いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

予兆はそこら中に転がっている


 彼は大変几帳面な人間だった。部屋は絶対に汚さないし,ましてやお酒をテーブルの上にこぼしたままにしたり,歯磨き粉を三面鏡に散らすこともなかった。便器の裏もきれいだし,本当にトイレを使っているのかさえ疑わしいほどだった。 
 だけど,几帳面すぎる性格が人に与える精神的負担というものを知ったのもその時だった。
 はじめは良かった。前の旦那とは大違い。ガスの消し忘れや食器は食べたらそのままなんてことはなかったし,何より一日の終わりには大好きな人と一緒にソファでだらだら過ごして新生活に向けて買ったダブルベッドで一緒に眠れることなのだから。
 ほとんど毎晩,私たちは結ばれた。夜の相性は大事。そう思っていた。彼は私が求めるレベルで私を愛してくれた。本番前も優しくいたわってくれるし,本番中も自分本意で行うことは決してなかった。「痛くない?」と確認しながら,表情も見ながらしてくれる。私は満足だった。
 いい人を見つけた。やっぱり私は幸せになるべくして生まれたのだ。そんな私が,この生活に息苦しさを感じる日が来るなんて。私は夢にも思っていなかった。

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