いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

そこ,さっき拭いたよ?



結婚生活は難しい。

今まで生活環境が全く違う他人がひとつ屋根の下生活するのだから。
みんなよくやっていると思う。
だけど,運命の人と出会えた奥様方にとっては,何をそんなに思い詰めているのと笑われるのだろう。

一つ一つは大したことがなくても積もり積もってどうにもならないことがたくさんある。
しんしんと降る雪を部屋の中から眺めるのと,スタッドレスを履いていない車で凍結に怯えながら運転するのはまるで違う。
そんななかで車を運転するのが,いわゆる“いたり”なのだ。


料理を作り,洗い物を洗い,テーブルを拭いて,ほっと一息。
旦那は始終,ゲラゲラ笑いながらテレビを見て,ベテラン女優を見ては老けたなー,今の返しはキツイ,などと批評家じみたことを言っている。

晩酌でちびちび焼酎をロックグラスで飲むのが日課の旦那。
さっき拭いたテーブルには,旦那の飲んでいるロックグラスが汗をかいて水の跡を残している。
伸びかけの無精ひげを横目に見ながら,はぁ,とため息にもならない息をつく。


寝る支度をして,歯磨きをするために洗面所に向かう。
昼間に磨いておいた3枚扉の鏡は,旦那の激しい歯磨きの跡。
どうやったらこんなに歯磨き粉を散らせるのかしら。
不思議な歯ブラシの使い方をしているらしく,中央の鏡の下部には,大小さまざまな大きさの歯磨き粉の泡と,歯磨き粉の粉がこびりついている。

まるで自分の足跡や行動の痕跡を意図的に残しているかのようだ。


お前,野うさぎだったら死んでんぞ。
ってか拭けよ!!!


一応でも養ってもらっているという後ろめたさから,怒りを旦那にぶつけるのも気が引けて,握りしめたこぶしをそっとゆるめる。





積もる不安はまだまだある。
重ねることができるなら,富士のてっぺんを越すことができるだろう。

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