君がため

文戸玲

煙は揺蕩う

ベランダに出る。
右手の親指と薬指を重ね合わせ,弾き飛ばすような動作で箱をたたく。
何度か繰り返すと,葉巻タバコの口元が顔をのぞかせる。


タバコの箱には硬めのパッケージのハードケースと,紙のような質感のソフトケースがある。
丈夫なのはハードケースだが,なぜかソフトの手にした時の柔らかい感触と,ポケットに入れた時のなじみ方が好きで,いつもソフトで買っている。
ソフトというと,タール数が低いようによく思われるが,箱が違うだけで中身は変わらない。
「体にいいんだよ」と言ってタバコを吸う免罪符に使っている。


口に当てる部分がタバコの箱から顔をのぞかせたころには,たばこの底はわずかにへこみができる。
この世のものにずっと同じ原型をとどめているものはないんだ,ってその箱をたたきながら語っていると横腹を殴られた。

そんなやりとりをした相手から届いた手紙。
顔を見て話していたなら,何を冗談を言っているんだと笑い飛ばせただろうけど,大切に使っていた陶器にひびが入った時のような,嫌な感じがする。


タバコに火をつけて口にくわえると,すぐにイヤーマイクに向かって声を放った。

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