いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

彼について④

 彼とこれまで述べてきたが,別に名前を伏せていたわけではない。名前は山本優月。ゆづきと読む。
 この名前を聞いたとき,高校生の頃の同級生が「名前に月が付く女の子ってぜったいかわいいよね」と言っていたことを不意に思い出した。その子の名前は瑞記と言って,「自分も美月って名前でかわいいじゃん」というと「”つ”に濁点が付くのと”す”に濁点が付くのとでは大違いなのだと熱弁を振るっていた」彼女は元気だろうか。有名な東京の事務所のスカウトに声をかけられたと言って上京したままどうなったのか同級生の誰も行方を知らなかった。
 約束をした時間にいかがわしいお店が並んだとおりにある焼肉店についた。その通りではキャッチや店頭に立つバニーガールの格好をした若い女の子が楽しそうに客引きをしていた。もちろん,約束をした店はそういった類の店ではないが,なんだかドキドキした。レクサスのタクシーに乗ったお金持ちそうなおじさんが降りては女の子がいそうとは思えない店に連れの人と入っていく様子から,おそらく高級な飲食店と夜のお店を楽しむ人とが集う場所なのだろう。高級なお店で料理を純粋に楽しんだ後には女の子を楽しむお金持ちもいるに違いない。
 その通りから逃げるように約束のお店に入った。時計を見ると予定した時間の20分前だった。さすがに早すぎたかと思いながらダメもとで店員に予約の時間と彼の名前を告げると,意外なことに「お連れ様は部屋でお待ちなので,ご案内いたします」という丁寧な返事が返ってきた。ずいぶんと早い時間から席についてたらしい。もしかしたら予約の時間も前持ってはやめに取っていて待っていたのかもしれない。考えすぎだろうか。

コメント

コメントを書く

「エッセイ」の人気作品

書籍化作品