いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

点いた火は一瞬で燃え盛る


「燻製のおつまみを頂けますか? それから,・・・・・・ピザも一つ」

 顔から火が出そうなほど照れ臭かった。ただ美味しかった食べ物を注文しただけなのに,何か別の意味が含まれていることを想像されるのではないかと気が気でなかった。実際,私は言葉の外に何か別の感情を含んで乗せていたのかもしれない。
 気に入って頂けたみたいでよかったです,と言ってバーテンダーは奥へと下がっていった。その時,入り口の扉が開いた。スーツ姿の30代半ばぐらいのダンディーな男性がビジネスバッグを提げて,座る場所を探している。仕事が終わってどこかで食事をし,その後どこかくつろげる場所を求めてやってきたのだろう。
 テーブル席もあるが,待ち合わせでもなく一人でやってきたのであろう男性は私と同じカウンター席に距離を取って座った。ちょうど同時に厨房から出てきたバーテンダーは,男性に気付くと一瞬驚いたように立ち止まり,いらっしゃいませと言って軽く頭を下げた。男性は,久しぶり,と言った後に銘柄を確認してからビールを注文した。こだわりのある男は嫌いではないが,私にはビールの味の違いは分からない。ご当地ビールのようにフルーティーであまりにも癖の強いものは分かるが,アサヒを置いてないのか,と言って激高して居酒屋から出ていった元カレのことがよぎってビールに対するこだわりが強いやつにろくなやつはいないという持論がある。今回はどっちだろう。
 私の中で好奇心が火のついた焚火の煙のように立ち上っていった。

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