろぽろ流す。そして身体をたたみ込んでしまった。
「一緒に買い物に行ったら迷子になるし、近所の女の子と喧嘩して泣いて帰ってくるし。本当にいつも、どうしようもない子だったわ。それでも私はあなたの事が大好きだった。世界に一人しかいない、大切な弟なんだもん」
 僕は話を理解した訳では無かった。しかし涙が止まらなかった。頭では無く、身体が、心がその言葉を受け止めている。キャンネルさんは何かを察知したのだろう、大粒の涙を溢す。
「エリルちゃん、もしかして」
「えぇ。今やっと思い出した。私の弟の名前は、ビン・フラグレンス」
「エリルとビンは本当の兄弟だったの?」
 アイリスに聞かれるが、僕も良く分からない。話が合わないところがいくつもある。とても信じられなかった。
「そんな。だって僕はその事を覚えてないんだよ?」
 エリルは深呼吸をする。落ち着こうと努力はしているが、涙を抑える事は叶わないようだ。それでも少しずつ話す。
「ビン。あなた、身体の何処かに、身に覚えのない傷とか痕とか、怪我とかはない?」
「あるとしたらこの右肩の痕くらいからかな。でも多分産まれた時からあると思う」
「それはね、交通事故の痕だと思うわ。私が五歳の時、家族でドライブをした。私がね、山の頂上に行きたいって言ったからなの。山登りも終わって、山頂から車で降りている途中、居眠り運転のトラックとぶつかった。その衝撃であなただけ車から弾き出されて、森の中へ消えて行った。相当な高さだったから、命は無いと誰もが思ったわ。でも私達家族は何日もあなたを探した。でも見付かったのは、あなたの履いていた靴だけだった」
「僕の小さい時の記憶が無いのは、記憶を抜かれたからじゃなくって、事故の後遺症だったの?」
「そうだと思う。三日三晩探したけどビンは何処にもいなかった。でも私だけはずっとその森から離れなかった。絶対見つけてやるんだって。まだ弟は生きてるんだって信じて。そのまま私おかしくなったの。ビンがいなくなったショックで奇声を発したり、髪の毛を抜いたり、自分を傷付けたりしてた。見兼ねたお父さんが…私の中のビンの記憶を抜き取ったの」
「そんな…」
 エリルは僕を抱きしめた。
「生きててくれてありがとう。やっと見付けたわ」
「エリルは…お姉ちゃん、なの?」
 僕は口では反論を試みていたけど、不思議とエリルの話は納得していた。何よりどこか懐かしいと感じるこの暖かさは、僕の頬を濡らすのに充分過ぎるほどの証拠を示していた。

 そして今、外の空気を吸いに散歩をしていたんだ。
「まさかビンとエリルが本当の家族だったなんてビックリだよ!」
「そうね。私が《千里眼》を探していたのは、もしかしたら心のどこかでビンを探したいと思っていたからなのかも」
「これを運命と言わずに、何を運命と言うのかしらん」
「そうだね。でもだからと言って、この関係は結局変わらなかったんだよ。きっと」

 そうなんだ。エリルが記憶を取り戻したからと言って、僕達が家族である事のほんの少しの後押しでしかなかった。
 僕が踏み出した最初の一歩は、決して良い行いとは言えないものだった。でも結果として、こうして家族と過ごすこれからを見出した。大事なのは、良いか悪いかでは無い。最初の一歩を踏み出せるかどうかなんだ。後は自分が歩んだ道を、どう捉えるかだけ。今をどう大切にするかだけだ。僕は心から、この記憶を大切にしようと思う。これまでも、これからも。
                                                   終

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