いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

悟り



人のことをよく見ているんだな。そういうところが,相手への配慮を生み出すのだろう。自分のことばかりで主張の激しい人には決して出来ないさりげない心配りが出来る人なのだ。
それにしても,お店を閉めさせてまで気を遣わせて申し訳ない。自分の大切な店なのに・・・・・・。
ふと,トオルさんのことを知りたくなった。

「トオルさんは,いつからお店を出そうと決めたんですか? 私とそんなに年が離れているようには見えないですけど・・・・・・」
「そうだね,30半ばで店を出すなんて早すぎるって周りには言われた。でも,やりたいことをやりたいときにやっておかないと。明日死ぬかも知れないんだから」

 トオルさんは笑いながら鼻頭をかいた。

「明日のことはもちろん分からないけど・・・・・・,それでもそんな勇気は持てないです。もともとお酒が好きなんですか?」
「いや,お酒はもちろん好きなんだけど,実は最初の頃はおいしいコーヒーを入れる喫茶店を出したかったんだ。それがまさかバーを経営しているなんて予想もしなかったな。でも,これで良かったし,まず踏み出すことが大事だったんだ。・・・・・・長くなりそうだな。もし良かったら,うちでコーヒーでも飲んでいく?」

 最後の言葉に心臓がはじけ飛びそうになる。考える前に返事をした。間髪入れない返事だったため,勘違いされないか不安になった。頭の中で「処理をしたっけな」と考えている当たり、結局私は勘違いされても仕方がない人間なのだと悟った。




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