いつまでも,いると思うな家に嫁
体温
中村さんがふらつきながら退出したところでこのバーにいるのは私とトオルさんだけになった。
ビジネスバックを忘れて手ぶらで帰ろうとするのを追いかけて私に行った。長居する訳ではないが,つかの間の二人の時間を邪魔されるのは迷惑だった。
腰を落ち着かせて,この数時間を振り返る。ただの一日とは言い切れない濃い時間だった。
「今日は,助けていただきありがとうございます。・・・・・・,中村さん,帰っちゃいましたね。私,お持ち帰りされていた可能性もあったのかな・・・・・・」
グラスを拭いたままトオルさんは何も言わない。作業をしながら下を向いた顔には,伸びた前髪がかかっており表情がつかめない。時計は二時を大きく回っている。そろそろ店じまいの時間だ。
「そういえば,中村さんお会計してないですよね? お礼の意味も込めて,二人分の会計を私にさせてください。もちろん,トオルさんに対するお礼ですよ」
上手くはにかめていなかったのだろうか。トオルさんは私の顔をじっと見つめている。そのまま磨いていたグラスを置いた。
「いえ,中村さんの分は結構です。私も悪いことをしましたので。会計は・・・・・・,そうですね,一人分頂いた方がいいのかな・・・・・・」
考えるようにそう言ったかと思うと,少し間をおいてカウンターから身を乗り出した。
突然のことで何をされているのか分からなかったが,私のくちびるからトオルさんの体温が伝わってきた。
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