いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

コーヒーカップと腕


「お待たせしました」

 私の前に深い香りのコーヒーが置かれた。
 白色をベースに口元が金色で縁取られた高級感のあるカップを眺め、口元へと運んだ。引き立ての豆の香りが鼻を通ってきて心を穏やかにさせる。口に含んで味を確かめるようにして飲むと,ほんのりとした苦みの中に深みが感じられた。

「とってもおいしい。どこの豆ですか?」

 聞いた後で,そもそも豆にそんなに詳しくないのにどうするんだと思ったが,覚えておけば同じ豆を買えるかも知れない。

「それが,実はブレンドらしいんですけど教えて貰えなくて。うちのバーの一階が喫茶店になっているのはご存じですか? あそこでブレンドコーヒーの豆を買っているんです。店主はくせ者ですけど,かなりのこだわりがあるらしくて味には間違いないです。ただ,そこに置いている豆の産地やひき方は絶対に教えてくれません」
「へええ。おもしろそう。今度行ってみようかな。意外と業務スーパー度かでそろえたりしていたら笑っちゃいますね」
「そうそう。そういう人にも出会ったことあるよ。まあお店のコンセプトにもよるだろうけど,でもあのおじさんに限ってはあり得ないね。もしかしたら納得した味を出すためにコーヒー豆を自分で栽培していたりして」

 私たちは三人掛けのソファに身を寄せ合いながら笑い合った。
 右手に持ったコーヒーカップには私の顔が映っている。こんなに自然に笑ったのはいつぶりだろう。左側に座ったトオルさん、この生活が当たり前になったらどれほど幸せだろうとふと考えた。
 コーヒーに口をつけると右側の腹部に感触がある。目をやると,そこには手が伸びてきて抱き寄せられるようにして私の体が左側に傾いた。


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