神様、ごめんね

ロヒサマ

第十九話【豪邸との出会い】

 教室に戻ると、机に向かい勉強を進める二人がいた。山下は、澄ました顔で勉強をしている。ヤバイ、まともに顔が見れない。
「先輩、立ったままどうしたんですか? トイレ長かったですね。何か分からない問題とかがあれば言ってくださいね」
 田中は屋上の事を知らないフリを通してくれるようだ。会うたび思うが、ここぞという時にうまく空気を察してくれる。
「あぁ、ここの数式がいまいち分からなくて」
 席に着きながら、質問するフリしてチラチラ山下を見る。何だかさっきの出来事が夢だったのかと思うくらい、冷静そうだった。俺はいったいどうすれば良いんだ。こんなんじゃ勉強に手が付かない。そんなこんなで、意識がチラつきながら夕方になってしまった。

「…ぱい、先輩? 聞こえてますか?」
 俺は考え事に夢中で田中の話を全く聞いていなかった。
「あぁ、悪い。で、ここの英文を何て訳すんだっけ?」
「もぉ、今は古文ですよ。先輩から言ったのに」
「ごめんごめん」
 久しぶりに山下が口を開く。俺の方に向き直り、脚を組む。
「まったく、ちゃんと勉強しろって言う割にはあんたが抜けてちゃ説得力ないじゃい」
「悪かったな」
「まぁまぁ二人とも。そうだ、ちょっと気分転換にコンビニに行きますか?」
 流石に気を使わせ過ぎてる。時間だってタダじゃないんだし、こいつらに迷惑かけるのも良くない。第一一人で考える時間が、まずは欲しい。俺は急遽家に帰る作戦を遂行した。
「いや、そうだ。そう言えば今日は家の用事で、そろそろ帰らなきゃ」
 田中が不思議そうに答えた。
「あれ、今日は両親とも出張でいないから、門限ないって言ってませんでしたっけ?」
 くぅ、そうだった。こんな時は素直に聞いてきちゃうんだな田中よ。すると山下の耳が二倍ほど大きくなった気がした。俺は嫌な予感しかしない。その予想はしっかりと当たっていた。
「じゃさ、気分転換も含め、このままこいつん家でお泊り勉強会しましょうよ」
「な!」
 それだけは止めなくては。万が一俺の部屋に入られたら、あんな物やこんな物を隠してる時間はないぞ。それにこの状況で招き入れたら、俺の頭の理解度数は修復不可能になる可能性が高い。
「ダメダメ、ダメだ! いや、なんというか、流石に美人高校生を家に連れ込むなんて、出来ないし。それにほら、服だって着替えなきゃだろ。色々女子は大変だからな」
「それもそうね」
 納得した様子の山下を見て安心した。のだが、彼女の諦めはそんじょそこらの代物ではないらしい。
「よし、じゃあウチにしましょう!ウチなら美徳実のサイズの服とか諸々あるし、男性物も確かちょっとあったはずだし」
「いや、いや、流石に男女同じ部屋ってのは良くないだろ」
「大丈夫よ、私の家結構広いから。空いてる寝室なら二、三室あるわ」
「で、でも」
 俺は必死に抵抗するが、それを軽々と超えてくる設備の良さ。そうだった。こいつの家はお金持ちらしい。それにしても使ってない寝室がそんなにあるなんて、どんな豪邸だよ。
「じゃぁ決まりね。早速行きましょう!」
 結局断りも出来ず、こうして俺達は、お泊り勉強会へと向かった。

「ここよ」
 そう言って指差された方向を見ると、想像を超えた大豪邸が現れた。門を開けて玄関までどんだけ歩くんだ。横目に見る広い庭は綺麗に整備されていた。
「マジで自宅かよ。校舎くらいのデカさじゃねぇか。掃除とかどうしてんだ?」
「こんな広くっても持て余してるだけよ。メイドさん達が色々やってくれてる。それでも二人で住むには、あ…何でもない」
 おばあちゃんと二人暮らしと言いかけたのだろう。多分この話を知っているのは田中だけだと思う。そして思われている。俺は何も突っ込ないよう、聞こえてないフリをした。
「とにかく、学校の男の子を入れるのは初めてなんだから、変な事はしないでよ!」
「変な事って何だよ」
 そんな会話の中やっと玄関まで着くと、扉が自動で開いた、と思ったがタイミング良く開けてくれただけだった。

「おやおや、いらっしゃいませ。私は一美の祖母の清美と申します。今日は大切なご友人が来るから丁重にと一美から言われておりますので、さ、どうぞどうぞ」
「ちょ、大切だなんて言ってないでしょ」
「何を言うのかい一美。友達はみな大切じゃろうに」
「もぉ」
 あの山下がタジタジになっている。このおばあ様、やり手だ。玄関に入ると早速驚いた。玄関だけで俺の部屋くらいある。靴を脱ぐとそこには二手に分かれ階段がある。天井は吹き抜けで、シャンデリアが飾ってあり、映画の中でしか見た事ない世界。本物のお嬢様だ。
「いかがでしょう。先に皆様お風呂に入られては。浴室はちょうど三つありますので、各自でお使いくださいな」
 お風呂が三つ。新しい概念だ。もう何が出て来ても驚かなそうだな。言われるままに案内された浴室へ向かった。

 俺は風呂から上がると、脱衣所にパジャマやら下着やらが綺麗に置かれていた。なぜ男性物があるかなんてもう気にならない。そういう世界なんだ。
 廊下に出ると、田中が立っていた。風呂上がりで少し火照った感じと、まだ見慣れないメガネ姿。それに良い匂いがして、ドキっとした。何よりあの夜を思い出してしまう。妄想にふけっていると、田中はモジモジしながら聞いてきた。
「一美ちゃん、屋上で何か言ってました?」
 両手の指をツンツンしながら、上目遣いで聞く姿が何とも可愛い。山下といるとたぶん、色んな意味でそっちに目が行くのだろうが田中は田中で充分過ぎるほど可愛いと思う。って違う違う。今はそんな話じゃなかった。
「あぁ、お互い謝った感じだな」
 改めて告白された事は言えなかった。言っちゃいけない気がした。
「そうなんですね。良かった。一美ちゃんの事だから、改めてちゃんと自分の気持ちを伝えたんじゃないかって思ってたんです」
 う、この子は鋭いとかじゃなく、山下の事を知り過ぎているんだと思う。あんな事があれば、そりゃそうだ。深い絆で結ばれているのだろう。
「お、おぉ。予想外れたな」
 俺は鳴らない口笛を吹いた。
「一美ちゃんの事は精一杯応援したいと思ってるんです。でも私、今のこの感じも好きで。もし付き合ったら、先輩が遠くなっちゃう気がして。それはちょっと嫌かな、ってお風呂で考えてたんです。私の良いとこを見つけてくれたのは、先輩が初めてだったから」
 改めて大事な事を言うような面持ちで続ける。田中の緊張がこちらにも伝わってくる。思わず息を飲んだ。
「えっと、ですね。実は私も、先輩の事が」
 その時田中の電話が鳴った。ひぃゃあ、と変な声をあげて、田中はワタワタと電話を取る。
『美徳実、お風呂上がった? 晩御飯用意してあるから食堂で待ってるわね』
 うん、分かった、と電話を切る田中は、深い溜息をついた。
「あ、一美ちゃんから。ご飯あるから食堂来てって」
 しかし家の中で携帯使わなきゃいけないって、どんだけ広いんだよ。しかも食堂て。ここまでくると感覚が狂ってしまう。
「そうか。腹も減ってるし、有難くいただこうぜ。あ、でも今何か言いたそうだったけど」
 俺が話を続けようとすると、田中は風呂上がりとは関係ないだろう色で顔を赤らめた。
「な、何でもないです!」
 そう言うと足早に去ってしまった。田中、あんなに早く走れるんだ。というか。
「…俺、食堂の場所知らないんだけど」

 軽く迷いながらも、俺は晩御飯にありつけた。言うまでもないが、豪華な食卓だった。まず前菜から始まる時点で恐れ慄いた。とにかくテーブルが大きく、普通の二倍の声で喋らなくてはいけない。
 ご飯を済まし、俺達はリビングで勉強をした。そして遅くなって来たので、続きは明日に持ち越すことになった。用意された部屋に入り、ベットに倒れこむ。ここ一週間、激変だ。学校一の美少女からの告白って、どんな主人公設定だよ。色々思い返していたら日付が変わっていた。欠伸をしながらうとうとする。今日はゆっくり休もう。俺は掛け布団を頭までかぶり、ゆっくりと眠った。

 窓から差し込む月明かりからして二時頃だろうか。俺は布団がもぞもぞする感覚を覚え、薄っすらと目を開けた。するとそこには、四つん這いで俺に覆い被さる女の顔が見えた。一瞬幽霊かと思ってビビったが、俺はその後もっとビビった。
「山下!?」

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