炎罪のウロボロス
48、「わかってる」
「今から?」
彼女の言葉に、珍しく尖ったものを感じた。
「すまない。……今の仕事がいよいよ正念場なんだ。必ず、埋め合わせはするよ」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……。ごめんなさい。ただ、あまり無理はしてほしくなくて」
「わかってる」
私はそう言って、妻に微笑んで見せた。そして支度の手を止め、妻のお腹にそっと手を当てた。
「わかってる」
そして私はもう一度、妻にそう告げた。
妻はひとたび自分の腹部に目を落したあと、再び顔を上げると、私の目を見ながら、心の底からの笑顔を見せてくれた。
「結婚して七年……。やっとここまで来たんだ。この幸せを守るためにも、頑張るから」
「うん」
私の言葉に、妻は頷いてくれた。
「でも、頑張り過ぎないでね」
「わかってる」
私は三度この言葉を吐いた。
「なるべく早く帰るけど……やはり日付は変わるだろうから、先に寝ててくれ。じゃ、行ってくるよ」
「はい。気を付けて」
片道70~80分はかかる。実際帰宅するころには午前2時、あるいは3時を回っているかもしれない。
私が誰とどこで会うのか、ということを秘密にしたい相手は無論、妻だけが対象ではない。こうした会合は本来なら、都内の高級ホテルなどを利用するのが一般であろう。だが私はある時点から、不特定多数の人間が出入りするような施設を会合の場から外すこととした。
「よろしければ出発いたします。到着までの所要時間は73分の予定です」
車に乗り込むと、すぐに秘書がいま最も欲しい情報だけを的確に伝えてくれた。
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