エレメンツハンター

柏倉

第3章 妖精姫

 先程まで、広大な工場内を作業服を着た大勢の従業員が、騒がしく、忙しく、駆けずり回っていた。それが今は、もぬけの殻である。
 いや、少女が1人佇んでいた。
 少女の名前は速水史帆。彼女は水龍カンパニーの従業員で、ここで働いている。
 ヴァイオレットの瞳に涙を滲ませ、史帆は被っていた作業帽を床に叩きつけた。帽子内で綺麗にまとめてあったブルネットの髪がほつれて、艶やかなセミロングがあらわになる。
 急きょ恒星間航行宇宙船ユキヒョウの整備前倒しが決まり、史帆を除く全従業員がスペースステーションのドッグに向かったからだ。
 義務教育を終え、水龍カンパニーに就職して2ヶ月しか経っていない史帆は、その作業から外されたのである。
 従業員入り口の金属ドアを激しく叩く音が聴こえた。
 無視していると次のドアが激しく叩かれた。
 工場の側面は、外からみてシャッターの右横にドアのある設計になっていた。シャッターは大中中小と3種類4つ存在する。
 予想通り、移動して次のドアを叩いている。
 史帆から離れる方へと移動しているから、最後まで無視しようと決心する。
 最後のあがきなのか、4つ目のドアが最も激しく、しつこく叩かれ、漸く音が止んだ。
 これで帰るだろうと安心していた。しかし見通しが甘かった。
 史帆の耳に3つ目のドアが叩かれる音が届いたのだった。
 コネクトを複合端末装置にセットして、監視カメラの映像をディスプレイに映す。そこには、走って2つ目のドアに向かう少年の姿があった。
 このままではエンドレスでドアを叩かれ兼ねない。仕方なく史帆は1つ目のドアにゆっくりと歩いていき、コネクトを翳して自動ドアを開けた。
 少年はアキトだった。
 アキトはドアの中に身体を滑り込ませ史帆を睨んだ。額からは汗が頬を伝い滴り落ちる。
「どういうことだ?」
 剣呑な口調で質問されたが、史帆にはアキトの意図が分からない
「なにが?」
「店が閉まってた」
「今日の営業は終わった」
「ふざけんな! オレは2時間前にカミカゼ水龍カスタムモデルを買って、今引き取りにきた。な・ん・で、店が閉まってる」
「営業終了したから」
「そんなこと聞いてねぇー」
「そうですか」
 史帆は早く会話を終了させたかった。
 アキトが「わかった」と言って工場から出ていくことを希望しているが、彼の表情から難しいと推測できた。
「終わらそうとすんな。早く、オレのカミカゼ水龍カスタムモデルをだせ」
 アキトの握りこんでいる拳が震えている。彼は怒りを抑えているようだが、史帆は少しも配慮せず事実を端的に述べた。
「本日の営業は終了」
「訊いてねー」
「告知していない」
 史帆はうんざりしてきた。自分の一存で、品物を引き渡すわけにはいかない。だから、こんな会話に意味はない。
 大体この男は、工場の作業員に文句を言ってどうにかなると考えているのだろうか?
「工場長を出せ」
 どうにかなると考えているようだ
「いない」
「いいから速水工場長と連絡を取れ。オレは今日引き取ると言って、2時間前にカミカゼ水龍カスタムモデルを注文して、金も振り込んだんだ。突然店を閉めたのはテメーらの都合で、オレの都合じゃねー。何とかしろ」
「店を閉めたのは、ウチの都合」
「そうだろ」
 満足気に頷くアキトに、史帆は冷徹に宣告する。
「だから、対応できないのもウチの都合」
 二人の間に不穏な空気が流れる。
「・・・速水工場長と連絡とれねーのか?」
「取れる」
 史帆は正直に堂々と、そして端的に答えた。
 その態度はアキトをイラつかせたようだが、怒鳴るような真似はせず要求してきた。
「・・・なら、連絡を取れ。いいか、そっちのミスなんだから、何とかリカバリーしろ。テメーがプロならな」
 史帆は仕方なく、コネクトを手にし自分の祖父でもあり、工場長でもある速水崇志に連絡を取ることにした。

「工場長、史帆ちゃんからですかい?」
「ああ、アキトがカミカゼ水龍カスタムモデルを引き取りに来たらしい」
 速水崇志が嘆息しつつ、隣に座っているピーターに答えた。
 水龍カンパニーの専用シャトルでスペースステーションに向かう途中である。乗員は2人だけでなく、史帆以外の水龍カンパニーヒメシロ支店の全従業員が乗り込んでいた。
「それで? 史帆ちゃんが対応する、と」
「そうさせた。史帆に足りないのは、技術力じゃなくコミュニケーション能力だから、ちょうど良い機会だと思ってな。ルーラーリングとの接続調整やら、マシンのチューニングやらは自分がベストと信じている設定をすればいいわけじゃねー。ユーザーの使い方にあわせて設定するもんだ。実際にユーザーと向き合っての設定は、良い勉強になる」
「あー史帆ちゃん。なんかしら、やらかしそうだけど・・・いいのかい工場長」
 ピーターの警告に、速水は白髪頭を掻き、肯定する。
「そうだな・・・いや、やらかした方がいいな。失敗しねーと反省しねーな。2,3回、史帆の天狗の鼻をへし折ってやらないとな。まあ、ちょうど良かった。これで少しは冷静になれるだろ」
「どうですかねー。自分1人だけ仲間外れにされたと思っているでしょうし、まずいことに腕はいい。そうだったなら俺だって、置いてかれたら納得できない。それに、本当の理由を知ったら、どうしてもついていきたくなるでしょうさね。そう、たとえ密航してでも・・・。もう俺なんか楽しみで仕方ねーんだから。オヤッさんだってそうでしょう?」
「まったくだ。これだから水龍カンパニーは辞められねーな」
「そうだ。今回の寄港中では間に合わねーかもしれないけど、申請はしといたのかい」
「申請はしたんだがな。審査結果に1ヶ月、承諾期間が1ヶ月。まあ、間に合わんだろうよ」
「審査結果がきた瞬間にOKしちゃえばいい。そうすれば帰りの整備に間に合うかもしれない」
「ピーター、オメーは悩まなかったか?」
「・・・ギリギリまで悩んだ」
「ワシもだ」
「工場長も?!」
 ピーターは驚愕した。
「工場長は根っからの水龍カンパニーのエンジニアだから、まったく悩まなかったのかと・・・」
「あの契約内容で悩まない奴がいるか?」
「そっか。そりゃあ、いないでしょうねー」
 2人が話しているうちに、水龍カンパニーのシャトルがルリタテハ軍専用スペースドッグに入港した。
 通常、地上との往復シャトルはシャトル用の停泊場へ入るが、水龍カンパニーのシャトルはドッグへと入港したのだった。しかもそのドッグは、他の区画と明確に分離されていた。軍事機密の中で最高のセキュリティーを要する宇宙船専用の区画だった。
 シャトルの隣に、ルリタテハ軍の通常の宇宙戦艦より明らかに小さい船が停泊していた。通常の宇宙戦艦は全長1キロ以上あり、大型宇宙戦艦だと1.5キロにもなるのだ。
「これですかい、全長たったの327メートルで、宇宙戦艦3隻が購入できるって船は・・・」
 ピーターの問いに速水工場長が答える。
「そうだ。こんな良い船をいじらせてくれる会社は、辞めらねーな」
 契約すると、ルリタテハの最新鋭技術が満載の宇宙船を整備できる。しかも給料が2倍に跳ね上がる。
 しかし、水龍カンパニーを辞めると、宇宙船関連の会社には就職できない契約になっているのだ。

 コネクトの音声通信を傍で聞いていたアキトはと冷たく言い放つ。
「速水のオヤッさんのOKでたな。早くやってくれ」
 史帆は憮然とした。新技術には触れられず、誰かの不始末を押し付けられたのだ。
「こっち」
 作業帽を目深に被り直し、ぶっきらぼうに言うと史帆は指図して工場の奥へと向かった。
 カミカゼ水龍カスタムモデルの前までやってくると史帆はカミカゼを指さした。
「そこで待ってて」
 カミカゼは、今までのトライアングルとは一線を画したモデルだった。
 トライアングルは手軽に都市間を行き来したり、街中の足として使われている。そのトライアングルの中でも、カミカゼは速度を重視した設計である。
 鋭角的なフォルムをもち、通常トライアングルではオリハルコンボードが2枚なのに、オリハルコンボードを3枚も使用している。
 その速度重視のカミカゼを、あらゆるシーンでの使用に耐えうるようカスタムしたのが、カミカゼ水龍カスタムモデルである。このあらゆるシーンには、トレジャーハンティングも含まれる。
 細身の史帆と比べるとルーラーリング適合率測定調整装置は巨大といってよい大きさがある。しかし、装置自体に重力制御の浮揚機能があるため、子供でも運べるのだ。史帆は装置を浮かせて、アキトの元に戻ってきた。
 カミカゼ水龍カスタムモデルから視線が外せなくなっているアキトの様子をみて、史帆は子供のオモチャじゃないのにと嘆息した。
 史帆はアキトに両腕ごとルーラーリングを適合率測定調整装置に入れるよう不愛想に指示し、適合率チェックをする。
 カミカゼの水龍カスタムモデルは、調整しないと適合率70パーセントを下回るというシビアなマシンである。
 驚くことに、結果は適合率83パーセント。
 かなり良い。史帆は意外感に囚われたが、どうでもよかった。
 機体を調整する必要がないと判断し、アキトに告げる。
「完了した」

 アキトの駆るカミカゼ水龍カスタムモデルが荒野に走る一本の高規格高速道を、法定速度の時速200キロで疾走している。
 カミカゼに慣れるために無理な運転はしていないが、充分高スペックを実感できていた。オリハルコン制御が体へのGを10分の1以下に抑えている。そしてスムーズな加減速感、カーブでの遠心力、どれも素晴らしく、満足のいく性能だった。
「うおおおおおーーーー」
 アキトはときおり、興奮を抑えきれずに、大声で叫ぶ。
 トレジャーハンティングで早く使いたいという逸る気持ちが絶叫を上げさせるのだった。
 道路からの騒音が主に風切音となった久しい。乗物からの叫ぶ声は迷惑な行為になるのだが、高規格高速道は乗物しか走行できず人は歩いていない。
 それにしても、水龍カンパニーの女エンジニアとのやり取りを思い出すと怒りが湧いてくる。あの女は、お宝屋3兄弟とは違った意味で話の通じないヤツだった。
 速水のオヤッさんも、意外と部下の教育がなってない。以前エラソーに講釈してた。
「エンジニアには2種類いる。機械だけを見ている技術屋と、機械だけでなくユーザーも見て、最適な設定をするプロだ。分かっとると思うが、ワシはプロのエンジニアだ」
 色々考えながら操縦してたら、すぐに目的地へと到着したのだった。
 メインエントランスで停止させ、ルーラーリングでカミカゼの機能メニューから、現在位置の座標を登録してから駐機場へと移動する。
 ここはヒメシロ星系随一にして唯一の総合レジャー施設”ヒメシロランド”である。要は、ヒメシロ星系の若者がレジャーで集まる場所はここしかない。
 アキトは気分転換と情報収集がてらやってきた。
 シロカベン市街から150キロあまりで、カミカゼなら往復2時間程度である。慣らし運転には、ちょうど良い距離だった。
 駐機場は野ざらしの広い平地で、トライアングルやオリビーが適当に停まっている。人が通るスペースがあれば、どの機体でも5メートルぐらい浮けるので、駐機場から抜け出すのは何の問題もない。
 カミカゼを道路に近くに駐機し、ヒメシロランドに足を踏み入れた。
 メインエントランスの門からは、幅20メートル以上あるメインストリートが緩やかに右カーブを描いている。メインエントランス傍には、左に巨大な建物があり、右に屋外レジャー施設がある。
 アキトは左の建物に入る。
 この建物には、屋内スポーツ施設や各種シミュレーションゲームコーナー、ゲームや映像ソフトの販売店、そして飲食店などがある。
「おもしれー、ゲームは入ったか?」
 シミュレーションゲームコーナーの顔見知りの店員に、アキトは話しかけた。
「おうアキト、久しー。新しいゲームよりさ、明日ある人型兵器のシミュレーショントーナメント大会に参加しないか?」
「腕試しはしてーが、仕事なんだ。わりぃな」
「仕事熱心なこった」
「オレは自営業だから、働かねーと。またなー」
「おう、またな」
 アキトは手を振りながらゲームコーナーを後にした。
 道すがら知り合いに次々と声をかけられる。
 ヒメシロを拠点としているアキトは、同じ若者が多く遊びにくるヒメシロランドに、ちょくちょく顔をだすからだ。
 ステップを踏みながらやってきた男がアキトの前でターンし、指を鳴らした。
「へいへいへい、アキトー。ナイスでホットなパーティーが3日後にあるぜい。参加でいいよなー」
 アキトの知り合いの中で一番奇妙な服装の、とびきり調子の良い奴だ。
「わりぃ、無理だ」
「おいおいおい、ブラザー。今度はマジでナイスなプリティーガールが参加だぜー。前回みてーに、ちょーっとオネーさんになりすぎたって女じゃねーぜい」
「25歳前後で、ちょーっとオネーさんになりすぎた、なんて言うと夜道で刺されんぜ」
「ちっ、ちっ、ちっ、聞いて轟けよ。今回はヒメシロ技術学校のオネーさんだぜい。ということは20歳前後だぜい」
「そこは聞いて驚けだ。仕事があるから今回は参加できねー」
「おう、なんてこったい。アキトは陰ながらボーイアンドガールに人気あんのに」
「ボーイ?」
「イエスイエスイエース」
 変なポーズを決めながら台詞を言う姿は、奇妙を通り越して、彼には似合っているとしかいえない。
「そっちの趣味はねぇーぜ」
「OKOKオーケー。それじゃ、また今度誘うぜい」
「ああ、そん時はよろしくな」
 彼は去る時もステップを踏んでいった。
 奥に行けば行くほど、一般の色が薄くなり、妖しい色が濃くなっていく。
 トレジャーハンター関係ばかりになったからだ。そして、アキトの目的の飲食店の客は、全員がトレジャーハンター関連だった。
 店は広いホールとカウンター、ショーステージ、テーブル席が雑多に置かれている。
 客は、それぞれに楽しんでいる。若者はカウンターかホールに、中堅以上はテーブル席と年齢によって客の好む場所が違っている。
 アキトの目当てはテーブル席の情報を持っていそうな、話好きで中堅以上のトレジャーハンターだった。
 テーブル席に視線を送りながら、相手の口を軽くさせる為のアルコールを購入しようとカウンターへと向かう。
 カウンターの端に・・・妖精姫がいた。
 彼女は日中に着ていたドレスとは違い、身体にピッタリとフィットした暗赤色のアンダーと黒のパンツ、白いジャケットを羽織っていた。
 白いジャケットは、控えめに金と銀の刺繍が施されていて、遠目にも高価な品物とわかる。
 お宝屋の千沙と比べるとボリューム感はないが、均整の取れた見事なプロポーションだ。彼女にだけスポットライトがあたっていて、輝いているようにみえる。
 今日3回目の邂逅に、否も応もなく運命を感じる。
 いや、感じたかった。
 妖精姫には、アキトを強烈に惹きつける魅力がある。
 それが何かと問われると答えに詰まるのだが・・・。
 声をかけてみよう決心してアキトが足を踏み出す。
 しかし、2人の野暮ったい男に先を越された。2人は、お揃いの深緑色のツナギにベレー帽をかぶっている。
 1人はアキトより少し背が高く筋肉質、見かけたことはあるが話したことはない。
 もう1人はタクマという男で、アキトより背が低く痩せている。彼は自称170センチ、実質167センチで、妖精姫より背が低い。会えば話したり遊んだりする。なかなか愉快な性格している奴だが、連絡先は交換していない。そんな仲だった。
 先を越された。彼女の美貌に吸い寄せられるたのだろう。
 ”断られてしまえ”と心の底で念じる。
 アキトは3人の様子を窺いつつ、会話の聴こえる位置まで移動した。
「いいから来いや」
「意味が理解できないわ」
 妖精姫の冷たい返答に筋肉質の男が怒鳴る。
「そうかい? なら、わからせてやる。きな」
「会話になってないわ。あなた達は教養が足りないようね。本当にルリタテハ王国市民? それとも義務教育受けるのを放棄したのかしら、それな・・・」
「よぉー、タクマ。わりぃーな、その子はオレの連れなんだ」
 妖精姫の悪意の塊の言葉を途中でブロックして、アキトは口を挟むと共に、タクマ達の前に体を滑り込ませた。
「待ってたわ、アキト。早く行きましょう」
 何故オレの名前を知っている?
 疑問が頭の中をよぎったが、思考を続けることができなかった。
 アキトの左腕に妖精姫が腕をまわし、体を密着させてきた所為で、神経が左腕に集中してしまったからだ。
 そのまま移動しようとするアキト達を大きい方のヤローに右肩を掴まれ、その場に固定されたのだった。
 さっきからいきり立っているのは、こっちの筋肉質のほうだった。そして、そのペースは崩れず、アキトに怒りの台詞を叩きつける。
「ふざけんな。オレらは、キッチリとけじめを取らなきゃおさまりがつかねーんだ。それとも、その女と一緒にシメられてーってか?」
 アキトはトラブルを起こそうとする気はないのに、彼の周りではトラブルが発生する。
 今夜も彼方からのトラブルをわざわざ拾う必要もないのに、アキトはトラブルに179センチの全身で突っ込んでしまった。
 ここまでくると、アキトはトラブルを愛しているのではないかと思えるほどだった。
 この時も筋肉質男の上からのもの言いに、アキトの頭の血が沸騰し剣呑に言い返す。
「テメーら二人で、オレをどうにか出来るとでも? いいぜ、相手になってやる」
「いつ、オレらが二人といった? オレらはグリーンユースとしてけじめとりにきたんだ」
 タクマ達の後ろから深緑色のツナギ10人ぐらいがゆっくりとやってきた。
 トレジャーハンティングユニット”グリーンスター”の若手が、グリーンユースと自ら恥ずかしげもなく名乗り、お揃いのツナギを着用しているのだ。
 アキトはグリーンスターの若手を。センスも悪いが、頭も悪いに決まっていると勝手に決めつけていた。
 この決めつけは間違っていない。
 グリーンスターはヒメシロ星系を拠点としているトレジャーハンティングユニットの中で5大大手の一角である。グリーンスターはに所属しているトレジャーハンターの資格を持っていない者たちの集まりがグリーンユースだからた。
 グリーンユースメンバーの視線は、妖精姫に注がれている。騒ぎを聞きつけて集まったというより、捜し人を見つけた、ということだろう。
 うん、無理。
 戦力差を見極める冷静さがアキトに残っていた。冷静さを失った時点で死と一体になる世界に生けるものとして、それはできて当然である。
 半円で囲まれたアキトは、相手の懐柔しつつ脱出の機会を探る戦略に変更する。口調を柔らかくして、グリーンユースメンバーに尋ねる。
「穏やかじゃねーな。いったい彼女が何したってんだ?」
「シラを切んじゃねー。アンタら2人でメンバー3人を病院送りにしたんじゃねーか」
 懐柔は難しそうだった。
 それに、いつの間にかオレまでメンバーを病院送りにした一員になっている。
 しかし、こんな可愛くて綺麗な少女に、そんなことができるだろうか?
 当然の疑問を彼女にぶつけてみる。
「そんなことやったのか?」
「病院に届けてあげるような親切はしてないわ。しつこく誘われて、外にまで引っ張って連れてかれたから手を離してもらったのと、追いかけてこられないようになってもらっただけだわ」
 そりゃー、メンバー3人が少女1人に叩きのめされたりしたらチームの沽券に関わるだろう。しかし、妖精姫に非があるように思えない。
「わりーが、テメーらに非があんだ。我慢しな。オレは正義の味方じゃないが、悪党の味方にはなれねぇーしな。気持ち的にも彼女につくぜ」
 左腕にある妖精姫の柔らかな感触を手放すのを惜しく思いながらも戦闘態勢・・・ではなく、2人で逃げる体制整えるように、彼女を斜め後ろに下がらせ手を握った。
 知り合いのよしみか、自称170センチが被害を説明する。
「鋭利な刃物で斬られたように全身が斬り傷だらけでよ。細かい傷もあわせれば、斬り傷が1人100以上あんだ。特に酷いのは手足で、腱が切断されてんだ」
 そりゃ、懐柔は不可能だろうな。
 でも彼女1人で、そんなことが可能か?
 いや、そうか・・・だからなのか。オレも彼女の仲間で・・・それでオレ達2人が、3人を切り刻んだと考えている、と・・・。
 ダメだな。詰んだ。
 彼女と仲間でないとの言い訳は、この時点ではもう無理だ。
 諦めたように妖精姫へとアキトは視線を向けると、何を誤解したのか、彼女は一つ頷いてから、驚きの内容を当然のごとく宣う。
「手の腱を斬ったのは銃で撃たれない為、足の腱を斬ったのは追いかけてこれないようにする為、他の斬り傷はおまけだわ」
 場の緊張感が増してきた。
 この女の口を封じないと手遅れになる。自分が相手を挑発しているのがわかっていない。
 アキトは素早く思考を巡らせていたが、口からは思わず呟く。
「なんでだ?」
「正当防衛に理由が必要かしら?」
「過剰防衛には必要だぜ」
 テンポの良い質問に、アキトはつい軽口で応じてしまった。
「警察は過剰防衛と判断しなかったわ」
「ふざけんな! 違うだろ。てめーは、自分はヤッてないって言ったんじゃねーか」
 筋肉質男が怒鳴ると、妖精姫は思い出したように軽い口調で言う。
「ああ、そうだったわ」
「やっぱ、テメーらの仕業だな。許さねーぞ」
「私が、彼らをどうやって切り裂いたというのかしら? 私はその現場に、呆然と佇んでいただけだわ」
 アキトは、おい、と心の中で叫んだ。この女、色々と手遅れだ。この空気どうしてくれる。
 アキトは遊び友達の自称170センチのタクマに救いを求める。
「オレ達は友達だな」
「そうだよ」
「ここはオレに免じて治めてくれ」
「無理だよ。どうにもならない」
 自称170センチは、胸の前でバッテンをつくった。
「しゃーねーな」
 覚悟を決めたアキトはゆったりした動作で、右手で胸ポケットのクールグラスを取り出し、妖精姫に手渡す。
 アキトがあまりにも自然で堂々としていたので、グリーンユースのメンバーは、どう行動すべきか判断つかずに、その様子を眺めていた。目端の利くのものがいれば、アキトの左手にも神経を遣ったかもしれない。もしくは、店が明るければ気が付いたかもしれない。
 妖精姫は怪訝な表情を浮かべつつも受け取ったクールグラスをかけた。その瞬間、カタンという音とともに強烈な閃光がアキトの背後で生まれた。
 アキトは妖精姫にクールグラスを渡すと同時に、ベルトに仕込んでいた閃光弾を掴んでいたのだった。タイミングを見計らって閃光弾のスイッチを押し、股下から後方へと手首のスナップを利かせて放った。
 店の広いホールを満たした強烈な眩い光のなか、アキトは妖精のような柔らかく滑らかな姫の右手を握り疾走した。2人とも誰にも、物にもぶつからずホールの出口に達する。これはアキトが閃光の迸る前に逃走ルートの空間を把握し、眼を閉じて動いた結果だ。
 アキトの空間把握能力が発揮されたのだった。GE計測分析機器や輸送機械を操縦させたら、おそらくトレジャーハンターでナンバー1だろう。その能力は、正確な空間把握能力からもたらされているのだ。
 複合娯楽施設の中を駆け抜け、外に辿り着く。グリーンユースの連中との距離は約50メートル。
 充分だ。
 アキトは妖精姫の手を離し、コネクトから無線操作でトライアングルをヒメシロランドのメインエントランスに呼ぶ。これは水龍カスタムモデルの機能の一つで、設定された座標にオートパイロットシステムで来るというものである。
 アキトはヒメシロランドに入る前に登録していたのだ。
 メインエントランスを駆け抜けると、アキトのカミカゼがタイミングよく到着する。
 カミカゼに飛び乗るとアキトはメイン操作パネルの下から素早くケーブルを引き出し、そのコネクタを左手のルーラーリングにはめた。
 アキトと共に走ってきた妖精姫は、躊躇せずタンデムシートを跨ぎ腰に抱き付く。
 背中の感触で妖精姫がしっかり捕まったことを確認すると次の瞬間、アキトは空気を切り裂くかのようにカミカゼが発進させた。
 カタログスペックに偽りなく、カミカゼは2秒で時速200キロに達した。
 しかし乗っている2人には、そんなに早いとは感じられない。カミカゼの重力制御で加速感が減じられ、水龍カスタムモデルの気密カプセル機能で風を感じることがない為だった。それに荒野と高規格高速道の変化の少ない風景が、高速走行を感じさせなかった。
「はい、クールグラス返すわね」
 アキトはクールグラスを受け取り、カミカゼとリンクさせた。
「それにしても、もっとスピードでないのかしら?」
 妖精姫にいわれるまでもなく加速を試していた。
 しかし、200キロ以上のスピードがだせない。
 ルーラーリングを通して、情報パネルに設定を表示させて確認してみる。
 ”制限モード”となっていた。
「嘘だろ。なんてこったぁあぁあぁーーーー」
 アキトは思わず大声で叫んだ。
 ルーラーリングの微調整は自分でするから構わないと判断していたが、制限モードで良い訳がない。カスタムモデルを購入したのだから、都市用制限モードは解除されていると思い込んでいた。
 水龍カスタムモデルの特徴である水中や宇宙空間での走行機能は、制限モードと関係なく標準装備となっている。しかし速度は時速200キロ制限され、地表10メートル以上は宙に浮かばないようになっている。
 これではトレジャーハンティングに持っていけない。
 だが、それよりも何よりも、今の状況は非常にまずい。
 本来のカミカゼ水龍カスタムモデルの性能であれば、グリーンユース連中の操縦しているトライアングルごとき振り切るのは容易い。
 しかし今は都市用制限モードに設定されている。
「なにが?」
 妖精姫の問いに力なく答えた。
「都市用制限モードだ」
「そう。なら、いいわ」
 なにが良い訳ないだろ、と言い放つため後ろを振り向くと、いきなり2条の黒い閃光が迸る。それは、アキトが見たことも聞いたこともないレーザービームだった。
 そのレーザービームが、400メートルの距離までに接近していたオリビーを吹き飛ばした。
「殺す気か!」
 そう言いながらも、アキトは逃げ切るために考えを巡らせる。制限モードの所為で速度があがらないなら、高規格高速道は不利になるだけだ。
 高規格高速道のガイドレールを超えて荒野へと飛び出す。
「そこまではしないわ。でも・・・死亡しても自業自得ね」
「惑星ヒメシロへの銃の持ち込みは重罪だぜ」
「これが、銃に見えるかしら」
 アキトの横へと突き出した妖精姫の右腕には、ルーラーリングに20センチぐらいの銃身が2本並んで取り付けてある。
 常識的に考えて、あんな小さな銃が400メートル先のオリビーを破壊できる威力のレーザービームを出力できるはずがない。何よりも銃身だけしかないから銃には見えない。
「銃だよな?」
「銃だわ」
「おいぃぃぃーー!!」
「でも、エネルギーパックもないし、私のルーラーリングにつけている飾りにしかみえないでしょうね。これが銃であると証明できなければ、犯罪にならないわ。それよりも、彼らの方こそ犯罪じゃないかしら?」
 妖精姫は後ろから迫ってくるグリーンユースを指さす。
 振り向くまでもなくアキトのクールグラスには、カミカゼ水龍カスタムモデルの機能と連携し、周囲の映像と情報を表示している。クールグラスは、3台のオリビーと8台のトライアングルが、2人を射程に捉えていることを知らせていた。
 つまり、グリーンユースのマシンは武装されているのだ。
 次の瞬間、レールガンの高速弾とレーザービームがカミカゼの周囲を賑やかにする。
 立体的な機動で、上、横、後ろを抑えられ、速度にも劣るカミカゼにできるのは、ジグザグ走行と急転回だけだった。
 アキトは即座に状況を理解し、決断した。
 うん、OK、撃ってよし。
「撃てぇええーーー」
 アキトの叫びとともに、4条の黒い閃光が妖精姫の両腕から放たれた。
 直後、轟音とともにカミカゼの上を押さえていた2台のトライアングルが大破する。
 次に、左斜め後ろのトライアングルとオリビーが縦回転しながら脱落していった。前下部のオリハルコンボードにレーザービームが直撃し、破壊された所為らしい。
 だが、グリーンユースの連中は残りのオリビーとトライアングルを散開させつつ銃撃を続ける。レールガンの弾が無数の轟音をあげ、夥しいレーザーの光条が夕闇を明るく照らす。
 お互いのマシンが複雑に回避機動をとりながら高速走行しているため、敵の弾は精度が悪く、まったく脅威になっていない。しかし、妖精姫の黒光りするレーザービームもグリーンユースのマシンを僅かに掠める程度だった。
 レールガンの弾がカミカゼのすぐ横に着弾して砂埃を巻き上げ、レーザービームの光が妖精姫のブロンドの髪を照らし輝く。
 多勢に無勢だ。どうする?
 カミカゼの操縦に全神経を集中させていて、アキトには打開策を考える間もなかった。

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