いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

今日,行きます

 高槻さん,と小さくつぶやく。レシートに書かれた達筆な番号と名前。苗字が高槻であることを初めて知った。
 何度も通話アプリを開いては,番号を打てずにホームボタンを押してしまう。気付けば日は沈み,木枯らしを観測したと言うお天気アナウンサーの言った通りこれから肌寒くなりそうだった。
 
 こうしていても仕方がない。ひとつ息を吐いて,思い切って九桁の番号を押した。もうどうにでもなれ。
 三回,呼び出しのコールが鳴った。四回目を数えた時,電話を取る音がした。

「もしもし・・・・・・」

 名前も名乗らずに電話をかけると,数秒後にいつもより一オクターブ高い声が機械から胸に届いた。

「もしもし! もう,電話は来ないものと思っていましたよ! あれからお店にも来てくれないし,嫌な思いさせちゃったなあって毎日残念に思ってたんだから」
「それは・・・・・・,ごめんなさい。お礼も言えていなかったのに。タイミングを逃してずるずるしちゃって」
「でも,元気そうで良かった。今日はどう? お店をもうすぐ開けるんだけど,明日は休みでゆっくりできそうなんだ。もし今晩と良かったら飲みにおいでよ。明日,休みならピザ作りとかの話が出来たら楽しいね。まだ興味があればだけど・・・・・・」

 言葉に詰まり,一瞬声が出てこなかった。
 すぐに,今日行きます,と答えた。

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