いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

花には水を

 困ったことになったなあ,とこめかみをさすりながらトオルさんはこの困ったおじさんを見下ろしている。確かに,店にこのままいられても困りますね,と言ったが,事態はそんなに単純なことではなかった。
 トオルさんとしては私を守るためだったとはいえ,お客様に提供するものに異物を入れたという事実は大きい。また,あとで中村さんが怒りで何か報復をしてくるかも,という見立てもあったが,警察に相談したら済むという私の考えも甘かった。少なくともこの店に対するイメージダウンは免れないだろうということに間違いはない。被害者でもありながら,とんでもない大迷惑をかけてしまったのだ。

「ごめんなさい。私・・・・・・,なんと言ったらいいのか。迷惑でした。もう・・・・・・,ここには来ません」

 口にした瞬間、堰を切ったように涙がこぼれそうになった。やっぱりこの場所が,この人が好きだったのだ。

「何を言っているんですか。私は,あなたが守りたくてこの行動を取ったのです。私に後悔させないでください。守りたい人を守れたのに,離れてしまうなんて。絶対にだめだって自分に言い聞かせていたけど・・・・・・,僕はあなたに惹かれているみたいです」

 うつむいて,近くにあったグラスを磨き始めた。
 え,今この人は何て言ったの? 花に水をやるように,その言葉は時間をかけて静かに私の中に入り込んでいった。

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