TSお姉様が赤面プルプルするのって最高だよね
TSお姉様、ひとときを楽しむ
「お師匠様、青門に回りましょうか?」
王都は既に手の届きそうな距離まで近付いていた。冗談みたいに巨大な門がドーンと目に入る。勿論閉じては無く、ザワザワと大勢が行き来しているみたいだ。入門の手続きはしっかりと行われているので、待ち人は中々の数だね。
「んー……青門はやめておこうよ。この中に貴族はいないし、アレって凄く注目浴びるし……ツェルセンで懲りました!」
「お姉様、青門というのは貴族専用の門ですか? よく青き血って言いますし」
「ターニャちゃん、よく知ってるね! その通りだよ。貴族とか特別な理由がある人が使う門で、待ち時間がないから」
「お師匠様。貴族で無いとは言いますが、ある意味ツェイス殿下の招待客ですよ? 逆に迷惑を掛ける可能性も……」
「それって門番がってこと?」
「そうです。なぜしっかりと対応しないんだー!ってなるかもしれません」
クロは優しいなぁ……良い子良い子。
しかーし!
「それは私が入門手続きした場合でしょ? 悪いけどクロがギルドの仕事として手続きしてくれない?」
「まあそれなら……大丈夫でしょうけど」
それに待ち時間が退屈というわけでは無いのだ。商魂逞しい商人達は出店を沢山出している。ある意味アーレの名物だし、ターニャちゃんに見せてあげたい。王都内の店も素晴らしいけど、出店は雑多な感じで趣きがあるしね。そして何より安い! 日本人なら縁日を思い出すかも。
「ほら、お店をターニャちゃんに見せて上げたいの」
「ああ、なるほど。確かにそうですね……僕には当たり前過ぎて、考えに至りませんでした」
クロは納得してくれたのか、ニッコリ笑って馬車を回してくれる。
「お店ですか?」
「うんうん。待ち時間を利用して食事をしたり買い物したりね。安いし意外と美味しい軽食があるし、歩くだけでも楽しいよ? 王都の旅の楽しみの一つだね。ほら……あそこ」
俺は出店が並ぶ辺りを指差してターニャちゃんに教えて上げた。ランタンやカラフルな看板が並び、見てるだけでもワクワクする感じだ。
「わあ……まるでお祭りみたいですね。今日が特別な日じゃなくですか?」
「そうよ、毎日あんな感じかな。雨の日なら雨除けの天幕も立って、それはそれで綺麗だったりするし」
「今日はまだ人が少ないですね。そこまで待たなくても良いかもしれません」
「あんなに人が沢山いるのに……やっぱりアートリスとは違いますね」
「そうだねー。アートリスは王都みたいに綺麗じゃないし、ここより魔物の襲来も多いから。それに冒険者も沢山いて入門も簡単だし、貴族もそこまでいないからね」
まあそこがアートリスの良いところだね。雑多な下町って感じで堅苦しくない。王都は偶に遊びに来るなら楽しいけどね。
「お師匠様、少し遠いですがあの辺りに止めますね?」
手続き待ちの馬車や人々が集まるところは幾つかあるけど、門から近い場所は当然一杯だ。まあ結果的に出店に近いからいいよね。歩いていくクロには申し訳ないけど。
「うん、ありがとう。手続きお願いね?」
「了解です。ターニャさんをゆっくり案内して上げて下さい」
紅顔の美少年そのもの、それにニコリと微笑なんて加えたら本当に絵になるなあ。俺にはそんな趣味無いけど、普通のお姉さんなら惚れてるかもね。ブロンドに紅眼、ツヤツヤ肌のほっぺ……もっと他の人に見せたらいいのに。
クロは馬車を適当な場所に留めると、ヒョイと御者台を飛び降りて歩き出した。
クロ、お願いねー。
「じゃあターニャちゃん、行こっか?」
幌から顔を出していたターニャちゃんを促し、手を添えて馬車から降ろしてあげる。フワリとアッシュブラウンの髪が揺れて、可愛い。
「お姉様、馬車を無人にして大丈夫なんですか?」
「ふふふ、任せなさい。その辺はちゃんと考えられてるのよ?」
近くを歩いていた少年に……と言っても13,4歳位だと思うけど……声を掛ける。簡素な革鎧と小剣を腰に差した男の子は冒険者の卵だ。胸には"馬車の見張りします"と言う意味の飾りがある。
これも歴とした仕事で、ギルドに認められた者しか出来ないのだ。見張っているだけで小遣いが手に入るこの仕事は大人気で、信用を失いたく無い彼等は真面目に取り組むのだ。時には商人達と知り合ったりして、他のメリットもある。
また各冒険者が相互に助け合っており、万が一の際は周囲から応援が来る。つまり余程の事がない限り盗難など起きないのだ。ましてや此処はツェツエの王都、国王のお膝元だ。それに、近くに衛兵もいるからね。
「キミ、お願い出来るかしら?」
「はい! 任せて……く……だ、さい」
あっ……しまった……いつもの癖でジル力全開だよ。水色の瞳を笑顔と共に届けたら、大抵の男は堕ちる。因みにクロもその被害者だな。最近は控えてたのに、旅に出ると大胆になってしまうのか!
振り返った少年は、俺を見て固まり真っ赤になった。視線は俺の笑顔に釘付けだし、偶にオッパイ辺りを見ているのが判る。仕方ない、此処は強引に……
「馬車の見張りを頼みます。これ半金よ」
見張りは半金を前払いで、解散時に残りを渡すシステムだ。サラサラと紙にサインをすれば完了する。
少年の反応を無視して無理矢理に会話を進めたのに、彼は身動き一つしない。目だけは上下に動いているが。
埒が明かないので、少年の手を取り硬貨を5枚握らせた。ビクリと握られた自分の手を見て、漸く時計は動き出したみたい。
「う、承りました! ぼ、ぼくは……えっと……」
「ふふ、宜しくお願いします。私はジル、貴方のお名前は?」
「ヤンです! 馬屋の息子で馬の扱いなら任せて下さい! 年齢は14! 最近ギルドに入って……オーソクレーズですが、必ずトパーズに上がります! 住まいは……」
「お、落ち着いて……そこまで言わなくていいですから……」
見合いか! 凄い早口だし、住所なんて聞いてない!
「あっ……す、すいません」
自分の失態に気付いたのか、青い顔をして俯いてしまう。ターニャちゃんは何とかしろと、此方にジト目を送って来た。むぅ……
「ヤンさん、馬の扱いが得意なら安心して任せられますね。腰にあるのは毛繕いの刷毛かしら?」
「は、はい! 餓鬼の……いや、子供の頃から手伝いをしてましたから自信があります!」
男の子は、自分の得意な事を褒められたら直ぐに復活するのだ! 経験談! 但し調子に乗って自分語りなんてしちゃ駄目だぞ? 因みにそれも経験済みだ!
「それは凄いですね。それでは宜しくお願いします」
素早く切り上げて、ターニャちゃんの手を取った。流石にターニャちゃんも何も言わない。
足早にその場を立ち去ると、思わず溜息が漏れてしまう。
「はぁ……疲れた……」
チラリと後方を見れば、ヤンくんがまだ此方を見ていた。馬車の見張りは大丈夫か!?
「お姉様、本当に罪な人ですね」
「うぅ……言わないでターニャちゃん……」
仕方ないじゃん、ジルだもの。
「マントの前は閉じた方が……さっきから見られてますよ?」
言われて気づいた俺は、いそいそとマントを閉じた。普段なら直ぐに分かるけど、油断してたな。顔は仕方ないが完璧なジルスタイルを封印するだけでも違うだろう。何人かあからさまにガクリと落胆してる。
いやいや、お前ら少しは隠せよ……
「ありがとう、ターニャちゃん。お腹は空いてるかな? それとも何か飲む?」
「お腹はそこまで……でも何か飲みたいですね」
「了解。じゃあ色々廻りながら、気になる物があったら好きなだけ見ていいよ? 私も久しぶりだし、楽しみだな」
酒も売ってるが、ターニャちゃんならフルーツジュースかな? 確か何処かで絞りたてを売っているはずだ。ミキサーなんて無いから手搾りなんだよ?
「はい! ワクワクしますね!」
ぐはっ……他意のない笑顔が眩しいぜ! うーーー……ターニャちゃん、可愛い!
俺達は手を繋いだまま、出店を冷やかしに行った。
☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜
「次の方、どうぞ!」
ドラゴンすら通り抜ける事が出来そうな門の前、そこでは入門手続きが行われていた。名前や目的、宿泊予定場所、保証金、犯罪履歴の照会、ギルド絡みならば依頼書などを確認する。嘘をついても入れるだろうが、相手も専門家だ。見破られて衛兵に捕まるのも珍しく無い。
犯罪履歴の照会などは魔法の道具を駆使してるので、実際はかなり効率的に捌かれている。
「はい、次!」
入門証を貰った商人らしき男は、疲れた顔で馬車へ急ぐ。きっとまだ不慣れなんだろう。
クロの番が漸く来て、懐から依頼書を出しながら向かう。クロはアーレの住人だが見知った顔は無かった。
「……ようこそ、アーレ=ツェイベルンへ。用向きは観光ですか?」
小さなクロを見て受付の男は怪訝な顔をしたが、直ぐに切り替えて定型文を口にした。普通なら商売ですか?や何方かの護衛ですか?と聞くが、その可能性はないと踏んだのだろう。
「アートリスから護衛です。此方が依頼書。私は蒼流のクロエリウス」
そんな反応には慣れていたクロは端的に情報を伝える。実際に子供だし、クロは仕方がないと割り切っていた。あのジルに見出されなければ、こんな勇者などやっている訳もない。クロはしみじみと遠い目をした。
「ソウリュウ?」
男はその単語が騎士団の一つ、蒼流だと繋がらない様だった。
「蒼流騎士団のクロエリウスです。騎士の方はいませんか? 照会して貰えれば分かります」
ポカンと間抜け顔をした受付は暫く動かなかったが、何かを思い出した様に手元の依頼書を見る。
「確認させてくれ。君はツェツエの勇者のクロエリウス、護衛対象者はアートリスのターニャ。あと一人同行者がいるな? 女性で、冒険者」
依頼書にはターニャの事は書かれているが、同行者はターニャの縁者としか記入されていない。それで良いのかと思うだろうが、これは正式なギルドの依頼書である。ある程度の信頼性があるのだ。
「ええ、まあ」
クロは既に嫌な予感がしていたが、受付の男は別の者に耳打ちしていて、最早確信に変わっていた。
「少し確認したい事があってな……暫く待っていて欲しい。心配しなくていい、悪い事じゃないんだ」
クロにとってはそうだろうが、別の誰かは困るかも知れない。かといって逃げる訳にもいかないし、そもそも大した事でもない。クロは頭の中で愛する師匠に残念でしたと笑った。
「しかし勇者殿がこの様な少年とは……驚きました。若いとは聞いていましたが……いや、失礼。思わず……」
「気にしないで下さい。事実ですし、よく言われますから。それと僕には敬語は必要ありませんよ? あくまで蒼流の騎士の一人です」
おそらく時間稼ぎとクロはわかったが、逃げる気はない。
「そうかい? 勇者殿は心が広いな。俺はサイロンだ。お会い出来て光栄だよ」
「クロエリウスです。もしかして何か通達でも来てましたか?」
「分かるかい? 今日当たり君達が訪れる筈とね。因みに絶対に逃すなと念を押されているぞ」
言わなくていい事まで言ったサイロンは破顔した。なかなか愛敬のある表情で、悪い印象は与えないだろう。
「別に逃げたりしませんよ。まあ同行者はその限りではありませんが。バレなければ大丈夫です」
「おお、その同行者だが……本当なのか、その……」
「御想像通りです。勇者である僕より遥かに有名なのは笑いますが、実績が違い過ぎますからね。サイロンさんは見た事がないですか?」
「恥ずかしながら噂だけだよ。何でも飛び抜けて美人で、しかも超級。何処まで本当なのか興味はあるからな。で、実際どうなんだ?」
サイロンはクロの師匠がその同行者だと知らないのだろう。多少不躾な質問をぶつけてくる。
「そうですね……噂なんて当てならない、そう言っておきましょうか。目にすれば分かりますから」
「やっぱりそうか。べらぼうに強い超級冒険者なのに、美人なんて有り得ないよな。まあ、この目で拝んでみるさ」
サイロンはクロの解説を逆の意味で取った。クロも半ば確信犯で誘導したし、眼を見開いて驚けばいい。腹が立っている訳ではないが、ジルを悪く言われるのは気分が悪いのだ。
「誰か来ましたね。 あれは……」
クロの視線の先、何人かの騎士達が歩いて来ている。その中の一人にクロは酷く見覚えがあって思わず引きつった笑いが出た。周囲もその人物に気付いたのだろう、かなりの騒めきが起こる。
その一団はクロの前で立ち止まると、先頭の男がニヤリと笑った。
「お疲れさん、クロエリウス。アートリスは楽しかったか?」
「ええ、それなりに。しかし、何故貴方が此処に? 城からとしても早過ぎるでしょう?」
クロを見下ろしているのは、白髪混じりの髪を短く刈り揃えた40代の男だ。長い手足が特徴的で、実際それを駆使して戦う。精悍な顔立ちはおじ様好きには堪らないだろう。視線は鋭いが、悪戯が成功した子供の様に笑っている。
「おお、聞けよ! 美味い酒を一本賭けたんだ。ディザバルは青門、俺は此処だ。奴はジルを分かってないのさ。あいつが青門なんて使うかっての。今日と言う日程は被ったんだが、ディザバルは今頃青門で立ち竦んでるな! がはは!」
下品な物言いだが何故が憎めない。それがこの男の特徴だろう。
ある意味で超級の冒険者より有名で、この王都なら尚更だ。今や周囲は人混みの輪が出来ている。口々に野次馬が名前を呼んでいるが、本人は気にしてもいない。
残り三人の騎士もそれを助長する。装備はバラバラで統一感は無い。しかし、胸の位置には同じ模様があり、彼らが同じ組織に属している事を示している。盾が二枚重なった様なソレは実は盾では無く、実際には竜の鱗を模したものだ。ツェツエには100人しか存在しない彼らの名前は竜鱗騎士団といった。
そして馬鹿笑いで大口を開けている男、クロの前にいる彼は騎士団の副長だ。
「副長……お師匠様は目立ちたく無いと此方に来たんです。貴方が来たら台無しですよ」
「知ってるさ! ジルがそう考えるのも予想済みだぜ」
「では何故?」
「そりゃ、その方が楽しいだろう?」
シクスは悪戯小僧そのもので、ジルの困り顔を見に来たと公言した。
シクス……竜鱗騎士団の副長にしてツェツエの剣神、コーシクス=バステドはそんな男だった。
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