いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

生きたいように

 夜風に当たりながら帰る。「お客様、お会計はお済みです。お気を付けてお帰りください」と店員に告げられた時は、どこまでもスマートだと思った。きっと今日の結末も察していたに違いない。それでも最後まで尾を引くようなことはしないしさせない。立つ鳥跡を濁さずとは言うが,本当に素敵な人は跡を濁させないのだと知った。その日は素直に彼の優しさに甘えることにした。
 荷物などで困ることはなかった。家具などはどうしても二人で買ったものや好みを合わせたものになるが、私は持って帰るつもりはなかった。家に帰るたびに彼のことを思い出すと胸が痛むし,自分の情けなさを思い出して前に進めそうにもない。「処分の費用は払うから」と伝えると,「自分はこの家具を使い続けたい」と彼は言った。私とは感覚が違うなと思ったが口には出さず「新しい彼女が出来たら買い換えなよ」とだけ笑いながら言った。彼にも幸せになって欲しいが,私との生活の足跡がその足かせにはなって欲しくなかった。男の人って元カノからもらったものを捨てない人もいるって言うけど,新しい彼女は絶対にそのことを嫌がるだろう。とはいえ,それは彼の自由であるのだから口うるさくは言わないことにした。私は私で彼の前から姿を消すこと以外はしない。それぞれ人には人の生き方があるのだから。

コメント

コメントを書く

「エッセイ」の人気作品

書籍化作品