いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

切れた糸は戻らない

 もうどんなに丁寧に取り繕っても,新しい毛糸を持ってこようとも,修復不可能と気付いてからの私は強かった。

「君はどこまで本気でお付き合いをしているのかな。ぜひ聞かせてもらいたい」

偉そうにあごひげを生やして中尾彬を意識したような動作で顎をさすりながらおちょぼ口でおじさんは言った。

「このお店に入るまではとても前向きでした。でも,とてもじゃないけど長い付き合いにはなりそうにもないですね。あと数分のお付き合いという所かしら。あなたはどう思うの?」

多分このときの私は虎のような目をしていた。狩られるリスのような顔をして微動だにせず彼はこちらを向いたまま何も言わない。動物は本能で生きているのだろうが,本当に命の危機に直面したら体が反応しなくなることがあるらしい。道路に飛び出した猫がトラックにクラクションを鳴らされた直後固まったように動かないのはその現象の一つらしい。別に命を取ってやろうというわけでもないのに,もの一つ言わないというのはどういうことだ。口もきく気がなくなる。

「普段からこんなに威圧的なのかい? それは一緒に生活をするとさぞしんどいだろうからね」

父親の言葉に対しても彼は何も言わない。もう終わりだ。

「答えは出たようなものね。今までありがとう。これからはお互いの幸せのためにそれぞれ別の道を進みましょう。今度は威圧的じゃない人に出会えるといいわね。私も肝っ玉の据わった相手思いの人を探すことにするわ」

ちょっと,と彼が蚊の鳴くような声でつぶやいたのが聞こえたが,かまわずにカバンを持って部屋を出た。近頃の子はみんなああなのか,とひげもじゃがつぶやくのが背中から聞こえた。

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