剣なんか嫌いです。

月風レイ

第2話 剣凪流の訓練!?




私、剣凪美月は親友の花宮香織と途中で別れ、私は自分の家へと寄り道はせずまっすぐに向かう。
でも家に帰ると、忽ちにして稽古が始まってしまうので、少しでも稽古が始まるのを遅らせるためにも、私は道端の石を蹴りながら、下を俯いてとぼとぼと歩いていく。
それでも家までの道のりというのには限りがあるわけで、どれだけゆっくりと歩いだとしても道を違わなければいつかは着いてしまう。

そんな風にして、私は『剣凪』と書かれた荘厳な木造の扉の前までやってきてしまった。
私は渋々ながらも扉を開けて中へと入って行く。

「ただいま帰りました」

私は乱暴な口調ではなく、あくまで礼節を大切にしたもので……
私の家外の乱暴な口調は、家の息苦しさから自分を一時的にも解き放つためのものなのかもしれない……
もともと血の気の多い家系に生まれたからなのかもしれないんだけど……

剣凪家の訓練中の門下生たちがずらずらと集まってきて、

「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」

門下生が道の両端にずらりと並び、大袈裟に礼をしてくる。

私はこういう大袈裟なことも大嫌いだ。
お嬢様なんて言わないでほしい。
でも、お嬢様なんて言うんだったら私を女の子のように扱ってほしい……
できれば私は普通の平凡な女の子として生まれてきたかった。
剣なんかを毎日振り続けて、わざわざ手にまめなんて作りたくなかった。
————手のまめは努力の結晶だ
なんて誰かは言ったけど、私はそんなふうには思わない……
私からしたら剣を振って手にできる豆は私にとって呪痕のようなものだ。
どうして好きで手を汚くしなきゃいけないんだろう……
私は香りのような女の子らしい細い手で、お菓子なんて作れたら幸せだったことか……
私はいつまでも深々と礼をする門下生の道を抜け、屋内へと入って行く。

私は屋内に入り自室に戻って、白い道着と竹刀だけを持って屋内の道場へと向かっていく。
私は道場の扉をゆっくりと開け、

「父上。ただいま参りました」

父さんが瞑想をしているのか座禅を組んで待ち構えている。
なんなのよ。毎回毎回座禅ってなによ……
男の人って言うなら本当に暑苦しい……

「遅い。今まで何してあったのだ……」

瞑想を続ける父さんから低い重音が道場内に轟く。

「はい。申し訳ございません」


「はぁ……お前は伝統ある剣凪家を継ぐ人間。そんな人物がこのようでは剣凪家の恥以外の何者にもならん。———————」

—————時間は厳守。礼節を重んぜよ。目上のものに対して敬意を抱くのは当然。そして、相手に対しても誠実であれ。

これが父さんの説教文句の一つであった。
他にも父さんの説教文句は沢山あって、一部のマニアには売れそうな名言集でも作れそうな勢いだ。

本当にいちいち堅苦しいは、暑苦しいは……本当に面倒で仕方がない……

だが、そんな父さんを煽って怒らせるわけもいかなく、

「以後、肝に銘じておきます……」

「わかれば良い……では、稽古を始める、剣をもて!」

父さんの一声で私の稽古が始まる。
まずは簡単な素振りをやるように促される。
毎日1万回の素振りをもう、5年間続けてきた私は特に父さんに注意されることなんかはない。

私が竹刀を型に則って振るたびに道場が揺れ奮い出す。

ビュゥン。ビュゥン。

私の振るしないから悍しい音が鳴る。

父さんはその音を聞いて満足げに頷いている。


はぁ……なんでこの音がいいんだろう……
こんな音なんて聞きたくもない……
普通の女の子はこんな音を出さない……
でも、父さんの前で手を抜くことなんて出来ずに私は素振りを続ける。

「よし! 素振りはこの程度でいいだろう! じゃあ、今日は久方ぶりに試合をしよう!」

父さんの口からそんなことが発せられる。

父さんに反対するわけにもいかないので、私もわかりましたと頷き、父さんから間合いを取る。

私と父さんは道場の中央で正面で向かい合う。父さんと私は共に相手に敬意を払うために礼をする。

私の目の前にいる父さんの歳は今年でもう50歳とかなり歳をくっている。それに対して私の歳は17とピチピチの若さで、父さんに体力的な面で私が劣ることはもはやない。
だが、経験や技術においては父さんがかなり上であって、剣術の指南を父さんにしてもらうということは一般的に見れば光栄なことなのであるが……
本当は剣が好きではない、私には別になんの感情もないのだが……
それに普通は光栄に思うことなのだが、今の私にとってはもはや父さんに教わることはなに一つない。
だって、父さんよりももう私の方が確実に強い。
以前までは父さんの技術の方がかなり上であったのだが、最近の私の感覚はどうやらおかしいみたいだ。
相手の剣筋がものすごく遅く、止まってみえている、そして相手の剣から伝わる熱気、覇気が私の体で全身で感じられ、相手の思考が手にとるようにわかってしまう。
そして、私の体が自分の思うように動き、ものすごく軽い……
長男の兄さんが生きていた時、私は一度、兄さんから今の私のような現象を体験したと聞いた覚えがある。

私は兄さんのそんな話を聞いて、その時だけは目をキラキラと輝かせて、私もそんな風に一度なってみたいなんて思ったのだが……

全ての感覚が鋭く研ぎ澄まされて、全身がそれに呼応するが如く、自分の思うままに自在に動く。
兄さんは確かこんなことを言っていた気がする。

————剣神が舞い降りたような感覚


私の今の現状もこれにあたるのだろうか……
昔一度は憧れを抱いたものの、今は嬉しいものではない……


「はぁああ!」

と、一声に魂を込め、父さんが竹刀を上から下へと振り下ろす。

父さんの斬撃には重い気合いと覇気が乗って、私に襲いかかろうとするのだが……


やはり嫌でも覚醒してしまった私にとってはその剣筋がものすごく遅く見えてしまって、
私は自分の竹刀で、父さんの斬撃をうまく受け流すようにしていなす。

私の竹刀を辿るようにして、父さんの竹刀が軌道から逸れていく。

私の今使用した技というのは、

剣凪流水龍の型、『水壁』

と、言われた技の名前だ。
水龍の型は受けに強い型であって、女の私は体の柔軟性が男性よりもあるために、水龍の型は私の1番得意な型であったりする。

他にも、火龍、雷龍、風龍と様々な型があるわけだが、次代当主となる私はきっちりと剣凪流の型は全てみっちりと叩き込まれていた。

父さんはいなされた竹刀をつばめがえしの如く私に向けて振り抜こうとするのだが、やはり遅い。

私はバックステップで父さんの剣筋を軽く躱して、振り抜いた時にできた隙をついて、私は父さんの胴へと自分の竹刀を叩き込む。

「はぁああ!」

暑苦しい私は掛け声なんか出すのは大嫌いなのだが、形式上はしっかりと気合いを込めたような掛け声を出しておく。

竹刀を思いっきり振り抜いて、

剣凪流雷龍の型 『一閃』


私の一撃が父さんの胴へと直撃……

はぁ……とうとう私はやってしまった……
今までは試合で父さんに勝つことは無かったのだが、とうとう私は父さんから一本を取ってしまった……

私に敗北を喫した父さんは一杯喰わされた顔をしていたが、すっと立ち上がり深々と礼をして道場は去っていった。

「流石は私の娘だ……」

父さんは最期にそんな言葉を残していった。

実の娘に剣術で負けたということは、真の剣術家の父さんからしたらかなりショッキングな出来事なのだろう……
それに父さんは亭主関白で女性をどこか見下しているような傾向がある。

だから、我が子に負けたという事実が女に負けたという事実が同時に襲いかかったことであろう。

「はぁ……すこしやり過ぎちゃったのかなぁ……でも、父さんなら私が手を抜いていたら、すぐにそのことに気づくだろうし……」

私は1人の残された道場でそんなことを呟く。

「でも、父さんに勝つのは遅いか早いかの問題だったよね……」


私は暗くなった気持ちを少しでも紛らわすためにも、道場で素振りをひたすらに続けるのであった。
1万回くらい素振りを休憩もなしにしたせいか、足と腕にもう力が入らなくなってしまった。
私はそのまま疲労感に耐えきれず、道場で大の字で寝そべる形となって、ぼんやりと天井を見上げる。

ああ。もう最悪……なんで私こんなに汗くたくたなのよぉ。

それになんなのよ。この手……
ゴツゴツしてるし、皮もめくれちゃってるし……

もう、こんな場所嫌よ……
私は普通の女の子として生きていきたい……
剣なんか持たずに女の子らしく、朗らかに……


「はぁ……本当に異世界なんかに行けたりしないかなぁ……」

私は道場の中央でそんな風に呟きながら、疲労感と虚脱感に負けて深い眠りへと落ちていくのであった。




⭐︎



ポタン。
ポタン。
ポタン。
ポタン。


一定の間隔で水が水面に滴っていく音。
そんな音を私はなぜだか心地よく感じてしまう……
水音が私の耳を優しくくすぶるのとは裏腹に……
あれ!? なんか地面がものすごく硬い……
道場の床は木製でできているから、こんな石みたいには硬くないはず……

私は背中に硬い違和感を感じたので、閉じた目蓋をふと開けてみる。

と、私の瞳に映ったのは……

「えっ!? なにここ? 洞窟?」

一面が岩で覆われて、鉱石らしいものが、電灯のように青白く光っている場所だった。

日本にもこんな綺麗な鉱石があるんだなぁ……一瞬感心した私だったのだが……

「えっ!? ここって本当に日本なの?」

突如、そんな考えが私の脳裏を過ったのだが……

「いやいや……違う世界なんて……あるはずないよ……これはきっとあれだな……また、剣凪流の訓練とかなんかだろうな……」


私は置かれた状況を訓練の一環だと思って立ち上がって、とりあえず洞窟の中を移動してみることにした。
わたしは白い道着を着ていて、手には竹刀が握られていた。

洞窟内を進んでいくとだんだんと大きくなる音があった。

ザザザザザザザザザザザザ。
これは水の音? それもとても大きい……


わたしはその音に釣られて洞窟を進んでいく、と向かった先にはこの洞窟の入り口と思われる場所にたどり着いていて、その入り口からは陽光の光が漏れ出している。
だが、その入り口はどうやら水のカーテンで遮られてしまっているようで、

「この洞窟って滝の裏の洞穴?」

わたしは自分が目にしている光景からそんな風に現状を把握するのであった。

私はいつまでもこの洞窟にいるわけも行かず、とりあえず外に出て状況を確かめることにする。

鋭く打ち付ける滝で創られた水のカーテンを勢いよく突き破ると、そこには青青とした木々が茂っていて、

「え!? ここって森の中?」

わたしはどうしてこんなところに連れてこられたんだろぉ……
本当にこれが剣凪家の特別な訓練の一種なの?
でも、とりあえず確認するにしてもこの森を出てみないと……

と、わたしは滝を潜って森の中へと足を進めるのだが、

「痛ぁぁぁ! なんだよぉお!」

わたしは道着に裸足という姿であったので、折れた木片が時々足に刺さってきて、

「もぉぉ……こんなんだから、わたしは剣凪家が嫌いなのよぉ」

本当にこれが剣凪家の伝統ある訓練だとして、次代当主の私が乗り越えなければならないとするのならば、本当に私は剣凪家のことを憎く思う。
どうして、こんなことをしなければならないのか……
わたしは女の子なのに……

私はそんな不満を頭たまに唱えながらも鬱蒼と茂る山道を竹刀で道を切り分けながらも進んでいく。

「もぉぉ! 本当ここどこなのよぉ! どう考えたってこの訓練はやりすぎだよぉ!」

かなり歩いたせいかわたしは喉が乾いてしまって、近くに流れている小川の方向へ足を進める。
私は小川のところで屈んで、水を手で掬って、ゴクゴクと飲む。

「ぷはぁぁ! ここの水、美味しい……これは家に持って帰って飲みたいレベルかもぉ!」

ミネラル豊富な水を飲むことで精力が回復し、さらにこの水を持って帰りたいと思ってみたものの、水を入れれるような容器もなくて、私は休憩のために小川にある岩を椅子にして座る。

と、体が落ち着いたせいか脳が急激に周りだし、先程までは感じられなかった不安がドット押し寄せてきた……

「もしかして……これって、普通に考えたら遭難した……ってことなんじゃないの?」

え!? ヤダヤダヤダ……
そんなことしたら私普通に死んじゃう……
なんで!? こんなことをするの父さん……
私いくら剣が強くても中身はただの女の子なんだよ……
それに私剣以外はなにもできないのに……
どうして……
これが本当に訓練だというの……
それにこんな訓練一回も聞いたことがない……

と、不安に苛まれているわたしに突如絶望が押し寄せる。

ゴソゴソ。
ゴソゴソ。

「え!? 誰!?」

この物音の正体が人であったらどれだけ嬉しかったことだろうか……
だが、そんな願いは一切届くことなく、物音がした方から現れたのは……

「クマぁああ!? 大きすぎるでしょ……」

突如、物陰から現れたのは体長メートルほどもある大きなクマだった……

とてつも大きい巨躯に鋭い鉤爪。それにサーベルタイガーのように鋭い牙。さらに、目はルビーのような紅瞳。

巨大なクマが私の方をみて、唸り声を上げる。

「グォォォオオオオアアア!」

その体から発せられる唸り声は私の鼓膜を破りそうなほど大きなもので、思わずわたしは耳に手を当てる。

と、唸り声は襲撃の合図だったようで、
巨大なクマが私に向かって走り出してくる。

私は突如訪れた恐怖に足がすくんで動くことができなかった……

あぁ……終わりだ……
わたしこんなところで死んじゃうんだ……
小さな頃から剣ばっかりで、女の子らしいことなんて何一つさせてもらえなかった……
恋の一つもできなかった……
そして……私は剣凪家の伝統ある訓練の最中クマに襲われて死ぬんだ……

そんなの絶対に嫌だ……
わたしはまだまだ生きてたいし……
恋だってしたい……


なんてわたしは惨めなのよ……
どうしてお兄ちゃんはいなくなるのよ……
どうしてわたしは剣凪家に産まれて来ちゃったのよ……
どうして……どうして……わたしは普通の女の子でいられないのよぉ……


わたしは自分をこんな運命に晒した家系が憎い……
こんな家から生まれてこなければ……

わたしがそう嘆いている間にも、クマは徐々にわたしに近づいてくる。

はぁ……わたしはこのままこのクマに襲われて、そのあとは餌として食い散らかされて死ぬんだろうなぁ……
絶対にそんなのは嫌なんだけど……
でも、どうしようもない……
こんなでかい熊に私が太刀打ちなんてできるはずなんてない……

『剣鬼』と呼ばれた兄さんでさえもトラックの突進には抗えなかった……
人間には限界というものがある……
そして、人間なんかが竹刀で巨大な熊に打ち勝つなんてことは絶対にできない……
わたしはもうここで死んでしまう……

ああああああぁぁアアアアアア。
嫌だそんなの……
死にたくなんかない……
ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ……
怖い………


私が絶望に打ちひしがれる中、刻一刻と迫る自分の命の灯火が消える時。

絶望の淵に立たされてた現状。
それに今まで嫌々ながらも歩いてきた厳しい道のり。
そして、先の見えない自分の未来……

全てがその時頭の中を駆け巡る。


ハァ。もう無理だ……
わたしはやっぱりここで死んじゃう……


ハァ。でももし、生まれ変われるとするなら、わたしは普通の女の子になりたいな……

そういえば兄さんが亡くなったのも私と同じ歳の時だったっけ……

ハァ。どうせ死んでしまうなら、最期くらいはかっこよく大往生と行きたいところだ……

わたしは物語のお姫様なんかじゃないから、こんな窮地にいたとしても助けてくれるような王子様なんていない……

ここ日本にはおそらくそんな強い人物なんていないだろうし……

結局わたしは自分でなんとかしなくてはならない……

ハァ。王子様来てくれないかなぁ……
と、そんな願いは届くことなんかなく……


巨大クマが私の方へと勢いよく駆けてくる。

ハァ。どうせ死ぬなら、最期くらい……わたしだって……

私は竹刀を構え、向かってくる熊の正面に立つ……

その瞬間押し寄せてくるいろんな思い出。

毎日父さんに叱責された小さい頃の記憶。
叱責された私を優しく宥めてくれたお母さん。
小さい頃に輝いていたお兄ちゃんの姿。
病弱でもいつも優しく笑って接してくれたもう1人のお兄ちゃん。
剣凪流を習得しようと毎日訓練に励む門下生のみんな。
わたしは自分をこんな風にした剣凪家の人間がすごく憎い……
わたしにこんな運命を授けた人たち……
でも、そんな彼らであってもやっぱり私の家族だった……
私の大好きな家族だった……
親友の香織。
乱暴なわたしといつも一緒にいてくれた……
辛かった思い出ばっかりだと思っていたけれど、やはり楽しかった思い出もたくさんあって……

ハァ。もう、お別れなのか……

「みんなごめん……」


脳内を思い出が駆け巡って、どうしても涙が出てきてしまう……
自分の死を諦めたと思ったものの、やっぱり私は……

「まだわたしは……いきだぁいよぉぉ!」

ワンワンと涙を流す。その最中にもクマは勢いを止めずに近づいてくる……

私は拭いても拭いても出てくる涙を道着で拭き、いつも以上に竹刀を握る手に力を込める。

ハァ。私…………
やっぱり生きてたい……
死にたくない……

私はこんな足掻き無駄とはわかっていてもやっぱり剣凪家の血が入っているせいか諦めきれず……

「はぁぁあ!」

剣凪流火龍の型 『焔』

私は竹刀を持って巨大なクマに向かって斬撃を決める。

クマは大きな爪で私を引き裂くようにして、

ズバッ!

クマは鋭利な爪で攻撃したのに対して、わたしは斬れ味など一切ない竹刀、そんな分の悪さでは勝てるはずなんかなく……

わたしはそのまま意識を刈り取られた……


「さようなら……みんな……」


私はそのまま地面へと倒れ込んだ。





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