いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

フリダシ二モドル



「いやー,楽しかった。飲んでもないのにあんなに楽しい居酒屋は初めてだね」
「笑い事じゃないよ。今度こそ運命の人だと思ったのに・・・・・・。はあ,終わっちゃった私の冬の恋」
「なによ別にそうしょげてもないくせに。まあ,振出しに戻るってやつだね。クラブにでも行く?」
「いいね,でもまずは腹ごしらえだよ。どこか適当な店に入ろう」
「よし,じゃあ景気づけに焼肉だな」

 夏妃はこの人生で起こる全てのことがさも愉快なことでもあるかのように楽しんでいた。私は彼女の天真爛漫で自由奔放な生き方に幾度となく救われ,考え方にゆとりが持てるようになった。きっと,人生とはそう肩ひじ張って力いっぱい生きるものじゃなくて,行き当たりばったりの旅のようなものだ。全てのことは予測不可能。信頼を置いていた人に裏切られることがあれば,知らず知らずのうちに相手を深く傷つけることもある。そうやって私たちは,人を傷つけ,傷つけられ,強く生きていく。

「私さ,ほんと夏妃には感謝しているんだ。前の旦那と離婚したときなんか,もう生きていてもろくでもないなんて思っていたからね。もちろん自殺とかそんな大仰なことは考えていなかったよ。でも,男なんかくそくらえ,ずっと一人で生きていくだなんてかっこつけてつまらない生き方をするところだった」

 白い息を吐きながら,夏妃は目をぱちくりさせながら私の目を見ている。その目には吸い込まれそうな力がある。ふとその目が細くなり,目尻にしわが寄った。

「よし,姉妹。じゃあ私がこれから何を言っても怒らない?」
「今さら何を言って怒らそうっていうの。しばらくは何にも起こる気力なんてないし,これ以上どんなカオスな状況があるっていうの? 今日ほどのことはもうないわ」

 夏妃の顔を見ながら悲劇のヒロインを気取って語っていると,彼女の口元が徐々に緩んできた。
 まずい,そう直感が訴えている。夏妃の子の笑顔,不吉なことの予兆だ。いったい,私はこれからどうなるというのだ。これ以上の混沌とした世界がこの世に存在するのか。どうなる,私!
 頭の中で煽るようなナレーションを止めることが出来ずに苦しみながら夏妃の方を見ると,とうとう彼女は口を開いた。

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