炎罪のウロボロス
32、ヒトではない、何か。
見るからに異様な風体だ。
私の全本能が、私にこう叫びかけてくる。
「こいつは人間ではない」
と。
人間の形をした何かだ。有り体に言えば、魑魅魍魎、妖怪変化の類に違いない。
滑稽な話かもしれない。ありえない話かもしれない。
だが目の前にいる全存在が、私の魂に直接、そう語り掛けていたのだ。
「誰だ?……か」
男が、言葉を発した。落ち着き払っている。いや、というよりは、その表情同様に、そこには感情というものが一切介在していない。そんな口調だった。
「名を名乗れ。ということか?」
会話が成立していることに、私は戦慄を覚えた。
人間ではない何かと、自分が話をしている事実が信じがたかった。
いや、ならばそれは人間なのでは?
――だが違う。そいつは明らかにこの世のものではない、何かだ。
根拠は薄弱だ。もっといえば、「物的証拠」は変わった格好をしている、という一点のみなわけで、根拠など皆無ともいえる。
だが、私はそれでも確信していた。
こいつは化け物だ、と。
「名前を聞く。不安の表れだな。よくない傾向だ。それにだ、例え僕が名乗ったところで、君は決して私を理解することなどできない」
あくまで淡々とした語り口だ。やはりそこには、感情というものを一切感じらさせない。だが決して機械的な抑揚がないものでもない。
それが故、私の恐怖心は一層高まって行った。
「でもいいよ。聞くなら答えよう。そう……僕の名は、エノクだ。とりあえずは、そう……エノクと答えておこう」
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