キーメモリー【ホヤニス協会編】

ロヒサマ

25【急な最終決戦】

「彼と出会ったのは何年も前の事でした。二人とも当時はホヤニス協会員として、与えられた仕事をこなす毎日でした。そして仲良くなり遂には籍を入れました。そして当時当主であったベイックが、夫を何かの実験台として選びました。実験が終わってシナオカが家に帰って来た時、顔が全く無くなっていました。その時に《闇の使い魔》の記憶を入れられていたのです」
「何でベイックは貴重な古来種を自分ではなく他人に?」
「それは何故かは分かりません。ベイックはその後シナオカに当主の座を譲渡し、どこかへと消えて行きました。そして夫は、俺の醜い顔を見るなと私の目を奪いました。後悔した夫は、私に《予知夢》と《心眼》の超常種を埋め込みました」
「それで私達の動きが先回りされていたのねん」
「その通りです。そして私の《予知夢》は三日先の出来事を見る事が出来ます。そして昨日、恐ろしい夢を見たのです。それは、この国が滅びるというものでした」
「まさか、人外化計画が早まったのか?」
「はい。人外化計画は昨日初めて知りました。ずっと隠していたのでしょう。ですがこの国を滅ぼしたのはシナオカ本人なのです。夫は薬を飲み水に混ぜた後、地上へと向かいます。そして全てを闇に葬りました。物も、動物も、人間も、一人を除いた全ての命を」
「その除かれた一人は誰なのかしら」
「それはベイックです。彼は夫の力を盗み取り、その場で夫を殺します。さらにその日の内に、この地球上の生物を全て根絶やしにします。《闇の使い魔》はこの世にあってはいけない力なのです」
「つまり、自分の旦那を殺せば全てが解決すると言う事ですか?」
「はい。私は今まで夫の恐怖と共に過ごして来ました。いつ殺されてもおかしくない。だから命令は聞いていました。ですがこのままでは、この地球ごと無くなります。取り返しが付かなくなるのです。ですからどうか」
 シナメは懐から透明の袋に入ったカプセルを取り出した。最後の一つの記憶。間違いなく一番と書かれている。
「それは、キーメモリー!?」
「はい。もし見付けてからだと話すら聞いてもらえないと考えた上で、申し訳ないのですが先に掘り起こしました」
 そしてシナメが袋をエリルに渡そうとしたその時、懐に入れ直してしまった。
「どういうつもりなの?」
 シナメの顔が青ざめていく。どうやら様子が変だ。
「夫に見付かりました。早く逃げて下さ…」
 言い終わる前に意識を失い倒れる。そして黒い円が地面に現れた。
「ワープだ!僕達も一緒に!」
 シナメが落ち始めると円も小さくなってきた。それに最速で気付いたのはアイリスだった。彼女は寸前で黒い円に入り込む。そしてキャンネルさんが叫ぶ。
「すぐに《ドッペルゲンガー》を!」
 アイリスは頷き、そして闇の中へ消えて行った。

 僕はすぐに《千里眼》でアイリスを見た。その時には既に五人のアイリスがいた。
「キャンネルさん、アイリスが《ドッペルゲンガー》を使っています。どうしたら良いですか?」
「任せてねん。本当にナイスタイミングよん。アイリスちゃんじゃ無かったら詰んでいたわん」
 キャンネルさんは《交換所》を使った。瞬時に僕達の身体はアイリスの《ドッペルゲンガー》と入れ替わった。そこは半径数百メートルはある巨大な円形の部屋だった。そして目の前には、顔の無い男がシナメを、自分の妻の首を掴んでいた。
「何をこそこそとしているかと思えば、俺を殺すだってな。ふざけやがって」
 シナオカは掴んだ手を思いっ切り爆破させた。シナメの身体は人形のように地面へ落ち、関節はあり得ない方向に曲がっている。正真正銘、僕達の目の前で自分の妻を…殺した。エリルの風が広い部屋に吹き荒れる。怒り以外の何も感じないほど、その風には強く怒りを含んでいる。しかし居心地は全く悪くなかった。全員が同じ気持ちで立っていたから。
「何で。奥さんじゃなかったの?」
「はっ。そんな事知ったこっちゃないね。そんな記憶は捨てちまったさ。記憶と言えばお前達は、このカプセルを探してるんだっけか」
 シナメの懐からキーメモリーを取り出した。そしてそれを、握り潰した。その瞬間吹き荒れる風が嵐へと変わった。
「お前は…人の命を、人の記憶を、何だと思ってるんだ!!!!!!!!!!!」
 エリルは猛スピードでシナオカに詰め寄った。それに続き五人に増えたアイリスが走る。
「『風爆円陣』!」
「『豪雨』!」
 無数の風の大爆発と無数の強烈な黒い矢の雨がシナオカを捉える。全て的中するが、傷一つ付いていない。まさか吸収をしたのだろうか。だとしてもあり得ない。そんな力があるなんて。
「命?記憶?そんなものゴミと一緒だよ」
 シナオカが腕を伸ばすと、地面が爆発した。一気に足場が無くなる。これは、シナチクが使っていた《爆弾魔》か。さらに空気の中に閉じ込められたように動けなくなった。シナナハの《空気操作》だ。まさか、四大側近の全ての能力を使えるのか?!
「あー、違うよ坊主。俺がオリジナルの方だ」
 心の声を読まれた。これは《心眼》?
「その通りだ。顔が無くたって喋れるし、聞こえるし、見えるし、呼吸も出来る。お前達で敵う相手じゃないんだよ」
 シナオカが指を鳴らす素振りを見せた。《絶対音感》を先に使われたら全員お終いだ。すぐに《解錠の理》を全員の心に施す。
「何だよ。戦い慣れて来てんじゃねぇか。そりゃあいつらじゃ敵わなねぇわな。能力の相性ってもんもある。んじゃ折角だから、古来種のお披露目だ」
 空中に数十の黒い円が現れ、その中から人が出て来た。辺りを見渡す人々は、状況把握が出来ていない。そしてシナオカから黒い針のようなものが現れ、人々に突き刺さる。すると煙を出して苦しみだした。
「こいつらはイヤーに住む住人だ。お前達に手が出せるのかな」
 住人達は程なくして獣の姿へと変わる。ある人は犬のようで、またある人はゴリラのように、それぞれ違う動物になる。
「その人達は関係ないじゃないか!」
「あるよ。大有りだ。全て俺が国を動かしている。国民は一人残らず俺の下僕だ」
 襲いかかる獣達。アイリスは避ける事しか出来ない。キャンネルさんは自分の身を、《交換所》を使い先程の爆発で出たそこら辺に転がる瓦礫と位置を入れ替えながら凌ぐ。僕は避けるので精一杯だ。
「アイリス!もう迷っちゃ駄目!」
 そんな中、エリルは獣の首を落として回る。
「これを逃したら、全ての国民がこうなるのよ。私情は後回しに!」
 アイリスはその場で立ちすくんだ。震える拳が葛藤を物語る。そして手が緩み、呆然と佇む。もう目の前に獣は迫っている。牙がアイリスの首元を捉えた瞬間、黒く光る炎が部屋を駆け巡る。そして全ての人外種となった住人は、焼き尽くされた。
「せめて、燃やしてあげなきゃ」
 アイリスはシナオカを睨む。その目はシナチクへ向けられた時の怒りや復讐とは違い、見下したように冷やかだった。
「お前はここで、燃やし尽くすよ。『黒煙』」
 黒い炎の煙がシナオカを包んだ。そしてその煙が勢い良く収縮する。
「押し潰れろ。『幕引』」
 その煙はシナオカをどんどん小さくしていく。まるでブラックホールを間近で見ているようだ。だがアイリスは叫ぶ。
「エリル!」
「分かってるわ。『鎌鼬円陣』」
 無数の風の刃が叩き込まれる。しかしその煙は内側から爆破され、シナオカは元の大きさに戻った。
「そう言う事ねん。吸収した力を溜め込んでいて、それを発散させる事で相殺したわねん」
「だったらいくら攻撃しても無駄じゃないか!」
 シナオカは服をポンポンと叩き余裕を見せる。
「まぁそんなところだ。分かっただろ。無意味なんだよ」
 何か方法は無いのか。最善の一手、逆転の一撃は。
「んじゃもう良いか?時間が惜しいんでな」
 僕達四人は足元の小さいワープに吸い込まれ、足首だけ地面に固定されて動かなくなった。そしてシナオカは掌に黒い球体を作り出す。それを地面に近づけると、その箇所が抉り取られた。いや、存在が無くなったかのようだった。
「触れたらお終い。もう戻って来ないさ。ほらよ」
 球体を投げる前にアイリスは炎の壁を、エリルは風の壁を作り出す。しかしそれすら通り抜け、エリルに向かって行く。
「キャンネルさん、《交換所》を!」
「駄目だわん。間に合わない」
 エリルに球体が当たるか当たらないかの僅かな時間、目を閉じてしまった。そして次に目を開けた時、異様な光景が目に入る。そこには翼の生えたエリルが宙を舞っていた。

「エリル?」
「『風の翼』よ。もうこれ以上は進ませない」
 エリルが翼が羽ばたかせると足元の地面ごと崩壊し、僕達は動けるようになった。宙に浮かぶ彼女は、控えめに言って天使のように見えた。シナオカが黒い球体を複数投げつける。しかし羽の動きと共に起こる風は、物凄い風圧で球体を全て吹き返した。
 指を鳴らそうとするシナオカを見て、僕は全員に《解錠の理》を使う。シナミミよりの時よりも早く反応出来ている。しかしこれは僕の成長と言うより、シナオカが能力を使うまでの時間が僅かに遅い。恐らくたくさんの能力があるが故に、持て余しているのだ。
「エリル!シナオカは自分の能力以外使い慣れていない!《闇の使い魔》だけに集中するんだ!」
「分かったわ」
 エリルは翼を広げ、無数の風の羽を飛ばした。そこにアイリスが黒い炎を纏い攻める。羽はアイリスを避けシナオカの身体に突き刺さる。そしてアイリスは体勢を低くし、シナオカの足元に黒い炎を置く。
「『黒柱』!!」
 すると地面から大きな炎が上がる。すぐに避けられるが、炎は空中で重力を取り戻したようにシナオカを追う。しかしその炎は全て吸収された。
「はっはっは。痛くも痒くもないな。次はこちらの番で良いよな?」
 シナオカは地面を蹴り、突進して来た。エリルに向かうがそれはヒラリと避けられる。しかしその勢いで、さっきより数段大きい球体を僕とキャンネルさんに投げる。《交換所》の力で逃げられたが、すぐにこちらへ向かって走って来た。反応したアイリスが『黒柱』を打ち、僕とシナオカの導線を断ち切る。背後からエリルの羽が突き刺さるが、奴の身体に吸い込まれてしまう。
「駄目だ!切りがないよ」

「まだまだ終わらないんだな、これが」
 シナオカは数十のワープホールを作り出す。しかしエリルは風圧でそれを消し飛ばした。
「させないわ」
 アイリスが隙を見て背後から強烈な蹴りを入れた。その蹴りはシナオカの身体をすり抜けた。そしてアイリスの右脚が無くなっている。すり抜けたんじゃない。足を吸収されたんだ。
 バランスを崩し倒れるアイリス。血は出ていない。恐らく存在ごと吸収されたのだ。
「『風鈴』」
 すぐにアイリスを自分の後ろへ移動させるエリル。しかしその機を逃さなかったシナオカは、僕の下半身と、キャンネルさんの身体右半分を吸収した。倒れ込むキャンネルさん。そして僕もアイリスも動けない。アイリスは黒い炎を放つが、それも全て吸収されてしまった。三人がやられた。実質シナオカとエリルの一対一になってしまったのだ。
「もうそろそろお終いの時間みたいだな」
 シナオカは自分の身体に右手を差し込んだ。すると三倍ほどの大きさになり、湧き上がる闇を纏った。吸収した力を変換したのだ。その存在感と立ち振る舞いは、狂気を感じさせる。僕は心が折れそうになった。しかしエリルの鋭い目は、シナオカを捉えて離さなかった。

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