神様、ごめんね

ロヒサマ

第十二話【初恋との出会い】

 よし、落ち着こう。大丈夫、俺はできる男だ。女子の部屋に、と言ってもホテルの一室だが、入るなんて小学生の時以来だ。あの時は気兼ねなく遊んでいたのに、いつの間に変わってしまったんだろう。
 どうぞ、と差し出された椅子に座る。田中はベットにちょこんと腰掛けた。色々目移りしてしまう。化粧ポーチ、書きかけのノート、ハンガーにかかった制服。どれも簡易的とはいえ、ちゃんと女子の部屋だ。とにかく何か喋るんだ。
「化粧とかするんだな、意外だ」
「あ、あんまり見ないで下さい。一美ちゃんお化粧詳しいから、私もやってみようかなって最近思ってて。    休みの日とかに一緒に練習してるんです。普段は全然してなくて」
「そうなんだ。まぁそのままでも肌綺麗そうだし、良いんじゃない」
「うぅ、なかなか複雑な気持ちですよ、それ」
「え、なんかごめん。あ、これは? 何書いてたの?」
 ノートに手を伸ばそうとした時、猫のごとく素早い影が動く。瞬時にノートは田中の手元に移動する。予想外の動きに俺は面食らった。
「これはダメです。まだ書き途中なんで」
「何書いてるの?」
「これは、その。恥ずかしいので言えません!」
「良いじゃん、教えてよ。ヒントだけでも。映画の台本でも、恋愛ソングの歌詞とかでも、何書いてても笑わないから」
 田中は、あわわと言って目をそらす。あれ、もしかして本当にそんな内容? ってことは映画の台本なのかな。それは興味ある。あのブログの作者の台本なら、きっと面白いだろうと思う。

「見たんですか?」
「いや、見てない見てない。まさか当たるなんて。どちっちなの?」
「その、りょ、両方です」
 ノートで顔を隠す姿が乙女チックだ。そして何より恋愛ソングなんて田中から想像出来なかった。中が気になるけど、深掘りしない方が良いのかな。どんな感じなんだろう。きっと優しい内容だと思う。勝手な想像だけど。とりあえずコーラを飲む。意識しない意識しない、と自分に言い聞かせながら。すると田中は話し始めた。
「私、小さい頃から映画が好きで、その影響でアニメとかドラマも好きなんです。と言っても元々アニメが好きで、初めて見たのもそのアニメの映画でした」
「何の映画だったの?」
「〈パチモンアドベンチャー〉っていう男の子が見るやつなんです」
「知ってる、見てた見てた。懐かしいなー。俺ゲームも持ってたよ」
「私もやってました! なかなか好きな〈パチモン〉に進化しないんですよね。そういえば映画版だと制作が違うんですよ」
 田中はその映画を語る。やっぱり映画を話す時のこいつは空を舞う鳥のように活き活きしている。細かい表現方法だとか、挿入歌の歌詞の素晴らしさとか、コマ割りの上手さだとか、全然分からないけどさ。俺は話の内容より、楽しそうに話す姿に聞き応えを感じた。

「私、ちょっとトイレ行ってきます」
 しばらく話した後、田中は座ってたベットから体操選手のようにスタっと立ち上がりトイレに行った。その反動でベットの上にあったノートが床へ落ち、バサっとページがめくれる。拾い上げて戻そうとした時、たまたま目に入ったのは、小さく綺麗な文字で書かれた歌詞だった。偶然にも俺は魔が差したのか、躊躇しながらもその歌詞を読み始めてしまった。

 《届かない気持ちでも 叶わない想いでも
 私の中に感じたことは 確かにここにある
 すぐそこにいるのに あなたは遠く離れていく
 後を追いかける勇気もなくって

 ただ取り繕うことしか出来ない

 悔しくって 後悔したって
 あの時は そこに置いたまま

 自分につく嘘が こんなに辛いなんて知らなかった
 素直になれてたら どんなに楽だったろう
 思わせぶりなことは 言わないで
 明日もあなたに 会うのだから

 ありふれた言葉でも ささやかな台詞でも
 あなたの優しい声が今 心の中にある
 楽しかった時間 振り返る時はいつでも
 我慢してた感情も一緒なんだ

 ただ眺めていることしか出来ない

 嬉しくって 空振りしたって
 誇らしく そこに咲いた花

 あなたの横顔が こんなに愛おしいと知らなかった
 明日に慣れてたら 胸の音は鳴っただろう
 積み重ねた日々には 罪はない
 頭に浮かんで 消える願い

 自分につく嘘が こんなに辛いなんて知らなかった
 素直になれてたら どんなに楽だったろう
 思わせぶりなことは 言わないで
 明日もあなたに 会うのだから》

「あ、先輩!ノート勝手に見ちゃ駄目ですよー」
 慌てて奪いに来た田中からノートを取られた俺の手は、力なく固まっていた。思い出してしまったんだ。初めて恋をして、結局何も出来なかった自分と、傷つきたくない一心で逃げていた自分を。
「先輩?」
 俺の耳元で優しい声が聞こえた。その声をかけられた瞬間、涙が一筋頬を伝う。心配そうに顔を覗き込まれるが、今は何故か動かなかった。この歌詞を書いた本人に心を見透かされたようで、そして分かってくれたようで。
「俺、誰かの歌詞で泣いたの、初めてかも」
 直接は見れなかったが、田中はきっと、優しい顔をしていたのだろう。頭にポンっと、乗せてくれた手は、とても暖かかった。

「見られちゃったら仕方ないです。恥ずかしいけど、これが私の作った物だから。これですね、映画の台本を考えてる時に、挿入歌はこんな感じが良いなって考えて書いてたやつなんです」
 彼女は気を使って話続けてくれた。その思いやりの気持ちを持つには、きっといくつも乗り越えた壁があったのだと、そう思わせる話し方だった。
「私の初恋の時を思い返してみて、あぁ、こんな気持ちだったなって。その時は言葉に出来なかったけど、今なら思ってた事を表現出来るんじゃないかなと思ってたんですが、なかなか難しいです。才能ないみたいで」
 俺は顔を上げ、田中の両肩を掴んだ。胸の熱くなる感じは、頭の中の素直な言葉を伝えようとしている。
「あるよ、才能あるよ! 俺もあの時、同じような気持ちだった。切なくて、自分の中だけに隠してた。でもなんか、誰にも分かってもらえないと思ってた事に気付いてくれた感じがした」
「先輩、ちょっと痛いです」
「あ、ごめん」
 熱が入り過ぎて、強く握り過ぎてしまった手を離す。頬を拭き、田中を見ると、思った通りの優しい顔をしていた。

「先輩の初恋って、いつだったんですか?」
「小学六年の時。クラスの学級委員長が好きだった。みんなに優しくて、強い芯があって、眩しかったのを覚えてるよ」
「告白はしたんですか?」
 田中はキラキラした目で聞いてきた。女子の恋バナ好きはいつでも花咲くらしい。
「してないよ。中学の時も同じ学校で、クラスのやつと付き合ってたんだ。気持ちは伝えず終い。と言っても、伝えられる勇気もなかったんだけどね。ちなみに高校も同じで、しかも今は同じクラスでまた学級委員長やってるんだ。どんだけ腐れ縁だよって感じだよ」
「それ凄いですね。その、えと。今でも、好きなんですか?」
「いや、もうそんな感じじゃないかな。仲の良い友達だよ」
 何故か田中は胸を撫で下ろしたようだった。
「田中の初恋はいつ?」
「私は小学三年の時でした。隣の席に座ってた男の子。勉強は出来ないんだけど、いつも問題に答えて間違えたり。喧嘩してる友達を仲直りさせたり。元気で明るくて面白い人でした」
「そうか。そんな感じの人がタイプなの?」
 田中は腕を組み、しばらく考えた。そして出した答えは的を得ていた。
「好きになった人がタイプです!」

 俺たちはその時頭に浮かんだ適当な会話をしばらく楽しんだ。俺は健二が鹿に襲われてたり、昼ご飯の内容だったり。田中は飛行機の搭乗口まで迷ってたり、おばあちゃんと話したことだったり。何気ない日常を共有しあった。気付くと深夜一時を回っていた。
「もうこんな時間だ。助けてくれてありがとな。もう明日帰るのか?」
「はい。明日は念のため学校を休みにしているので、一日ゆっくりしようと思ってます」
「そうか。じゃ俺はそろそろ行くわ」
 ドアの前まで来て、言いたい事があることを思い出した。本当はこの時間が凄い楽しかった。初恋の事とか、歌詞の話とか、田中を知れて良かった事を言いたかった。でも気恥ずかしくなった俺は違う言葉を出した。
「また歌詞とか台本できたら見せてくれよ。楽しみにしてる」
 田中は満面の笑みで答えてくれた。
「はい! おやすみなさい、先輩」
 おやすみ、と返し、俺はこっそりと部屋に戻った。

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