いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

あの日と同じで,あの日と違う


 お店に入ると,すでに彼は席に着いていた。
 にこやかに私を迎えて,席までエスコートしてくれた。あの日と同じ場所で、あの日と同じ行動。二人がここに集まった理由だけがあの日とは違うことに思い至ると、涙が出そうになる。
 それでも私は、幸せになるためにもけじめを付けなければならない。なんてわがままな女なんだろう。でも、このことはきっと彼の幸せにも繋がる。そうとでも思い込まなければ、自分に対する嫌悪感で押しつぶされそうだ。
 その日に食べた料理はあの日と同じコース料理だった。食べたものも同じ。次の日には思い出せもしなかった料理を,別れ話をするこの日に思い出すとは皮肉なものだ。あの日と違うのは,同じものを飲んでいるのにもかかわらず違う味に感じるこの舌だけだ。
 食事もあらかた終わって,あとはデザートのみとなった段で,グラスに入ったワインを飲み干して彼は言った。

「今日は,何か言いたいことがあるんじゃないの?」

その目を見て,私は何といったらよいのか分からなくなった。
 彼の目にはこの世のものとは思えないほどの綺麗な滴が溢れんばかりにたまっていた。

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