いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

ギムレットにいい時間


 もともと恋には奥手で,恋活を始めたのも周りのすすめということもあったし自発的に動いたりすることなんてなかった。駆け引きなんて大の苦手だし,エスコートが上手にできる人と自然と結ばれてきた。
 そのはずなのに,自分でも驚くようなことを口にしていた。

「今度,お休み日にピザを一緒につくっていただけませんか」

直後,顔から火があがるのではというほど体温が上昇したのを感じた。喉が縮こまり,空気の通り道が狭い。バーテンダーの顔を直視することすらできなくなってしまった。しかし,すぐに私の体温は氷水でしめられたかのように下降していく。

「それはとても楽しそうですね。でも,すみません。お客様とプライベートで関わらないようにしているのです」

そうだよな。きっと,バーテンダーの優しさでやんわりと断ってくれているのだろうが,よく知りもしない相手と休日会うだなんて気が引ける。それに相手は何か訳ありで酔いつぶれに来たような客だ。面倒なことを店に持ち込まれたくもないはずだ。
 それに,私はなんて軽率な女なのだろう。始めた合った相手に恋心を抱くなんて,まるで中学生みたいだ。年を取って変わるのは見た目だけで,何にも成長しないんだな。

「最後に,ギムレットをいただけますか? これを飲んだら帰ります」

 燻製されたナッツを口に放り込み,ジントニックを流し込んだ。

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