いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

ほんとは予約できません

 時計を見ると針は十時ちょうどを指していた。晩ご飯を食べずに来たから腹ぺこだ。
いつもより早い時間に来たせいか,それとも金曜日だからか,いつも座っているカウンターには先着がおり,テーブルも二人がけの席は一つしか空いていなかった。感染症対策のため,テーブルはいつもの半分にしているみたいだが広い空間のテーブルに一人ぽつんと座るのも気が引けた。

「ご予約ありがとうございます。お席はあちらです」

 レジにいたトオルさんがこちらに気付いてやってきたみたいだが,そのことに気付いていなかった私は驚いて肩が一瞬跳ね上がった。そして,さらにその言葉が自分に向けられているものだと言うことに気付くのに少し時間がかかった。
 案内されるがままに行くと,出口から一番遠いカウンターの端っこに「ご予約席」というプレートが立てかけられてあった。そのプレートを手に取り,こちらへおかけください,と微笑むとカウンターの向こう側へと戻っていった。すれ違うときに

「ほんとは予約なんてできないんですけどね」

と舌を出した。
 特別な待遇というのは人を高揚させる。調子に乗って,いつもので,と少しいい女を気取って注文した。

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