君がため

文戸玲

死んだ文鳥,鳴ったチャイム

アカマルをふかす。吐き出した煙が風に流されて空へと消える。人々の健康志向は年々高まり、今では紙たばこを吸う人を見る方が珍しくなってきた。愛用しているアカマルが製造を続けているので問題は無いが,電子たばこ愛用者や非喫煙者には、このきついたばこ臭が特に嫌がられる。生きづらい世の中だ。

「三十半ばが見える歳にもなって,たばことギャンブルを生きがいにしているから結婚できないんですよ」と職場の若い看護師に言われた。ほっとけよ,とは思ったものの,仕事柄から清潔感と、身だしなみには特に注意を払っているし,同年代の人から見ても高給取りであることを自覚している。それでも結婚できないことを考えれば,鼻頭に吹き出物を作ったアンコウみたいな顔をした同僚が言うこともあながち間違いでも無いのだろう、とは思う。

毎日仕事を覚えてこなすので精いっぱいで,やりたい研究にも没頭できない毎日。
科学は生活を便利にし,忙しくした。
人々は快適さや新しさを求め,そのニーズに応えるべく人類の叡智を結晶させ,磨きをかけ,そして新たに生み出す。
欲とは恐ろしいものだ。
いったん便利になったと思ったら,もっと楽を求めて欲望が出てくる。
かつて感動した技術が当たり前のものになってくると,粗を探し出す。
粗を探す人間の執念深さと,ぶやのようなしつこさと言ったら鬱陶しいことこの上ない。
称賛したかと思えば求める。
求めるために生きるのが人のサガなのだろう。
資源を使い,ものを生み出す。
人間の欲望というものは,底なし沼のように深く,暗く息苦しい。

朝起きたらベランダに向かう。たばこをふかす。今日もろくでもない一日を精いっぱい生きよう,これで朝のスタートはいくぶんか良くなる。そんな風にしてすかしながら朝をおくる。今日は遅番のため,いつもよりゆっくりとした朝を過ごせる。マンションのそばの道路沿いに植えられた街路樹にうぐいすがとまっている。こんな街の真ん中に,珍しい。
きれいにさえずる音は,小学生の頃に飼っていた文鳥を思い出させた。ベージュの体とチョコレート色の羽を揺らしながら,棒の上でリズミカルに唄っていた文鳥。
もみ殻と飲み水の入れ替えや,トイレ掃除を熱心にしていたけれど,あっけなく死んでしまった。
生き物の死に初めて直面した当時は,命が途絶える,ということを感覚的に認識できず,涙も出なかった。


そんなことを思い出しながら2本目のアカマルを取り出したときに,チャイムが鳴った。

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